第1章 19_今の俺らにできるコト
「はー……。けど、やっぱ、風呂って癒されんなー。これで温泉だったら、もっとサイコーなんだけど」
そんな風に独り言ちながら、俺がちゃぷっと肩まで湯に浸かったところで、
不意に、クロードが、
「あ!」
と、何か思いついたように、浴槽のヘリに掻きついて、
「王子!」
と、熱心に言った。
俺もビクッと振り返る。
「――えっ? 何? どったのっ??」
その茶色い瞳はキラキラと活気に満ち溢れていた。
「どうもこうもございませんっ! そもそも、我々もどうして、これほど簡単なことに気がつかなかったのか!!」
「え。う、うん……? 簡単なこと??」
俺が訊き返すと、クロードはコクコク頷いた。
「はい。要するに、もう、ゲーム・ストーリーとやらは終わったのですから。
今は、いつ起こるやもしれぬ出来事に怯え、ただ抗うのでなく、
むしろ、その流れに任せるべきだったのです。
つまりは、王子、ここは、一旦、その御身体のご制御権を明け渡し、
【リシャール王太子】として迎えるべきエンディングとやらを、
起こるに任せて、ご無事に終えたら、よろしいのではないでしょうかっ?」
「あ。そっか。ストーリー……」
言われてみれば、卒業舞踏会の後、俺も「やっと解放される!」ってヒャッホイしたもんな。なのに、あんなコトになって、「まだ終わってねーの!?」って、もう完全にうろたえちゃったから――。
「いや、てか、俺、どこまでがエンディングか知らねー……」
「ですが、アンジェル様とのご結婚式が1区切りであること自体は、お間違いないのですよね?」
訊かれ、俺は、ちょっと考えた。
「まあ……」
自信なく答える。
だって、姉貴が言ってた通りなら、リシャール・ルートのエンディングは、好感度やミッション達成のレベル諸々で、実は3種類くらいあった気がするから。とはいえ、はっきり覚えてないから、詳細に話すこともできず――。
しかして、クロードは満足そうに頷いた。
「さすれば、3日後、まず御式を終えてみて、何かご変化があるかどうかのご確認をなさったら如何でしょう? もしも、本日のように、王子の意に添わぬ事態になりそうでしたら、すぐに、私か弟かが駆け付けられるよう体制を整えておけば、いくらか対処は出来ますし。多少なりと御心が休まるのではないか、と――」
そっか、なるほど!
そう俺も相槌打ちかけたものの、さっきクロードに2時間放置されて、ヒロインと一線越えかけた悪夢が蘇った。
たちまち、俺はゲンナリした。
「……あのさ。それなら、それで、ヤバいって思ったら、ちゃんと止めてくんない?」
「は」
「いや。俺、今日、ガチで貞操の危機だったんだけど?」
「あー」
しかして、クロードも悪びれることはなく、
「いえ。あの時は、王子もすっかり乗り気に見えましたので、お邪魔しては悪いかと――」
と、あっけらかんと言った。
(俺が乗り気って! おまえ、俺の侍従のくせに、どこに目ン玉つけてんだよっ!!)
つーか、そうだ。考えてみれば、クロード、さっき、ヒロインとの婚前交渉疑惑でリシャールのコト、がっつり冷ややかな目で見てたんじゃん! なら、本来、そうならないよう努めるのが、そもそも侍従の職分じゃねーの?
そう反論したいのを我慢して、俺は、カッと顔も真赤に、「だからっ!」と湯気を噴いて叫んだ。
「あの俺はシナリオ・リシャールなのっ!! そりゃ、俺、前世の友達には『おまえ、むっつりスケベだろ』って言われたことあるけどさっ。流石に、俺っ、あんな、嫁でもない女のコ、キスして剥いて押し倒すのとか、ゼッタイ無理だから!」
「……むっつりすけべ? はあ。それは申し訳ございませんでした」
しゅん、とクロードは項垂れた。――が、コレ、たぶん、反省してないな。
つーか、「むっつりスケベ」の方、いちいちリピートせんで良くね!?
(聞いてる俺のが、こっ恥ずかしいじゃん!)
俺は「うーん……」と一抹の不安が拭えなかった。
(……てか。クロード、本当に分かってんのかな?)
