第46話 新たなる力
霧桃の採取と報告を終えた夕食後、アトゥは俺たちへの報酬について珍しく真剣な顔で長い間腕を組み黙り込んでいた。炎のような赤髪がゆらゆらと揺れている。一方フィーとアンは焚き火のそばで霧桃を少しずつ味わっている。俺は食後の余韻に浸りつつもアトゥが何を考えているのか気になっていた。
「お主らよくぞ我のためにここまでしてくれた。礼をしたいがただの金品や知識ではつまらぬし、物足りぬだろう……」
「私は魔法についてもっと教えてもらえれば十分ですが」
「フィーはお肉!」
「いやいやいや。それらは我からではなくとも手に入れられるだろう。我だからこそ与えられる。そのような価値があるものでなければドラゴンの沽券に関わる。……思いついたぞ!」
何かよい案を考え付いたのか膝を叩くアトゥ。ドラゴンであるアトゥでなければ与えられないお礼か。ゲームでもそうだがこういうのはただ金品をもらうよりもワクワクするな。
「フッフッフ。聞いて驚け。主らには我の血を与えてやろう」
その言葉に、俺は思わず眉をひそめた。
「血……って、つまりドラゴンの血液ということか?」
「そうじゃ。ドラゴンたる我の血は非常に貴重じゃぞ。普通は我らの血が欲しければ殺した後に抜き取るしかないが、今回は我自身が協力するのだからより効果が強大な生き血じゃ。金を積んだからといって手に入るものではない」
「ドラゴンの血は魔術や錬金術の触媒としても有名です。触媒としてだけではなく飲めば強大な力が得られる……と聞いたことがあります」
俺があまりピンと来ていないのを察したのかアンがより詳細を説明してくれた。後半の部分に反応してフィーが尻尾を振る。
「キョウヤすごい報酬。フィーも早く飲みたい!」
テンションが高いフィーに反して俺はどうも気が進まなかった。血を飲むなんていくらファンタジー世界でも抵抗がある。なんか感染症とかかかりそうだし。
「いや、ちょっと待て。いくらなんでも血を飲むのは……」
俺の否定的な発言を聞きアトゥは不機嫌そうに眉をひそめ鋭い視線をこちらに向ける。
「我の血が飲めぬと申すか? ドラゴンたる我の貴重な生き血だぞ? お主、我を愚弄する気か?」
冗談ではなく怒りの気配が伝わりその迫力に思わず肩がすくむ。こいつ自分の好意が無下にされると怒るタイプか?俺の酒が飲めないのか!は小説でも定番だが血で体験するとは思わなかった。
「……分かった、分かったよ。そんなに言うなら頂こう」
断ると本気で何をされるかわからない。とにかく貴重なものに代わりはないのだ。それにこの世界で生きるうえで力はどれだけあっても足りないだろう。
アトゥは満足げに頷くと人化を解き自らの爪先で前足を切り裂くと俺に杯を持たせ鮮やかな赤黒い血を注いだ。流石はドラゴンと言うべきか杯に貯まった血から濃厚な魔力を感じる。
「受け取るがよい。我の血と新たなる力をな」
杯を満たした血はまだ温かく不思議な香りが立ち昇る。アトゥはじっと俺が飲むのを見ている。ドラゴン形態だと目力が凄まじく、一滴たりとてこぼすこと罷り成らなさそうだ。覚悟を決め俺は人間をやめるぞ!と気合を入れて一気に流し込んだ。
次の瞬間、激しい熱が胃から全身を駆け上がった。視界が眩み心臓が跳ねるように高鳴り膝が笑う。
「……あれ……?」
言葉を発する前に意識が遠のき、俺はその場に崩れ落ちた。
――
心配そうに覗き込む一対の目、それが目覚めて最初に見た光景だ。ぼんやりとした光が差し込む。脳みその動きは鈍いが体にだるさは感じない。
「キョウヤ目を覚ました!」
次の瞬間ズン!と体に重さが加わる。どうやらフィーが俺の胸に頭をこすり付けているらしい。直後慌てて走り寄ってくる足音が聞こえる。
「本当ですかフィー!」
「本当だ。俺はあのあと倒れたのか?」
「はい。キョウヤは倒れてから丸一日も眠っていたんですよ。多分強力な魔力を一気に体内に入れたことが原因だと思います」
アンは少し疲れた顔で微笑んだ。不謹慎だがそれだけ心配してくれていたことが分かり嬉しくなってしまう。
「ありがとう、ふたりとも。心配かけたな」
「いえキョウヤは悪くありません。私もドラゴンの生き血を前にして冷静じゃなかったです」
「アトゥはフィーとクローネでしっかり懲らしめた!」
俺が倒れたのを見てアトゥは二人だけではなく娘のクローネにも怒られたらしい。俺は苦笑いしながら身を起こした。体に違和感はない。むしろ今まで以上に力が漲るような感覚があった。
「なんとなく魔力の流れが前よりはっきり感じられる。魔力コントロールも滑らかだ」
「倒れたのに見合う力を得ているといいんですが」
そのとき、アンの後ろからアトゥとクローネが姿を現した。クローネは俺を見つけるなり嬉しそうに頭をぐいぐい押し付けてくる。
「つ、潰れる」
「キョウヤよ気分はどうじゃ?」
「ああ、ひとまず異常はない。でも飲んだら倒れるなんて先に言ってくれ」
「我も知らなかったのじゃ。ただ血を飲んだだけで倒れたというのは聞いたことがないから、生き血が原因かものぉ」
