第1章 17_侍従と俺
リシャールとヒロインの密事を前に、クロードが一時退散してから、ゆうに2時間は経っただろうか――。
結局、ほぼほぼアウトながら、危うい火遊びは、ギリ未遂で済んだものの、クロードが戻ってきたタイミングは、まさにドンピシャだったから、逆に、「俺ら、もしかして、見張られてた??」なんて、つい疑ってしまった。
なので、天の声化してる俺は、めちゃくちゃ「恥ッズ!」ってパニクりかけた。――が、【シナリオ】という最強ツールに守られているリシャールとヒロインは、まるで恐れるものなど皆無のように堂々としていた。
それどころか、リシャールとヒロインは、なんかもう、式すっ飛ばして夫婦になりました――的な、ヤバみ成分爆盛りの激甘とろっとろな雰囲気で、四六時中、イチャイチャ、イチャイチャ……。
このリア充どもには、実質、「最後まで致すか否か」はどうでも良くて、それを第三者に見られようが見られまいが、関係なかったんだ。
しかして、クロードは、至って冷静な顔つきで、サヴァティエ家の侍女と従僕を引き連れて戻ってきた。
それで、いったい何事かと思ったら、
「そろそろサヴァティエ伯爵がお帰りになろうとしているので、ご準備ください」
とのことだった。
そういえば、伯爵はヒロインの養父だけど、聖女で王太子の婚約者なアンジェルの方が、実質、立場は上なんだよな。血統的には明らかに伯爵の方が上で、アンジェル的には、生まれ育った地元のご領主様なのに。なんかフシギ。(今更だけど)
クロードらを戸口で控えさせる中で、アンジェルはにっこり微笑んだ。
「それでは、わたしもお暇しますね」
S・R:
「ああ。気をつけて、お帰り」
リシャールとヒロインは、人目もはばからず、かなり濃厚な別れのキスをする。
これに、サヴァティエ家の使用人らは、「ひゃっ」と赤面したが、あの現場をしっかり目撃してしまったクロードは、一瞬、まったく開いた口が塞がらないといった表情になった。――が、サッとすぐに業務的無表情に変わって、ただただ、その沈黙を守っていた。
(うわ。マジかー……。ソコ、空気読まんでもイイのに)
こういう時、クロードは、大抵、辛口の苦言を呈するんだけれども。
シナリオ中(?)の聖女&王太子には、どうにも馬の耳に念仏だと分かっていたんだろう。デキるモブ侍従は、下手に虎の尾は踏まないのだ。
そうして、リシャールは、輝かんばかりの王太子スマイルで、
S・R:
「Salut!(=じゃあね!)」
と、アンジェルらに手を振ってみせた。
これに、ヒロインもポッと満足そうにはにかんで、
「Au revoir.(=ごきげんよう)」
と、かわいらしく、王太子主従に手を振り返してきた。
これって、普通に考えたら、微笑ましい恋人同士の別れシーンなんだけど。
王太子なリシャールはともかくとしても、伯爵令嬢なヒロインは、本来、膝折礼をするべきで、令嬢としても、王太子の婚約者としても、礼を欠く行為だといえた。
けれども、そこは流石にヒロイン様というか、「ああ、深く愛し合っておられる御両人は違いますこと!」的に誰も何もツッコまんくて、
何なら、天の声化してる俺にとっても、いちいち、そのしち面倒な挨拶されるより、とにもかくにも、まずその場からいなくなって欲しかった。――ので、
(つーか、早よ帰れっ! でなきゃ、マサトが肉体に戻れねーじゃんっ)
と、人知れず、ひたすら悪態をつかずにいられなかった。
しかして、この日、【星辰の乙女】様ご一行は、あっさり王宮から帰っていった。ただ、王太子との結婚式が間近だから、領地にある本邸じゃなく、王都内にある駐在用別邸の方へ引き揚げた感じ。
ヒロインらの気配が完全に扉の向こうへ消えた途端、ようやく、あの忌々しいリシャールのメインヒーロ―・モードもプッツリ切れた。
あまりの長い苦行に、俺は、ドッと心身疲労を覚え、ちょっと吐きそうになってしまった。
(――ガチ、地獄!)
