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第47話 京也の決意

 霧桃という極上の果物を食べて幸せな気分でみんなが寝ているころ。俺は一人洞窟の外に出ていた。山の空気は冷たく澄んでいて気持ちがいい。焚き火はもう消えているが寒くはない。俺は手のひらの中の罪人の実を見つめる。


 小学校の図書館に合った図鑑で見た毒ガエルのようなカラフルな配色。その正体を知らずともこの見た目で食べようと思うやつはいないだろう。無論俺だった好き好んで食べるつもりはない。つまり嫌々なら食べるかもしれないのだ。


「そんな所で何してるんですか」


 背後から声を掛けられ物思いにふけっていた俺は思わず肩をびくりと跳ねさせる。


「……アンか。起こさないようにしたつもりだったんだが」


「なんとなく虫の知らせが。フィーは食べ過ぎで寝てるので安心してください」


 アンは俺の隣に座りこむとどこを見るでもなく視線を漂わせた。月明かりにエメラルドグリーンの髪がほのかに白く染まる。他人に合わせるのは苦手な俺だが彼女の隣は自然とリラックスしてしまう。そのせいか言うつもりがないことも口をついて出る。


「……ちょっと、考えごとをしていた」


「悩み事ですか? 私でよければ聞きますよ」


 いつもより柔らかい声だった。俺は少し迷いながらも考えを打ち明ける。


「さっき手に入れたアブソーブについてすこしな」


「アブソーブ……他人のスキルを奪えるんですよね。スキルを奪うスキルなんて初めて聞きました」


「ああ。……前に俺が魔力病になったとき、助けてくれたストールさんがいただろう。あの人は魔王とは代々受け継がれてきたスキルがその正体だと言っていた」


 今覚えばあの時もだがアンとフィーには様々な場面で助けられてきた。出会ってからの年月は高校のクラスメイトの方が長いが、濃さで言えば断然二人の方が上だろう。


「はい。自動で受け継がれるのか、スキルの保有者が指名するのかまではわかりませんがただの役職ではないようですね」


「聞いたときは驚いたが、魔王の証がスキルだというのは今となっては幸運かもしれない。なんせ今日俺はスキルを奪うスキルを得たんだからな」


「その力でキョウヤは魔王になりたいんですか? なら私とフィーは四天王にしてください」


 アンが面白そうに言う。なら後2人見つけなきゃな、と冗談で返した後に改めて話を進める。


「実際問題それはやめといたほうがいいだろうな。多分だけど魔王というスキルには所有者の精神を変える効果がある」


「精神をですか?」


「ああ。少なくともジョブである勇者にはほぼ間違いなくその効果がある。長谷川を覚えているだろ。俺は長谷川たちと召喚された時に自分には何もできないから解放してくれと頼んだんだ。あの時長谷川は困っている人を見捨てるのかと烈火のごとく怒って俺を殴ってきた」


 その時の記憶が脳裏によみがえる。地球での長谷川は俺の知る限りあそこまで乱暴な奴じゃなかったし、周囲からそのような話を聞いたこともない。


「なるほど。キョウヤが知るハセガワさんと性格が違うと」


「そこまで詳しく知っているわけじゃないけどな。それにそれだけじゃない。アトゥの件でもそうだ。ゴブリンならともかく言葉が通じ、話し合いができそうなアトゥを問答無用で殺そうとした」


 元とは言え日本の高校生の行動としては明らかに異常だ。アンは少し黙りこみ、空を見上げた。


「たしかに話を聞く限り勇者のジョブには所有者の精神に影響があるのかもしれませんね」


「ああ。勇者がそうなんだ。対になるであろう魔王にもおなじような仕掛けがあってもおかしくない」


「だからキョウヤは魔王のスキルを自分が持つつもりはないんですか?」


「俺が魔王の力を手に入れたら最悪の場合本当に魔王として支配者になってしまうかもしれない。他人のスキルを奪える魔王なんてどう考えてもヤバいだろ」


「そんな魔王がいたら歴代最強かもしれませんね」


 歴代最強の魔王か。ゲームとからな目指してみるのも面白いが、現実世界に存在しておまけに精神を乗っ取られた俺がなるというのは勘弁してほしい。


 ここまでの俺の話を聞いたら、聡いアンのことだ。俺が何に悩んでいるのか見当が付いただろう。


「魔王に罪人の実を食べさせるというのはどうでしょう」


「こんなマズそうな実を食べさせるのは無理だろう。おまけに切ったりせずそのまま食べなきゃいけないんだろ?アブソーブで魔王のスキルを奪いすぐに罪人の実を食べて、ほかのスキルごと魔王スキルを消す。それが一番確実に魔王の脅威をこの世界から消せる」


 そう確実なのだ。それが俺が思いつく一番良い方法なのは間違いない。そんな俺の内心を見透かすようにアンがじっと俺を見てくる。


「不安なんですね」


「……正直怖いさ。俺が持っているスキルはほとんどラーニングで得たものだ。一度全部失ったらもう二度と身に付けられないかもしれない。それに俺の戦い方はスキルに頼り切りだ。アトゥとの修行でスキルなしの自分がどれだけ無力か痛感した。もしスキルがなくなれば本当に何もできなくなるだろう」


「キョウヤ」


 アンは静かに強い口調で俺の不安を言葉と共に止めた。普段の物静かなアンとは異なる雰囲気に思わずその真っすぐな目を見る。


「それは違います。確かにキョウヤのスキルの多くはラーニングで得たものかもしれません。でも魔導や纏魔導(スレイマジック)は違いますよね。師匠から学んだことや、あなた自身が修行して編み出した技術です。それらは間違いなくあなたが努力で得たものです。それとも罪人の実を食べたらスキルと一緒に師匠のスパルタ特訓の日々をなかったことにできますか?」


「それは確かに出来ないな。あのキツさは忘れたくても忘れらない」


 なんせ今でもたまに夢に見るのだ。むしろ忘れさせてほしいくらいだ。アンも似たような経験があるのか二人で声を殺して笑った。


「スキルも同じですよ。例え失ったとしてもまたやり直せます。勿論私やフィーも協力しますよ。魔法なら私に、体術ならフィーに習えばいいんです」


 アンの言葉は夜の静けさの中で妙に重たくしかし温かく響いた。アンが自分を認めてくれている。それだけで不思議と安心出来た。危険な世界を生きるためとはいえラーニングで他人の努力を掠め取っていたことで感じていた罪悪感が軽くなるのを感じる。


「……アンの修業はスパルタそうだから出来れば遠慮したいな」


「ようやくいつもの調子が戻ってきましたね。しおらしいのは似合いませんよ。キョウヤはふてぶてしいくらいが丁度いいんです。私はそんなあなただから……一緒にいるんです」


 アンは顔を赤らめ、そっぽを向いた。俺も急に熱くなった頬を隠すように背中を向ける。


「……少しだけ気が楽になったよ。アンがいてくれてよかった」


「ではお礼に明日の朝食分の霧桃は私に譲ってください」


「いつの間に交渉スキルを得たんだ?」


 顔を背けたまま笑い声だけを重ねた俺たちは、お互いの顔の熱が冷めるまで夜風に吹かれていた。

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