いや、悪気の有無じゃなくてさ。どれがホンモノで、どれがシナリオか、結局は、本人にしか分かんねえんじゃねーかってさ。
だって、クロードは、転生者でもなければ、元から、この世界の住人だし?
一応、原作ゲームでも、王太子の侍従は、フットマンな弟のニルスと、セットで、メインヒーローなリシャールのスチルに登場する、名ありキャラで、固有画像持ってるし?
攻略対象者らほどにはシナリオ強制力がなくても、まったく影響が無いとは言い切れないっていうか――。
(俺に自由がないのと同じように、肝心なシーンで、重要モブ達もシナリオに洗脳されてたら、それこそ、もうどうにもなんねーじゃん)
なんて、膨れ面になったものの、
(まあ、けど、今の俺に頼れるヤツ、こいつらしかいねーし)
と、思い直し、俺は、バシャシャッと湯舟からすくった湯で顔を洗う。
そして、パンパンッ! と両手で両頬を叩いた。
「ッシャ! 気合十分っ。当たって砕けろだっ!!」
「お、王子……?」
クロードが首を傾げると、
俺は、ガシッと堅く、クロードと握手した。
「信じるよ」
俺は碧い瞳に強固な意志の光を閃かせ言う。
「うん。俺はおまえらを信じる! で、とりあえず、式までは頑張ってみる!!」
「ハッ!」
クロードもキリッとして頷く。
しかして、ヘタレな俺は、これで格好よく終われるはずもなく――。
「で。……そそそそそその後のっ、コトッ……、だけどっ……」
俺はカアアッと赤面してうつむいた。
クロードは一瞬「ん?」と眉をひそめたものの、あっさり俺の心を読む。
「――その後、と申しますと。初夜、でございますか?」
俺はボッとまた顔から火を噴いた。
「……そ、そう」
俺はコホンと咳払いをして、モジモジと顔を赤らめながら、明後日の方向を見る。
「……お、俺さ、やっぱ、アンジェルとは――、あの娘とは、そこまでの仲になる気ない、っつーか……。たぶん、む、む、無理なんだよね……。す、少なくとも、結婚して最低1年間は、シナリオの俺じゃなく、ホントの俺として、あのコと夫婦の時間、積み重ねないと――。そんな気になれないっていうか……。もっと言えば、2~3年くらい経ってる方がベストだけど」
「それはまた――、随分と、石橋を叩いてお渡りになるような御話でございますね」
「だって、仕方ねーじゃんっ! 俺、タラシじゃねーし、チャラ男でもねーんだからっ」
「はあ」
あ。この顔、たぶん、意味通じてねーわ。
ま、いっか。クロードなら雰囲気で分かるだろ。
「いやいや、俺、アンジェルのこと、別に嫌いって訳じゃないんだよ? あのコ、普通にカワイイし、思ったよりスタイルも良かったし。でも、生理的に合わないっていうか……。たぶん、俺のが意気地なさすぎるだけかもしんないんだけどさァ、やっぱ、俺の好みからは、かなり外れてるっていうか。だから――」
「つまり、王子が、御式後に、仮にアンジェル様に愛を囁いておられても、それはシナリオとやらに操られた貴方なので、私達が上手い具合に立ち回って、なんとしてでも初夜を阻止すれば良い、ということですか?」
至極、真剣な面持ちでクロードは言う。
さっすが、俺の侍従! 察しがイイわー。
「うん。頼まれてくれる?」
「勿論ですとも。私は、貴方の侍従なのですから」
クロードはこくりと頷く。
「っしゃ!」
俺は嬉々と叫ぶと、つい、握手のままガッツポーズしかかって、クロードを湯舟に引っ張ってしまった。
「うわっ!?」
バシャンッ!
盛大な水飛沫を挙げて、クロードが服のまま湯舟に落ちた。
いつもは、きちっと纏めてる栗色の髪も、バリッと着こなしてる燕尾服(の上着なし)も、でろんでろんの、ぐっしょぐしょになって、まるっと無様な姿になった。
「おォ~う~~~じィィ~~~ッッッ!!」
(あ。ヤベッ!)
