第1章 20_結婚式
それから3日間、俺は、シナリオに翻弄されたくなくて、極力、ヒロインを避けまくった。
「忙しい」とか、「体調悪い」とか、主従ぐるみで、とかく理由を付けて、挙式直前までは、どうにか持ち堪えることに成功した。
――が、流石に、式直前の衣装合わせの確認は避けられなくて、純白のウエディング・ドレス姿のアンジェルと会ってしまった。
ただ、挙式前ってことで、多くの臣下らの目もあったし、シナリオ・リシャールが出張っても、この間のような、ムチャぶりエロ展開にはならずに済んだ。
そして、馬子にも衣裳、っつーか。
やっぱ、ウエディング・ドレス着た女の子って、ものすんごい化けるんだな。
なんか、これまでにないくらい、アンジェルが、綺麗で可愛らしく見えてしまって、図らずしも、俺は、胸がキュンってなってしまった。
あ。でも、それで惚れるレベルかって言われると、ちょっと、ビミョーなんだけども。
そうして、いざ、大聖堂で挙式が始まると、厳かな空気に包まれたそこは、至る所に祝福の眼差しが溢れていた。
一国の王太子と伝説の聖女様の結婚式な訳だから、参列者も、錚々たる面々ばかりだ。
自国の有力貴族や富豪、魔導学園関係者、国政を担う重臣らはもちろんのこと、隣国の王族・大臣級の政府高官らが居て、蚤の心臓を持つマサトは、ビビりまくりだったから、むしろ、この場では、シナリオ・リシャールが出張ってくれて助かった。
しかして、パイプオルガンの生演奏が、割れんばかりに大聖堂内に響き渡ると、その澄み切った重厚な音色に、天の声な俺さえもキリッとするくらい、すこぶる身が引き締まった。同時に、熱唱される讃美歌も、心が洗われるほどに美しかった。
この日、この瞬間のためだけに、聖女百合と黄金のリボンで飾られたバージン・ロードが、天窓から柔らかに差し込む陽光にキラキラ輝いて、本当に、神聖なる空気と至上の楽園を演出しているかのようだったんだ。
まもなく、養父のサヴァティエ伯爵の介添えを受けて、花嫁が、真紅のベルベット絨毯を粛々と進んでくる。その風姿は、なんとも清らかで愛らしく見えた。
これには、流石に、結婚に後ろ向きだった俺も、なんかグッときてしまった。
(ああー……。マジか。俺、ホントにヒロインと結婚すんだな)
前世、(まだ誕生日前だったから)15歳で死んで、この世界に転生して、シナリオに操られつつも、学園卒業まで、しっかり地に足の着いた人生歩んだ感はあったから、一応、精神的には、ちゃんと18歳になった実感はあったんだけれども。
現代日本も法改正で、18歳が成人とされるようになっても、その年齢で結婚する奴は一握りだから、やっぱ、俺的には、もう結婚って信じられないわ。
(願わくば、この式の後、シナリオから解放されますように――)
俺は、心の中で合掌して、心底、天に祈った。
あんな形で幼馴染みを死なせちゃったから、俺が幸せになる資格は無いんじゃないかって、幾らか気が重かったし、この先、俺が、まともに花嫁愛せる自信も覚悟もまだ無かったんだけど。
ただ、とにかく、俺は、何よりも、いい加減、俺らしい生き方をしたい――。
その一心で、今日、この瞬間を乗り越えようと、俺は、この結婚式に臨んだんだ。
やがて、養父から新郎へ、花嫁のエスコートが替わり、挨拶が終わると、ヴェールで顔を隠したアンジェルが、スッと花婿の隣に立つ。