イヤ、「巨乳美少女とヤれんなら別にいーじゃん」って、前世の悪友連中なら言ったかもしれない。
(悪友っつーか、マサトの勝ち組幼馴染みの陽キャ仲間だけど。俺、前世では、ソイツの金魚のフンだったから)
だが、峠を越えるたび襲ってくる、この恋のトキメキとは明らかに違う、不整脈かなんかの罹患っぽい不穏な動悸は、ただひたすら嫌な予感しかしない。
今日は、特にそれが顕著だったので、
(……。コレ、もしかして、俺の寿命削られてる?)
って、瞬間、眩暈がしそうになった。
「……まったく。本日は、まこと忙しない1日でございましたね」
そう呟くクロードも、すっかり呆れきっていて、なんかもう、諦観のまなざしだった。
けれども、おそらく、憔悴の俺を気遣って、
「さあらば、湯殿へ参りましょう。僭越ながら、この私、侍従が貴方様のお背中をお流しいたします」
と、すぐに湯浴みの支度を整えてくれたから、俺は「流石は俺の侍従。やっぱ、神!」と心底感謝した。
だって、この時のリシャールは、殺された幼馴染みの血液はおろか、あのロールキャベツ系ヒロインとの、ほぼほぼアウトな睦み合いで、全身、ヤバい汚れと匂いが染みついていたんだから。
そうはいっても、この世界、風呂に保温や追い炊き機能はない。
だから、クロードが最初に湯張り完了を伝えてきたのが約2時間前だったことを鑑みると、「もう冷めちゃったんじゃね?」と俺は思ったんだけれども。
いざ湯殿に赴いてみると、普通に湯気が立っていて、掛湯しても、きちんと熱かったので、間違いなく、湯の入れ替えがされていた。
ということは、クロードが、王太子に再度声を掛けるのに合わせて、使用人に追い炊き指示を出したはず。――なら、あのシナリオ→ナナメ上なイチャラブ(!?)中とか、「やっぱ、聞き耳たてられていたんだろうか」と、なんか無性に恥ずかしくなった。
それに、最初に湯を沸かしてくれた使用人らに二度手間かけさせてしまった上に、薪とか無駄遣いしちゃったかも、とか考えると、本当に皆に申し訳なかった。
まあ、過ぎたことをぐだぐだ言っても仕方ない。
燕尾服の上着を脱いだ状態で腕まくり膝まくりしたクロードに、じゃぶじゃぶと三助をしてもらいながら、俺は、手桶からバシャと湯をすくって、わっしゃわっしゃと洗顔していた。
――が、ふと、急に物悲しくなって、その手を顔のところでピタと止めた。
そのまま両手で顔面覆って、文字通り「合わせる顔が無い」ってヤツ。
「あー……」
湯は心地よかったけど、マジで泣きたい。
「……俺、死ぬかも」
「は」
クロードは一瞬きょとんとした後、真顔でさらっと言った。
「腹上死ですか?」
「ふ……っ……〇◇△ッ!?」
よりによって、なんてこと言いやがんだ。このクソ侍従!
