第1章 16_コレってバグなん!?
けど、はっきり言って、コレって、フツーに異常事態じゃね?
だって、「この世界」は、対象年齢区分ありの日本の乙女ゲームの世界のはずなのに。
(これじゃゲームの枠組みブッ壊れじゃん! マジでバカなの!?)
完全に発情しきったセクシー女優路線のヒロインのえちえち攻撃は、想像以上の破壊力だった。
だって、このコ、シナリオで動かされてる割には、ずいぶんとシームレスすぎるんだもん。なのに、天の声な俺的には、本当に彼女に「好かれている」という実感もなくて。
(それって、結局、アンジェルが見てるのは、攻略対象者なリシャールだから、ってコトなのかもだけど。ただ、いくら何でも、この豹変ぶりってオカシくない?)
――が、煽情的な顔つき、蜜めいた吐息に、女の子特有の柔らかい身体の感触や、甘ったるい匂いを感じてしまうと、流石に、鈍感なマサトも、本能的に、かなり、じわじわクる。キてしまう。
思うや、リシャールは「アッ♡」と、俺が恐れていた痴態をさらしてしまって、
(くそう。シナリオ・スイッチめ。ここぞで、マサトのなけなしの自尊心、へし折りやがって!)
と、恥ずかしさのあまり憤死しそうになった。
ここまでスるなら、せめて、婚礼後にして欲しかった。それなら、俺も、アンジェルと夫婦になる決心がついて、それなりに幸福感を得られたかもしれないのに。
(……逆上する悪役令嬢もウザいトコあったが、あのコは、由緒正しい公爵家の娘なだけあって、もうちょい純情感あったんだよな。少なくとも、今のヒロインよりは、ずっとマシだったわー)
元婚約者が懐かしくなりかけたところで、ふと、あの凄惨な死に様を思い出し、俺は、サーッと血の気が引いて、改めて、「俺、何してるんだろう」って思った。
そして、不意に、アンジェルの甘い菓子みたいな女の子の香りと、殺されたマリエッタの生臭い血の匂いが混じり合って、奇妙な憎悪に駆られ、俺は酷く気が狂いそうになった。
(……いい加減にしろよな。なんで、俺がこんな目に。マジで、こいつら、頭のネジ、緩みまくってやがる)
性欲と食欲は根っこが同じ、なんて言葉をどこかで聞いたことがあるけど。
満ち足りた姿で微笑む伯爵令嬢と、断罪されて最期は骨と皮になっていた公爵令嬢との差を如実に感じた。
しかしながら、そもそもの原因は、やっぱりリシャールだから、シナリオ・スイッチの有無以前に、自分自身が情けなくて、マジで腹立つ。
こんな生き恥さらして、ガチで吐きそう。
「もうっ! ほんと、ヤメロよなっ!!」
そう怒鳴りつけて、たまらず、俺は、ガンッ! と執拗に迫るヒロインを膝で蹴り上げた。
いや、出来れば、女の子は蹴りたくなかったんだけど。
エロゲー全振りな体勢だったから、その時の俺には、そういう抵抗方法しか出来なかったんだわ。
「キャッ――」
アンジェルは激しく尻餅をつく。
「え」
「リ、リシュ様……?」
目を丸くするアンジェル以上に、俺は、まじまじと自分の両手を見て、自分の全身をぺたぺたと触りまくって、その健全健康なのを確認して、甚だ困惑し動揺した。
(嘘だろ? 俺、今、シナリオに……)
明らかに打ち勝った。
そう思った直後、ヒロインが、ゆらりと立ち上がり、はっしと俺に縋りついた。
「……ごめんなさいっ。わたし、リシュ様のお気持ちも考えずに」
肉食モードが切れたのか、アンジェルは、うるるっと大粒の涙を両目に溜めて、すぐに甘えるようにリシャールの胸に頬擦りした。
「とんだアバズレとお思いになられましたよね?
……わたしっ、伯爵令嬢といっても、元は平民だったから。
でも、わたし、貴男のことを想うと、もう、愛しい気持ちが胸から溢れ出して、なんだか止められなくて……っ」
その一言に、天の声な俺は「え?」となった。
(まさか……ヒロインが豹変したのって……。あの涙の所為?)
それは、俺の憶測でしかなかったけど――。
なんだかんだいって、やっぱり、ヒロイン、リシャールが悪役令嬢に会いに行ったこと、気にしてる?
だって、血筋や容姿は完全にマリーのが上だったし。「幼馴染み」ってポジションは、後から取って換われるもんじゃない。
そして、「死人には勝てない」――「死」が「永遠」になることもあるから。
S・R:
「いや。私こそ、すまない。随分と君をじらしてしまったね」
気づいたら、また、シナリオ・リシャールが出張っていて、ヒロインを抱き締め返していた。
その所為で、リシャールとヒロインは、またヤバい感じに密着度が上がっていた。さっきのマサトの抵抗を打ち消そうとする、強制力の揺り戻しというか、反動なのかもしれない。
S・R:
「私は、本当に、情けない男だ」
「そんなことありませんわ。だって、リシュ様、わたしに想いを募らせるあまり、どうしようもなくなって、ご本能のままにお求め下さったのでしょう?
