第1章 12_傍観者 (挿絵_02)
(な……んで……っ??)
俺は我が身を抱いて、ゾッとした。
訳が分からない。
エンディングは、既に確定したはずなのに。
何故、ここで2人も死人が出てしまっているのか――。
(……俺か?)
ひゅっと、心が氷のように冷たくなる。
(……俺の所為なのか??)
途端に、眼頭が熱くなり、かつて彼女に「サファイヤのようだ」と賛美された王太子の碧眼から大粒の涙がぼろぼろ溢れた。
俺は「……うぅ……っく……!!」と歯を食い縛る。
「王子……」
クロードは主をおもんばかるように、自分の上着をふわりと俺の背に掛けた。
それは、きっと、凍えきった王太子の心身をいたわるというよりは、罪人の血に濡れた主人の醜態を覆い隠すため。
だが、その気遣いこそが、ますます俺の心をえぐった。
だって、クロードは、あの時、ちゃんと、俺を引き留めてくれたのに。
俺は、それをわざわざ振り切って、ここへ来てしまった。
くずおれた俺は、虚ろな瞳で、無意識にマリエッタの目蓋に触れ、そっと、その目を閉じてやる。
「王太子が……君に。悪役令嬢に会いに来たから……、2人とも…………っ!?」
わああ、と俺は酷く慟哭した。
「いいえ!」
クロードもまた、顔をくしゃくしゃにして、ガッと後ろから俺を抱き締める。
「王子の所為ではありませんっ! そう、王子の所為では……っ。ただ、天運の巡りがお悪かっただけで…………」
「天運の……巡り……?」
その言葉に誘われるように、ふと、俺は空を仰いで、殺人犯がさっきまで立っていた場所を見返した。
すると、不意に、その遥か向こう、大聖堂の屋根の上に、ぽつんと、小さな人影が在るのが目に入った。
(――え)
そこに居たのは、黒い日傘をさして、喪服を纏った、小柄な少女。
12歳くらいに見える。雪のように真白い長い髪を棚引かせ、少女は、ガーネットのように赤い眼で、じっと、冷たく無機質に、こちらを睨んでいた。
(何だ? あの子…………)
はらはらと涙が落ちるのも忘れて、俺は、何故か、その少女から目が離せなくなる。
しかして、その視界を遮るように、ぬっ、とコロー子爵が俺の前に来た。
「殿下」
それに気づいたクロードは、俺からスッと離れて、一歩後ろに下がって控えた。子爵に敬意を表して、軽く頭を垂れる。
コロー子爵もこくりと頷いた。そして、俺の顔を真っ直ぐ見て告げる。
「此度は、かような災難に見舞われましたので、流刑は延期です」
「延期って……!?」
俺は激しく混乱した。
「廃止、の間違いだろうっ?? そもそも、送るべき者が亡くなってしまったのに、どうして……」
「いいえ。死してはおりますが、その身柄はここにあります」
冷徹な口調だった。
コロー子爵に促されるように、俺はそちらを見ると、いつの間にか、絶命したマリエッタの亡骸には、晒の麻布が被せられていた。
「このまま流刑を敢行するなら、罪人の亡骸をミセリア・フィンテラへ流せば良い。しかし、彼女は、あの凶漢に殺害されました。こちらはこちらで、刑事事件の案件になりますので、被疑者死亡で書類送検の手続きをとらねばならない。ゆえに、被害者たるラグランジュ公爵令嬢の身柄も、一旦、この国内に留め置いて、検分等すべてが片付いた後に、改めて、流刑に処すこととなりましょう」
「何だ、それっ! 『流刑』ってことは、結局、家族の誰にも看取られず、ぞんざいに、国外へ亡骸を遺棄するってことだろっ!? それじゃ、まるで、死体に鞭打つみたいじゃないかっ」
俺はカッとなって、子爵に怒鳴る。
だって、マリエッタは殺されたんだぞ。遺族に最期の別れをさせてやって、きちんと菩提を弔ってやるべきじゃないのか?
