第9話 準備
「サバイバル術も学んだし、1度ロングホーン山へ行ってみよう」
「クー……!?」
ベクターを慌てて止めるクー。まだ知識を得たというだけで実際に道具を揃えたり経験を積んだりしていない。ペーパードライバーが自家用車でカーレースに出ようとするようなものだ。
「心配するな、クー。いきなりドラゴンの巣を探そうって話じゃない。ロングホーン山にはドラゴン以外にも魔物が住んでいる。今回は中腹あたりの魔物を仕留めて、毛皮か羽毛を手に入れる。防寒具を作るんだ」
「ク、クー……」
まあそれなら……と引き下がるクー。
これが受付嬢なら、ロングホーン山へ行くこと自体が危険だと引き止めるだろう。
だがクーはその心配をしていない。付き合いの長さと深さ――クーはベクターの強さをよく知っていた。
◇
てことで、まずは移動である。現在地は故郷の村に一番近い街で、ロングホーン山の麓にある村まで徒歩で3日かかる距離だ。甲府市や小田原市から富士山を目指すような距離感である。自動車なら2時間ほどだが、この世界にそんな物はない。
3日かかるとなると、その間の食料や水、宿代など、路銀が必要だ。魔物と出会えば戦闘になる可能性もあり、怪我をすれば治療費もかかる。
なので普通なら商人の護衛依頼でも受けて稼ぎながら移動するところだが、ベクターは先を急ぐために依頼を受けずに移動することにした。
「結界で体を包んで、と。
行くぞ、クー」
「クー!」
クーとの連携で見えた課題――逃げる相手を追撃することが難しい問題に対する答えを使う。自分たちを結界で包んで、そのまま結界を動かすのだ。箱に入れて運ぶ理論である。
車に乗って移動するのと同じように、結界を動かせば中にいるベクターとクーも一緒に移動する。実際には、車というよりヘリコプターに近い。上下移動もできるからだ。
地形を無視してまっすぐ進む。速度は時速200km以上。徒歩3日の距離もわずか15分で飛び越える。
「わははは! あっという間だな」
探知結界を広げて獲物を探しながら、ロングホーン山を飛び回る。
すると大きな鳥系の魔物が集団で襲ってきた。
「クー!」
警戒を促す声を上げるクー。
ヘリコプターだとエンジンやローターの轟音でまともに声が聞こえないので通信機とヘッドホンが必須になるが、ベクターの場合は無音の結界なので普通に声が聞こえる。
「あれはロック鳥か。群で現れるとは珍しいな。子育て中か?」
ゾウを鷲掴みにして飛ぶほどの巨鳥である。ジャンボジェット機みたいな大きさで、相応の餌を食べるので1羽の縄張りが広い。群れると必要な餌の量も増えるので、物理的に群れることができない生物だ。
しかし繁殖期なら相手を探すために集まるだろう。鳥である以上は卵を温める時期があるはずだ。そんな所へ闖入者が現れたら、激しく攻撃してくるのは当然だ。
「来たぞ、クー! やってしまえ」
「クー!」
ドドド!
クーの連続ブレスが始まる。
一部のロック鳥が撃ち落とされるが、残りはたちまち散開した。
「クー……!?」
狙いをつけられない。
クーが戸惑う間に、ロック鳥たちは包囲するように迫ってくる。
「わはは! まるで弾幕ゲームだな」
ベクターが結界を動かして回避する。鳥の飛行では不可能な、いきなり真横へ滑るような移動で翻弄する。
そして意のままに動く魔法という利点――曲芸飛行でありながら正面には常に標的を捉えている。攻撃ヘリの熟練操縦士もかくや。
「クー!」
クーが再び調子よく攻撃を始める。
クーは正面にだけ連射すればよく、狙いをつける負担からほとんど解放された。
あとはもう消化試合である。
◇
「大漁大漁」
ホクホク顔でロック鳥の死骸を集め、卵まで手に入れたベクター。
ジャンボジェット機みたいなサイズの鳥がまるごと、しかも多数だ。食べきれないにも程がある。防寒具を作りたかったので1羽で十分だったのだが、向こうから襲ってくるのだから仕方ない。逃げてもよかったが、縄張りが広いので国外まで逃げる羽目になって非効率だ。
あまりにも大量の素材だ。腐らせるのはもったいない。なんとか保存するため、まず結界を注射器のように使って、心臓から血液を吸い出す。血抜きが短時間で終わる。
