絶望と幕開け
ぼんやりと定まらない視界、雑音がしている。肌もなんだかおかしな粟立ち方をしている。感覚が一切合切グチャミソになっていて、今の自分の状況が掴めない。そう、確かあのデカいコウモリと空中散歩をしていて、そして、そしてそれから。
あ、いた。
もはや見慣れてしまったデブリの姿が遠くに見える。そしてそれと同時に自分がそこへ向かって全力疾走していることを理解した。記憶と状況が繋がらない。今頃はデブリ共々血だまりにとろけている予定だった。随分高いところから良い勢いで落ちていったはずだ。あいつが無事なのはともかく俺は何故にこんなにも機嫌良く走っているのだろうか。
不思議と混乱はない。やることは一つ。他のことはどうでも良くなって、つるりと頭の中からすべり落ちていってしまう。殺せばいいじゃないか。それでいい。そうしていればいい。それ以外に何があると言うんだろう。何もない。他なんてない。ただそれだけでいい。
いつの間にかすぐそこにデブリの背中があった。随分走っていた気もするが、もはや時間の感覚も無い。疲労もないから気にもならない。今必要なことは。
なんとなく、ふっ、と巨体に手が伸びる。さりげなく、吸い込まれるような自然さで。瞬間、手は恐るべき力で触れた部分にめり込み、穴を開け、デブリの中心にねじ込まれていく。温かい赤がべちゃべちゃと纏わりつくのが、なんだか心地よくて。気が着いたら心臓を握り潰していた。
コウモリがすこし、怯えたように感じた。そのまま冷たくなって、粉になった。
『NOVA!!!』
次だ。
足に力を込める。行き先は分からなくてもいい。もう知っているから。
岩や枯れた大樹が張り出している、はっきり言って移動しやすいとは冗談にも言えない不毛の荒野を、紛う事ない最短距離で走破する。随分とまあ長い間空の上を揺られていたものだ。5キロか、10キロか、それよりももっとか。飛び立った所までえらい距離がある。今度から空飛ぶデブリには捕まらないようにしないと。
足は休まる事なく迷う事なく、不乱に回転している。生物の限界を優に超えて、非生物的に、非人間的に。ずっと走っていたいような、甘い感覚。
ついた。
残りの2匹。殺そう。
地上最高の持久力を発揮した双脚は、間を空けず急発進する。デブリめがけてまたも不乱に。早く、速く、他にどうしようもないという風に。デブリの死を求める、一発の弾丸。弾丸の速度に弾丸以上の殺意で、俺は打ち出されていく。
気がついたらデブリの腹に拳が埋まっていた。腹に穴を開けられた方も穴を開けた方も状況をロクに理解できないまま、異形の拳だけが肉の壁に穴を開け一人でに流れ込んでいく。何発も何発も。とてもじゃないが数えきれない。人の形をした蒸気機関。荒々しく止めどない。
やっと意識が拳に追いつく。腹の中をまさぐる熱と血の感覚の波。温かい、こいつはまだ生きている。そんなことは許さない。指を大きく開いて、また握り直す。
決定打は穏やかに、何気なく。命は今この俺によって奪われる。
『NOVA!!!』
次で最後だ。
拳を引き戻しぐるりと見渡すが姿がない。逃げ出したらしい。殺されないために逃げ出すデブリ、なんてのは見たことも聞いたこともない。掃除屋として素直に感動してしまう。あいつらも怖いとか思うんだろうか。愉快になってきた。殺してやらねば。随分と楽しませてもらった。きちんと礼をしなくてはならない。完膚無く殺してやる。なんとも愉快だ。ぶち殺してやる。
『Immunity break!』
迷いのない最短経路を行く凶脚がおもむろに跳躍する。大して力んだつもりもなかったが、高い。羽付きデブリのお株を奪う跳びっぷり。跳躍というか飛翔だ。
百メートル程離れた所に最後の獲物の姿を捉える。両の手足と羽を不細工に振り回し、脇目もふらず逃げている。やっぱりちょっと可愛げがあるなあ。お茶目でチャーミング。俺の気分が良かったらペットにしてやったかも知れない。今俺の気分は最高に良いのでペットにするかわりに肉団子にしてやろう。
俺は何か確信めいたように蹴り足の姿勢を整える。ここでキックのポーズをしたところでまるで意味がない。姿勢を崩して頭から落っこちるだけ。
『"BAT"serum!』
何が起きるのだろうか、俺はとっくに俺の理解を超えてしまった。きっと俺には叶うのだろう、デブリ殺しの血の戦士には。確信がある。必ず満たされる。そんな予感がある。
今俺の脳髄を満たす心地よくも恐るべき、熱い未知が、迸りながらせり上がってくる。知らない力が暖かく俺の血を焼く。血が、全ての漲る血が、大きくうなりを上げる。
『Blooooooood!!! NOVA!!!』
『NOVA!!! NOVA!!! NOVA!!!』
貫き、混じり、拒絶し弾けた。
俺が壊した。