俺が不服な顔をしたところ、コロー子爵は静かに首を横に振った。
「よろしいですか、殿下。ラグランジュ嬢は、国家を脅かした大罪人なのです。その罪の重さは計り知れない。これの裁きを曖昧にして、庶人と同じような終焉には出来ぬのです。さもなくば、国家の威信に関わる。さあらば、流刑という名の水葬でなく、鳥葬などに変更となる可能性もございます。殿下も一時の情に惑わされず、どうぞ、一国の王族として相応しきご覚悟とご決断をなされること、お忘れなく」
その宣言に、俺は、ずしんと重いものを感じた。
前世の世界では、鳥葬は、チベットとかの伝統的な葬儀で、「猛禽類などに魂の抜け殻となった死肉をついばんでもらって、魂を早く天に帰すのを手伝ってもらう、神聖な儀式」だって、テレビやネットで見たことがある。
前世のマサトが生まれ育った我が祖国・日本でも、平安時代には、鳥辺野に遺体を捨てて、カラスや野生動物に食われるのも想定の内で、自然に還るに任せていたというけれど――。
だが、今世の我が国、サンクレール王国における【鳥葬】とは、江戸時代における【晒し首】と、ほぼほぼ同じ意味合いだ。
その放置方法は、絞首台に架けられたままと、磔にされたままと、2通りある。
いずれにしても、ただ野生動物に食われるだけなら、まだいい。
だが、その罪人に恨みがある者達は、それに唾したり、飛礫や汚物を投げたり、堂々と死体損壊をしても黙認される。むしろ、「よくぞやった!」と報復した者が称賛されたり、世間がその行為を被害者遺族へ推奨したりするので、罪人は死んでも辱められ続けるという、残酷な終わり方だ。
俺は、なんだか無性に悔しくなって、うつむいたまま、下唇を噛み、グッと固く拳を握る。
「もう、帰りましょう。王子」
そう、クロードは穏和に囁き、そっと、俺の両肩に優しく触れてくる。
その手は温かい。だけど、悲しい。
居たたまれない俺は、渋々、コクと頷いた。
それを認めたコロー子爵は、
「早う、これらの死者を国家治安維持局の安置所へ!」
と、周囲の兵士らへ指示を出す。
そうして、コロー子爵が俺から離れたところ――。
俺は、またまた、ギョッとした。
あの喪服の少女が、いない。
(――どこいった?)
俺は、クロードの手を振り払い、ゴシゴシと目を擦ったものの、遥か向こうの大聖堂の屋根の上には、誰の姿も無かった。
それどころか、よくよく考えたら、この距離じゃあ、物理的に、人間の顔なんて判別できない気がする。
「……じゃあ、なんで見えたんだ!?」
呆然とする俺に、クロードも首を傾げる。
「如何されたんです? いったい、何がお見えになったと――」
「あっ。ねえ! クロードっ、なんか遠く見えるもん、無いっ?」
「jumelles de spectacle(=オペラグラス)でしたら、ここに」
そう言って、クロードは、懐から、小さく二つ折りできる双眼鏡を取り出した。
俺は「貸してっ!」とひったくるようにして、オペラグラスを借りて、サッとあの屋根を見直す。
けれども、やっぱり、そこには誰もおらず――。
「消えちゃった……」
ぽつりと俺がつぶやくと、クロードは怪訝な顔をした。
そうして、何が消えたのか執拗に尋ねてきたので、俺もかいつまんで見えたものの話をした。
すると、クロードもまた、おもむろにオペラグラスを覗いた。まじまじと見て、確認したところ、やっぱり「そんなものいない」って。
「幻覚なのでは?」
「そんなはずねえって! 俺は確かに見たんだからっ……」
そして、俺は、あの時どんな風に見えたのか、うんうんと煩悶しながら、思い起こしてみる。