「悪いと思っているならフィーとアンにはまた別の報酬を用意してくれ。ぶっ倒れるようなものを飲ませるのは怖い。」
俺がため息をつくと、アトゥは少し反省した様子でアンとフィーに振り返る。
「もちろんじゃ。我もクローネにそっぽ向かれるのは堪える」
無敵のドラゴンも子供には弱いか。子供同士気が合うのかフィーはクローネといつの間にか仲良くなっているようだから、アトゥに頼みごとをするときはフィーと一緒にクローネから篭絡しよう。
「キョウヤ強くなった?」
「そうだな。確認してみるか」
血の効果が気になるのかフィーに急かされて俺はステータスウィンドウを開いた。すると、驚くべき変化が目に飛び込む。
四宮京也 男 16歳
ジョブ:なし
スキル:アブソーブ レベル8
:ライト レベル5
:癒しの風 レベル6
:瞬発 レベル7
:聖剣召喚クラウソラス レベル4
:剛力 レベル8
:剣術 レベル8
:水魔法 レベル8
:炎魔法 レベル6
:風魔法 レベル6
:精気吸収 レベル6
:素手 レベル8
:身体操作 レベル8
:土魔法 レベル5
:纏魔導 レベル5
:鑑定魔法 レベル6
「スキルレベルが軒並み上がってるぞ。最低でも1、ものによってはそれ以上」
「キョウヤは結構な数のスキルを持っていましたよね。それが最低1上がるのは凄まじいとしか」
「フッフッフ。我の血の凄さを分かったか? 飲んでよかっただろう」
アトゥのドヤ顔も今は気にならない。レベルが上がったのもそうだがそれ以上に気になる点があったのだ。
「ラーニングが消えて代わりにアブソーブというスキルがあるな」
「スキルが変化した、ということでしょうか」
効果を見る限りそれで間違いないだろう。アブソーブは名前の通り相手のスキルを奪うことが出来るようだ。ラーニングが更に凶悪になった代わりにいくつか制限も加わっているようだが、それでもとんでもない効果だ。
「キョウヤ凄い! どんな能力なの?」
「相手からスキルを奪うことが出来るらしい。ラーニングとの違いは奪う相手に触れている必要がある点だな」
「なに? スキルを奪うスキル? そんな存在我でも初めて聞いたぞ。どれ我で試してみるがよい」
「いやコピーならともかく奪うんだぞ。それは流石に悪い」
ドラゴンの知識欲がうずくのか鼻息荒くせまるアトゥをフィーとアンがブロックする。
「安心せよ。我は料理のスキルを持っておる――レベル1じゃがな。昔美味いものを自分で作ろうとしたが、どうにも腕が上がらず諦めた。これなら我も困らぬかよいじゃろう」
アトゥが過去に料理に挑戦していたとは驚きだ。頑張ってもレベル1なんて、ドラゴンに悲しき過去……では別にないか。
「問題はそれだけじゃない。アブソーブにはストックできるスキル数の上限がある。料理スキルでそのひとつを消費するのはもったいない」
「……むむ、そうか。残念じゃ」
ラーニングの時はレベル7の時点でスキルを削除することが出来るようになったが現在はその能力は消えてしまったようだ。
流石に料理スキルで貴重な枠を潰せとは言えないのかアトゥは肩を落とした。しかしすぐに何かを思い出したように洞窟の奥、本人曰く宝物庫へと駆けていく。人化して戻ってきたアトゥはその手にミニトマトをふた回りほど大きくしたどぎついカラフルな実を持っていた。
「ならばこれを使えばよかろう。我の宝を荒らしていた狼藉物から奪ったのだかな、なんでも食べるとスキルを消すことができるらしい」
「どう見ても毒物にしかみえないんだが、それ本当に食べれるのか」
「マズそう。フィーいらない」
いかにも自分毒持ってます!と言わんばかりの色に俺だけではなくフィーもあとずさる。ついさっき血を飲んで倒れたのだ。再び倒れるのは勘弁してほしい。
しかしアンはその実に見覚えがあったのか、アトゥから受け取ると手に取ってよく観察する。
「これって罪人の実ですよね。確かにスキルは消せますけど消えるのは全てのスキルだったはずです」
「そんなもの食べられるか!」
なんでも強大な力を持った犯罪者を捕らえたときに使用するらしい。確かに地球と違い個人の力量がずば抜けている世界だ。何かしらの対策がなければ無法状態になってしまうだろう。
「なに、そうなのか?あやつめいらないスキルがあればこれを食べて消すといいなどど言いよって」
「アトゥ騙された! 食べなくてよかった」
敵に食べさせる、などの使い道はあるかもしれないが気軽に自分で食べれる代物ではないのは確かだろう。だがふとある考えが閃き俺は黙り込む。この実があれば兼ねてからの俺の懸念事項が片付くかもしれない。無論簡単にとはいかないだろうが……。
「どうかしましたキョウヤ」
「いや……少し考えごとをしていただけだ」
一先ず本当に出来るのか検討する必要がある。思ってもいなかった収穫に俺は一人頭を巡らせる。
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