そうやって、いつも、このわたしを、身も心も愛し抜いて下さるから、わたし達、どうしても離れられないんです。
何度出逢っても、わたし、きっと、また、貴男に恋をしてしまう」
S・R:
「ああ。アンジェ。君こそ、私の運命の至高なる伴侶だ」
聖女&王太子は気にするどころか、むしろ、早く本番をしたがっている風だった。
(いや、俺はマジでソレ、嫌なんだけど)
そんなマサトの意思が、リシャールの肉体に反映されるはずもなく――。
「ウレシイ! わたし達、今度こそ、幸せになりましょうね」
ヒロインはおかまいなしに猫なで声で媚びた。
その木春菊みたいな笑顔と相まって、リシャールの五感を刺激する。
てか、その今度って、たぶん3日後の晩だよね?
むしろ、そこで初めてスる方が正解だから!
婚前から、そんな脳みそバグるコト言わんでってばっ。
ヒロインがそんなだから、ヒーローがヘンなトコロで暴走するんじゃんっ。
マジでナイわー。このオンナ。
S・R:
「もちろんだとも。私は朝まで君を離さないから。覚悟しておいて」
「まあ、リシュ様ったら♡」
ただ、それで、お互いスッキリしたのか、聖女&王太子は、ようやくイチャコラするのが一段落し、速やかに着替えに移行した。
しかして、「リシャールがヒロインのコルセットを締め直し、反対に、アンジェルが俺のアスコット・タイを締める」という、如何にもバカップルがやりそうな着付けっこをする。
正直、俺は、この段階で、もうオナカイッパイになってしまったんだが――。
なのに、バカップルは、その間もずっと、ラブラブ全開で愛を囁きながら触れ合っていたから、「あー、もう。知らん。俺、知らん」って、ガチで見て見ぬふりしたくなった。
S・R:
「上手く着付けられたかな?」
「ええ。とっても素晴らしいですわ、リシュ様。――わたしは?」
S・R:
「ああ。君も最高だよ。夫婦になったら、こうして、毎日、私の着替えを手伝ってくれるかい?」
「はい。だけれど、それじゃあ、わたし、モランさんのお仕事、奪っちゃいません?」
S・R:
「クロードなら、他にも仕事があるし。私は、愛しい君の手で、私を着飾ってもらいたいよ」
「ウフフ♡ お上手ですこと」
なんて、姿見の前で、また思い出したように、聖女&王太子は舌を絡めるディープ・キスをしやがる。
(まじウザッ)
せっかく着衣を正したばかりなのに、ソレでまた装いが少し乱れて、手直しが必要になってしまうから、マサト的には、なんとも馬鹿々々しく思えて、ほとほと呆れてしまった。
(もしもーしっ! おたくら、自分らのアホさ加減わかってますー?
――ったく。どこまでキャッキャウフフする気なんよ。
万年お花畑な、このクソリア充め!)
そんな、天の声化した俺の悪態なんて歯牙にもかけず、
(というか認知すらしてなさそうだけど)
リシャールは、クローゼットにストックしてあった敷布を、今しがた蜜愛の舞台となったソファに掛けた。ついでに、かなりキツめなフローラルの香水をその上にドバドバ振り撒く。
だって、現状のまま、ここに第三者が入ってきたら、本気でヤバいもんな。
アンジェルはどうだか分からんが、少なくとも、王太子には、こっ恥ずかしすぎて憤死レベルだから。
リアル地球のおフランスで、17世紀以降、香水が持て囃されて、香料調合の技術が発展した理由が「体臭などを誤魔化すため」だったってのは、まさにこういうことだったんだ、と身をつまされて思い知らされた気分だ。
(まあ、ヨーロッパは、日本ほど入浴文化が盛んじゃないから、ってのもあるけど――。そう考えると、俺、マジで、『前世、日本人で良かったぁー』って思ったわ)
それから、俺とアンジェルは、何事もなかったかのように、別々の1人掛け椅子にそれぞれ座り直した。テーブルを挟んで対面し、恋人らしく、まったり語り合った。
とはいえ、この時の会話も、シナリオ・リシャールがずっと出張っていて、マサトの出る幕は、依然として無かったんだけれども。
そうして、それは、他愛もない世間話から、「結婚したらどうしたい」とか、「子供は何人欲しい」とか、普通に、「愛してる」とか――。
とかく、婚約者らしい会話ばかりだった。
ただただ、2人とも、死んだ悪役令嬢のことなんて「最初から存在しなかった」みたいに、あからさまに触れなかったのが、なんとも狂気じみていたが。
この城の玄関先で遭遇した時には、あんなに「魔女」だ何だと罵倒していたくせに――。
結局、【悪役令嬢】もまた【攻略対象者】と同じ。
ヒロイン様の華やかな人生に彩を添える、しがない駒の1つなんだ。
それも、甘さを際立たせるために少量の塩を足す――的な。
実際、ここまで起きたこと全部が、なんだかソレを象徴しているみたいで、俺は、どうにもヤキモキしてしまった。
果たして、俺は「こんな悪夢なんて、とっと終わってくれ」と、思わざるをえなかった。