前世日本の男子高生だった俺には、その作法とか全然ピンときてなかったんだけど、そこは、やっぱり、シナリオ・リシャール、皆が憧れ敬うスパダリ王太子様は、どう振舞えば、花嫁ともども、最も称賛されて、見惚れられるのかをよく理解していた。
だからこそ、国王夫妻も大臣らも、「これこそ、我が自慢の王太子」という、なんとも誇らしげな得意満面な顔つきをしていた。花嫁の星辰の乙女も、幸せそうにうっとりと花婿のリシャールを見つめていた。
シナリオ・リシャールもそれに歓んで、花嫁との相思相愛な姿を惜しげもなく披露するから、会場すべての観衆を魅了し、ただただ幸福ばかりが満ち満ちていた。
そうして、ご神体に向かって、横並びになった花婿と花嫁を前に、檀上の神父が、結婚式におけるお決まりの口上を高らかに唱えた。
「新郎、サンクレール王国、王太子、リシャール=ロロ=フェルディナン=ド=シュヴァリエ。汝は、こなたに在りし、新婦、サヴァティエ伯爵令嬢、アンジェル=サヴァティエを、病める時も、健やかなる時も、また、富める時も、貧しき時も、この者を妻とし、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り、その真心を尽くすことを、かの御神の御前にて、誓いますか?」
S・R:
「はい、誓います」
リシャールが力強く答えると、神父はこくりと頷いた。続けて、アンジェルに向かって問う。
「新婦、サヴァティエ伯爵令嬢、アンジェル=サヴァティエ。汝は、こなたに在りし、新郎、サンクレール王国、王太子、リシャール=ロロ=フェルディナン=ド=シュヴァリエを、病める時も、健やかなる時も、また、富める時も、貧しき時も、この者を夫とし、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り、その真心を尽くすことを、かの御神の御前にて、誓いますか?」
「はい、誓います」
アンジェルは嬉しそうに答えた。
神父は、また頷いて、奥で控えていた者に目配せすると、まもなく、可愛らしい少年少女――リングボーイらが、リシャールとヒロインのための結婚指輪を運んでくる。
少年の方は、我がシュヴァリエ家の者で、リシャールの10歳年上の従兄の子供だった。少女の方は、サヴァティエ伯爵の姪の子供だった。
リングボーイらは、子供ながらに、粛然と新郎新婦の俺らに1対の指輪を差し出す。
きらびやかな宝石箱に収められた、神々しい虹色の光を放つソレらこそ、このゲームのタイトルを冠する、伝説の至宝【星の結婚指輪】だ。
それらは、およそ1000年前の聖騎王マクシミリアンと、当時の聖女、星辰の乙女エステルの縁を結んだ神秘の指輪――。
かの魔王ダルケシウスを倒した暁に手に入る。
古来から「この指輪に導かれ、結ばれた運命の番こそが、世界に悠久なる泰平をもたらす」との言い伝えだが、それが具体的にどういった加護をもって、周囲にどのような影響を及ぼすのか、何故、それらを魔王が所持していたかまでは不明だ。
まあ、原型が乙女ゲームだから、大切なのは、エンディングじゃなくて、ゲームのプレイアブル部分で、その辺の設定は、割かしザックリしてるんだろうけど。
(……ってか、久々に見たが、この後光、えっぐぅっ!)