次に羽根をむしる。まず羽根が抜けやすくなるように65度くらいのお湯につけて毛穴を開かせてから、あとは1枚ずつ引き抜きたい。だがジャンボジェット機サイズのロック鳥をお湯につけるのは現実的ではないので、近くの川で水を手に入れ、スチーム処理することにした。
「クー、湯を沸かしてくれ」
「クー」
熱を通す結界に水を入れて、クーの火炎放射ブレスで湯を沸かす。
ロック鳥を結界で包んで水蒸気が逃げないようにしつつ、蒸して毛穴を開かせる。
あとは摩擦係数の大きい結界を回転させて、即席の鳥の羽むしり機として使う。超巨大なドライブスルー洗車機みたいな感じだ。
次に解体する。食用に耐えられるようにスピードを重視するため、きれいな解体は諦めて結界を2つ展開して距離を離すことで、むりやり引きちぎる。適当な大きさに切り分けてから、真空状態にしてフリーズドライだ。これで25年は保存でき、食べるときも必要な分だけ解凍すればいい。
問題は25年で食べ切れるかどうかだ。冒険者ギルドが買い取ってくれるといいが、バラバラに刻んでしまったので、これがロック鳥の肉だと証明する方法がない。
「肉はこんなもんだな。骨も混じってるが、まあ骨付き肉ってことでいいだろう。
卵はどうかな?」
「クー?」
せっかく手に入れたので、ためしに目玉焼きを……諦めた。大きすぎる。溶き卵にして卵焼きにしてみよう。
「うっま……!」
「クー!」
魚介類や肉の脂のコクが凝縮されたような、とんでもなく濃厚でワイルドな味だった。ゾウを鷲掴みにするというから、肉食性か、それに近い雑食性なのだろう。草食性に近ければ薄味になるはずだ。
親子丼(米なし)を作ってみると、これまた美味だった。クーは大喜びで食べすぎて、あとでひっくり返って苦しんでいた。
「卵も保存食にするか」
美味しいので卵液をフリーズドライして保存することにした。水で戻せば卵液になる上、10年くらい保存できる。
ただし食中毒が怖いので、フリーズドライする前に圧縮加熱して殺菌処理しておく。卵が固まらない絶妙な温度(約56℃〜60℃)で一定時間加熱し、サルモネラ菌だけを狙い撃ちで死滅させる。
この状態のものをフリーズドライすれば、水に戻しても菌はいないため、生食しても安全だ。マヨネーズだって作れる。なお、順序を逆(フリーズドライしてから加熱殺菌)にすると、菌は乾燥すると死ににくなるため、食中毒のリスクを排除しきれない。
「さて、問題は羽毛だな」
ロングホーンの中腹で出会ったロック鳥。その羽毛はさぞかし強力な防寒性能を持っているだろう。おおむね、高い所に住む鳥ほど、羽毛の防寒性能が高いはずだ。
表面の羽根をかき分けると、内側に細かい綿毛がある。綿毛は塊になっていて、これを「ダウンボール」という。これが空気の層を作り、防寒性能を発揮する。
問題は、ロック鳥のそれは「大きすぎる」ということだ。防寒性能が高い鳥ほど、ダウンボールのサイズが大きい。ロック鳥は体格に比例してダウンボールが超巨大で、毛の1本1本が無数のトゲを備えてマジックテープのように絡み合う上、固い毛が混ざっている。ダウンボールが潰れないための仕組みだ。
「畜生め。こんなの藪じゃないか。稲刈りかよ」
ダウンジャケットに仕立てるには、適当な大きさに切り分けなくてはならなかった。布袋に詰めて服の形に整え、羽毛が偏らないように格子状に縫って固定するわけだが、そのままでは袋がパンパンに膨らんでしまって服に加工できない。
防風性や防水性は外からさらに羽織ればいい。中には汗を吸ってくれるウール素材のインナーも必要である。役割の異なる3層の重ね着は、ヒマラヤ登山でも通用する理論だ。
「クー……!」
手伝おうとしたクーが、ダウンボールを口にくわえて直後に吐き出す。
触ると妙にチクチクして、なかなか嫌な作業だった。しかし羽毛としては超高級。防寒具のほか布団にしても売れるだろう。捨てて帰るのはもったないので、結界に包んで根性で持ち帰る。
移動と戦闘で30分もかかっていないのに、解体処理で丸1日かかって、ベクターは危うくロングホーン山で野営する羽目になるところだった。
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