ワナワナと震える侍従は、明らかに怒っていた。
そうして、キレたクロードは、あろうことか、ベシッと湯面を叩いて、俺の顔面にバチャッと湯を浴びせ掛ける。
「わっ!」
顔面っつーか、もろ頭から被った。つーか、これ、フツーに主人に対する不敬行為じゃね!? まあ、どっちみち、俺は、元々頭洗った段階で濡れてたから、別にどうでもいいんだけど。
「不注意にも程がございます!」
「ご、ごめん……」
俺は、ナハハと苦笑して、前世の癖で、つい合掌する。
「はい? 何ですか、それは??」
当然、クロードは首を傾げ、
「お祈り(?)――とは、少し違いますよね。いえ、私は、神ではございませんし、王子にお仕えする身ですので、左様にして頂くいわれはございませんが」
と、怪訝な顔で訊き返してくる。
そりゃ、そーか。この国、仏教徒じゃないもんな。
俺は慌ててササッと両手を後ろに隠して、
「ううんっ! 大丈夫、だいじょーぶっ。そんなたいした意味ないからっ……」
と、適当に誤魔化した。
クロードは、「はあ……?」と困惑ぎみで、とりあえず納得する。
完全な濡れ鼠状態で、クロードは、のっそり湯舟から上がると、「これでは貴方のお世話に支障を来しますね」と困り果てていた。
すると、俺は、「あっ」と思い立ち、魔法でミニ太陽っぽい光源を出す。
日光の遠赤外線を利用した、疑似ハロゲンヒーター的な?
【太陽】守護【光】属性のリシャールには、【光】は出せても【風】とか出せないから、たぶん、たいして乾きもしないかもだけど。
クロードは、プッと噴き出して、
「ありがとうございます」
と、敢えて、乳兄弟らしく、まだ湯舟にいた俺の頭をわしっと撫でた。
「ですが、かようなことで安易に魔力をお使いになるのは、いささかお体にご負担がかかるのでは? 私のことは、もう構いませんので。貴方は、どうぞ、ご自愛なされて、来るべきご成婚に備えて、万事万全をお整えください。そうして、当日は、毅然と御式にお臨みあそばされませ」
言うや、穏やかに手を放し、フッと微笑んだ。
そんな塩顔イケメンな侍従は、同性の俺から見ても、たいそうカッコよく頼もしく映った。
――が、狭量な俺は、
(くそう。こんなところで子ども扱いしやがって)
と、ちょっぴり悔しかった。
だって、リシャールとクロードは、よくよく考えたら、たった3歳違いなんだ。
なのに、子供の頃からずっと使用人として働いてるクロードの方が、俺よりよっぽど大人みたいに見える。
そんなの、チンケな男のプライドっつーか、嫉妬かもだけど。
俺は、こんなのでも、王太子だから。
いずれは、国王陛下の跡を継いでこの国を背負わなきゃいけない。
とかって、正直、俺だって、そんなの不安だし、「誰か代わってくれたらなァ」って、今まで何度も逃げたくなっちゃうコトあったけど。
そういう意味では、シナリオ・ターンが多いと、公務の場面では、天の声な俺は、基本、何もしなくてイイから、楽は楽ではあった。
ただ、それもどうなん? って――。
だって、シナリオ・リシャールは、文武両道のチートで政務能力も完璧なはずなのに、たった1人の聖女のために、本来の婚約者を不幸にして、間接的に国を危うくさせた。――って考えると、「こいつ、いずれ、アンジェルのために暴君になるんじゃね?」って、不穏な感じがしちゃって。
そうして、この肩には何千何万っていう民の人生が掛かってるんだ、って考えると、俺はもっとしっかりしなきゃいけない、って思った。
なので、転生者なリシャールが、安易に自由を求めるのは、その代償にするものと得られるもののバランスが著しく取れなさそうで、くっそヤベェな、って、内心、ビビらずにいられないんだけど。
とはいえ――、
(やっぱ、俺は俺のコト、自分で決めたい! んで、ちょっとでも良いから、俺は俺として、いくらか社会の役に立って、最終的に、ちゃんと自分を誇れる人間になりたい!!)
ひょっとしたら、そんなの、絵に描いた餅にすぎないかもけど――。
(でも、なんか、ほっとしたな)
だって、クロードもニルスも俺の味方でいてくれる。
俺は1人じゃないんだ。
果たして、俺は湯浴みを終え、クロードと一緒に私室に戻った。
いざ、挙式こそ決戦日!
――な意気込みで、俺らは時が経つのに任せることにした。