その光が、なんか目に入るだけで、俺は、ビリビリと電流走ったみたいに、全身が武者震いしてしまい、見るからにタダもんじゃねえオーラに圧倒された。
心臓がドクンドクンと激しく波打って、息が止まりそうなくらい緊張したんだ。
それは、天の声な俺だけじゃなくて、シナリオ・リシャールも同じだったみたい。これまで、正直、別人格かよってくらい剥離していたヤツと、初めて、本気で同調した気がした。
ドキドキ、ソワソワ、始終、落ち着かないリシャールとは対照的に、ヒロインは、実に堂々としていて、なんなら「自分こそ、この指輪に相応しい」ってぐらい、唯一無二の女帝オーラを纏っていた。
(……マジかー。流石はヒロイン様だな。まあ、これが真エンディングなら、この娘、ただ、これだけのために、攻略対象との時間、着々と積み上げてきたようなモンなんだもんな)
そうしみじみと感じたところで、俺は「結婚って何だろう?」って思った。
だって、ゲーム的には、これで終わりだけど、人生的には、この先ずっと続くモノだし――。あの誓いの言葉じゃないけど、それこそ、お互い死ぬまで、ないしは、別れるまで、相互努力して、その信頼と愛情を確固たるものにして、1日々々を大切に、着実に歩みを進めていかなけりゃならない。
それに、俺だって、ここで人生が終わる訳じゃないんだ。
リシャールとヒロインは、恭しくお互いの指輪を取り上げ、新郎から新婦の左手薬指へ、また、新婦から新郎の左手薬指へと、神々しい指輪をそっと嵌める。
俺らの指で光り輝くソレらは、温かな威風を放ち、大聖堂――いや、この王国全体を優しく清らに包み込む、霊威の波動を、カカッ! と四方に響き渡らせた。
目に視えるモノじゃない。肌で感じる神秘の力に、新郎新婦は元より、その場にいた全員が畏怖を覚えたんだ。
「では、御両人。どうぞ、誓いの接吻を」
神父が言うと、リシャールは、ごくりと息を呑んで、おそるおそるヒロインのヴェールを持ち挙げた。
ヒロインは、歓喜の涙を目一杯に溜めていた。
白粉もしっとり馴染む艶肌に、薔薇色の紅刷き、この上なく尊く瑞々しい美しさを備えるその様は、まさに本日の主役に相応しかった。
果たして、その1番星のような輝きに、シナリオ・リシャールともども、天の声な俺は、ズキュンと胸を射抜かれた。
(え。マジで? このコ、こんなに可愛かったっけ??)
それは、シナリオに踊らされたのか、そうでないのか――。
俺は、今現在、自分の身体を動かしているのが、シナリオか、ホントの俺なのか、分からなかった。
そうして、何が何だか分からないまま、ドックンドックンと、目が血走りそうなくらいの緊張感と、えもいわれぬ陶酔感に溺れてしまう。そのまま、静かに瞼を伏せて、俺は、おそるおそる、そっとヒロインに唇を寄せた。
自分でも赤くなってるのが分かるくらい、とかく頬も身体も熱い。
(アンジェル……)
(リシュ様……。愛しています)
お互いの内なる囁きが聞こえるくらい、俺の緊張は頂点に達していた。
……チュッ♡
唇を重ねると、それは花弁のように愛らしく柔らかく、まったく蜜のように甘かった。その感触も吐息もすべて、自分1人のモノにしたくなるほど、心地よい。
そう、3日前の、シナリオに強制されたあの火遊びのキスが、嘘のように、驚くほど、俺の心を虜にしたんだ――。
ダッテ、コノこハ、わたしノつがいダカラ。
そんな囁きが聞こえた気がした。
(お、リシャールも……いや、俺も! やっぱり……き、き、君のコト…………)
その時――。
パ、キィィィ――、ンッッッ!
何か、雷鳴にも似たラップ音のような轟きと、凄まじい光明が閃く。
(えっ……!?)
俺は、たちまち、胸がざわめいた。
なぜなら、厳かを通り越して「無」なくらい、辺りは一挙にシ……ンと静まり返っていたからだ。
そうして、窒息するくらいの凄まじい息苦しさと、心臓をぎゅうっと直に鷲づかみされるくらいの圧迫感が、瞬時に、俺の全身を駆け巡った。
やがて、明らかに尋常でない眩しさを感じて、俺は思わず目を開けた。
「――え」
途端に、目の前に広がっていた光景に、俺は、今度こそ、血も凍るくらい戦慄した。
「真っ白……! 何でっ!?」
リシャールとヒロインは、確かに、大勢の参列者が見守る大聖堂に居たはずなのに。
周りは、一切、純白、何もない――。
その上、ヒロインは、恥じらうように頬を染めながら目を瞑り、花婿のキスを今か今かと待つ体勢で、その時間が凍りついてしまったかのように、ぴたりと動きを止めていた――。