「マジでソレやめてっ!!」
俺は反論したが、クロードはスンと素知らぬ顔だった。
いや、これ、確信犯だな。
ツッコんでもたぶん無視されるので、俺は怖気づきながら、ぽつりとつぶやいた。
「……アンジェルと結婚したら、俺、一生、シナリオに支配されんのかな?」
「ああ――」
クロードは憮然として、泡だらけの俺の背を、わしわしと、乾燥ヘチマで擦りながら言った。
「それは、つまり――アンジェル様と最後まで致した、と――」
「バッ! バババババッ……バカ言ってんじゃねーよっ! 未遂だっ、未遂っ!!」
「未遂――。では、やはり、ほぼほぼソレに近いところまでは、お進みなさったということですね?」
半眼で言うクロードは、内心、俺を軽蔑しているようだった。
というより、自分が仕えるご主人様の壮絶なヘタレぶりに愛想つかしたというところか。
まあ、この国は、婚前交渉禁止な社会だから、落胆されても当然だが。
「おっ……俺じゃないよっ? だからっ、そのっ……シナリオが――――」
「はいはい。承知致しておりますよ。私の存じ上げる殿下は、むしろ、奥手なぐらいですからね。
さりとて、仮に何か視えざる力で操られたとしても、左様なご行為に及んだ事実は消えませんから。
御式の前に、というのも、よろしくございませんね。
不健全ですし、ラグランジュ嬢とのご婚約を破棄なされた直後ですから、それが明るみに出れば、余計に、貴方がふしだらな御方だと、民に誤解されてしまいます」
くそう。正論ばかり、くどくどと!
「お、俺だって、そんなのは分かってるし、ホント、ガチでどうにか出来るものなら――――」
「それで? そのシナリオとやらは、本当に抵抗不可避なモノなのですか――?」
クロードの指摘に、俺は、「うっ」と口ごもった。
いや。そんなん、俺に訊かれても知んねーし。
ただ、まったくゼロとは言い切れない。
(……。俺がこれまでに抵抗らしい抵抗ができたのって、悪役令嬢が殺されたあの時と、肉食すぎたヒロインにガチで喰われそうになって、無我夢中で拒否ったあの瞬間だけだっけ?)。
そう思ったところで、俺は、「あれ?」と首を傾げた。
「――王子?」
クロードの問いかけもよそに、俺は自分の両手を見下ろして呟いた。
「……俺の知ってるゲームに無かった場面で……、俺の感情が限界突破して溢れた時(?)は、なんか、ちょっとだけ、抵抗できたような――――??」
それに、クロードもハッとしたようだった。
頓に、ぐゎし、と俺の背を磨っていたヘチマが「金属タワシかよ!?」ってくらいの強さになったので、
「痛ででででッ!」
と、俺は半泣きで叫んで、全身がビクッと引き攣った。
「あ。これは、失敬」
クロードもばつが悪そうにする。
「つい力んでしまいまして。大変失礼致しました」
「いや、まあ、いいけどさ。てか、お前らしくねーじゃん。何なの!?」
わざとじゃないのは、俺も分かったから、特にクロードを叱責するつもりもなかったんだけど――。
かたや、クロードは「ふむ」ともの考えるように顎を手ですくう。
「ちなみに、王子が御存知のゲームの結末とやらは、一体、どのようなものなのです?」
「え? ど、どのようなって……」
改めて訊かれると、俺も狼狽する。
「だから、俺が知ってるのは、悪役令嬢が卒業舞踏会で断罪されて、ギロチン処刑か僻地追放かの2択の後、攻略対象とヒロインが結婚――――」
言うや、クロードは、キュピーンッて感じに片眼鏡の向こうの眼を鋭く光らせ、
「ですからっ。その『結婚』とは――? いったい、どの段階を指すものなのです??」
と、冷静な彼にしては珍しく、ぐいぐい身を乗り出してきた。
その剣幕に俺も「へっ?」と呆気にとられて及び腰になる。
「だ、だからっ! そんな急に、どの段階、って言われても……」
「つまり――挙式なのか、初夜なのか、それよりもっと後なのか、ということです!」
そんなの、結婚式に決まってるじゃん!
――って、俺は言いそうになったものの。
俺は、「あれあれっ?」と、たちどころに自信がなくなった。
なぜなら――。
「……そういや。俺、ちゃんとしたエンディング見てねーや。ざっくり姉貴から聞いただけで」
あっけらかんと言う。
「は!?」
顎が外れそうなくらい驚いたのは、むしろ、クロードの方だった。