(そう。なんていうか、そこだけスポットライトが当たったっていうか。瞬間的に、自分の視界が、その一点のみ、望遠レンズでズーム・インしたみたいな……。そして、とかく目が離せなかった……)
「ズーム・イン……」
いや、人間の眼って、そんな作りじゃないよな。
生体的に「注目する」のと、機械的に「拡大する」のとは、似て非なることだ。
そもそも、オペラグラスを使って初めて、その建物の装飾の形状やなんかも明瞭に見えたことから、裸眼で、人間の――それも小さな女の子の姿が、あの見え方をしたのは、明らかにおかしいと思った。
かといって、俺には、あの少女が亡霊や魔物の類とも思えず――。
(あの子……、無表情だったけど、俺に向かって何か言いたそうだった……)
思うや、
「……えっ。じゃあ、やっぱ、亡霊っ!?」
と、俺はアワワとなる。
とはいえ、リシャールの知り合いに、あんな陶器人形っぽい子、いないんだけど。
(前世では、『呪いの市松人形』とか、『メリーさんの電話』みたいな怪談話はあったけど。たぶん、なんかそういう感じでもないんだよな)
「王子」
クロードが案じるように、ぽん、と俺の肩に手を置いた。
「誰しも、思いもよらぬ凶事に目まぐるしく見舞われれば、激しくお心が苛まれ、右も左も分別つかなくなるのは、まず当然のことでございましょう。さあらば、今の貴方様は、たいそうご混乱なさって、夢うつつに惑っているにすぎぬのです。ここは、一旦、お城へご帰還なされた方が良い。そうして、どうぞ、ご自分のお部屋でごゆっくりお休みあそばされませ」
至極まじめに「頭おかしい」忠告されて、俺もショックを受ける。
(夢うつつ、て! 俺が現実逃避してるってコト?)
内心では、「そんなはずない」と、いまいち納得できなかったんだけれども。
とはいえ、さっきの白い女の子は謎すぎるし、悪役令嬢の末路もすこぶる悪かった。
振り返ると、惨劇の現場は、未だ、おびただしい血痕が生々しく残っていた。
だが、そこにあの自害した復讐鬼の亡骸は影も形もなかった。
(あいつはもう、運び出されたのか)
淡々と事態の収拾に奔走する者達の姿に、王太子として感心する反面、俺は、たまらず、無情を覚えた。その騒音まで耳についてしまう。
まったく哀しくて情けないことだけど。
ただ俺1人の感情だけが置いてけぼりなんだ。
「……そうだな。俺、きっと、疲れてるんだ……」
今は、そう思って忘れるしかないと思った。
やがて、悪役令嬢の亡骸もまた、リネンにくるまれ、即座に運ばれていく。
「…………マリー」
その名を呼んだところで、当然、その返事など返ってくるはずもなく――。
(せっかく、もう、これで全部終われるって思ったのに。こんなのって、あんのかよ……!?)
よく分からないが、何だか、胸がザワザワする。
果たして、俺は、その黒ずんだ血痕から、不気味な影が、じんわりと侵食してくるかのように、こちらへぬるぬると広がってくる錯覚を視た。
「…………!」
同時に、
<死ンデ良カッタデショウ?>
悪役令嬢の業によって、これまで理不尽に死んでいった者達の、積年の怨念が晴れたかの、歓喜の声や嘲笑が、俺の耳に届いた気がした。
<ダッテ、あれハ酷イ大罪人>
<これガ、正シイ終ワリ方ナノダカラ>
<ソレナノニ、ナゼ、アナタハ、従ワナイノ――??>
(これが……正しい、終わり方……?)
――本当にそうなのだろうか?
クッと、俺は歯噛みした。
そうして、俺は、鬱屈したわだかまりを抱えたまま、
まもなく、クロードと共に王宮へと帰っていった。




