第8話 学習
真鍮の蝙蝠の戦い方は、ベクターにとって勉強になった。なにしろベクターはこれまで自分ひとりで戦おうとしてきたからだ。
仲間に頼り、仲間に頼られる――真鍮の蝙蝠の戦い方を見て学び、ベクターは左肩のちびドラゴンを撫でた。
「俺はもっとお前を頼らないといけないな」
クーがオーガの群を相手に単騎で戦って勝つほど強いことも、子供とはいえ地上最強の生物であるドラゴンであることも、もちろんベクターは承知している。
だが、ベクターがこの世界に転生してから最もつらい時間だった8年間を、クーは常に隣にいて、よく懐いた犬のように寄り添い、精神的に支えてくれた。ゆえにベクターにとってクーは、戦力的に頼れる相棒というより、精神的に依存する相手になっていた。クー自身が強いかどうかとは関係なく、誰にも奪われないように大事に守る対象になっていたのだ。
「クー!」
任せろと胸を張って、クーは力強く鳴いた。
「よし、クー。連携の練習をしてみよう。
俺が結界で守るから、クーは結界の中からブレスで攻撃してみてくれ」
まずは練習ということで、ベクターは少し離れた所に結界を張った。クーがそこへブレスを吐く。するとベクターの結界がクーの攻撃まで遮断してしまった。これではクーの攻撃で自分たちを焼いてしまう。
対策として結界に小さな穴をあけたらクーの攻撃がうまく穴を通らなかったり、逃げる相手を追撃するのに苦労したり、試行錯誤することになったが、最終的には形になった。
「行くぞ、クー!」
「クー!」
ベクターが結界を張って自分たちを守る。クーが口から小さな火の玉を吐き出す。ベクターの結界はマジックミラーのように中からの攻撃は通すが、外からの攻撃は通さない。またクーの攻撃は消しゴムのカスでも吹き飛ばすように短く吐くことで連射性を持たせ、攻撃力を確保しつつ外したときにも素早く狙いを定め直すことを可能とした。
こうなると並大抵の魔物にとって、ベクターとクーは強固な陣地からマシンガンを乱射してくるような手のつけられない相手となる。
「出番がねえ……」
真鍮の蝙蝠が嘆く。
せめて食事の用意でも、と思ったのだが、薪を拾い集めるところから始める彼らに対して、ベクターの場合は食材だけあれば結界で調理できる上に圧力鍋を再現できるので圧倒的に早い。
真鍮の蝙蝠は死んだ魚のような目でベクターを見ていた。
「しかも美味いんだよなぁ……」
嘆く真鍮の蝙蝠。嘆きながらも食べるのはやめない。もぐもぐ……。
ロングホーン山へ行きたがる無謀な新人に、冒険の厳しさを教えてやろうと声をかけたはずではなかったのか?
「クー!」
クーは美味しそうに肉を頬張る。
子犬が餌に夢中になっているような仕草で、真鍮の蝙蝠も思わずほっこり。
少し頭が冷静になったところで、ベクターを改めて見てみると、戦闘でも料理でもチートじみているが、まだ足りないところがあった。
持っている道具だ。冒険者ギルドに近い店で売っている「初心者セット」をそのまま持っている。ほとんど使ったことがなくて、洗練されていないのが丸わかりだ。
「荷物を減らすことが生存率を高める」
真鍮の蝙蝠は、ベクターに自分たちの荷物を見せて説明した。
比べてみると「初心者セット」よりも遥かに荷物が少ない。
「食器や寝具なんて戦闘中は邪魔になるだけだし、荷物が多ければ持ち運ぶだけで疲れてしまうからな。小型の盾を用意するといい。小さくても防具として意外なほど役立つし、裏返せば鍋や皿の代わりに使える」
「初心者セットは、必要になりそうなものを何でも詰め込んだような内容だ。
何度か使ってみれば『これは使わなかったな』という物が出てくる。ただし作業用ナイフと調理用ナイフは別に用意しろ。兼用すると腹を壊すぞ」
「慣れて知恵と工夫で解決できるようになると、使わない道具はますます増える。
野草の知識や魔物を解体する技術も必要だが、まず最初に飲み水と塩を生成する魔法を覚えるべきだ。これは最優先だぞ」
軍隊のように何でもかんでも用意して持っていくのでは、荷物だけで20kgを超えてしまう。持ち上げるだけなら難しくない重さだが、持ったまま走ったり戦ったりすることを考えると邪魔だ。
真鍮の蝙蝠の荷物は10kgほど。背嚢に入れるときも、なるべく薄くなるように工夫して詰め込み、背負ってマントを羽織ると一見なにも持ってないように見える。薄く収納することで体にフィットし、重心がずれないので動きやすく疲れにくい。
マントとロープで簡易シェルターを作る方法とか、よく使うロープの結び方とか、マントが邪魔にならない戦い方とか、具体的な対策を教える真鍮の蝙蝠。
ひとつの道具にたくさんの用途があり、ひとつの行動に複数の理由があり、しかもAがダメならBでと予備のプランまで用意している。惜しげもなく披露されるそれらは、まさにベテランの知恵と工夫そのものだった。
「なるほど、なるほど……勉強になります」
一通りやり方を聞きながら、ベクターはほとんど結界で代用できることに気づく。魔力が足りなくて結界を維持し続けるのは無理だったが、クーと共闘することで攻撃に魔力を使わなくてよくなり、消費が半減した。
しかし、それでも結界だけに頼るのは危険だ、とベクターは思う。前世、仕事が属人化したことによるデメリットは、まさにそれだった。その人がいないと、その仕事ができない。
結界だけに頼ると魔力が尽きた時などはどうするのか、予備のプランが必要だ。何かするたびに新しい結界を出さなくてならないのでは、ひとつの道具をマルチに使う真鍮の蝙蝠のやり方に比べて無駄が多いように思えた。
「それにしても……」
ポツリとベクターが。
しかし言い淀む。
「なんだ?」
「名前を否定するわけじゃありませんよ?」
「うん……?」
「『真鍮の蝙蝠』というより『黄金の林檎』かなと」
知恵の実はリンゴという説があったなと思い出しながら、ベクターは言う。値千金という言葉があるが、真鍮の蝙蝠から教わったサバイバル術はまさに値千金である。
だが、ベクターが高く評価したゆえに、またしても結果はままならない方向へ曲がってしまった。
「黄金?」
「黄金だと?」
「俺達が黄金?」
「うえっへへへえへ……!」
黄金に憧れた真鍮たちは、自分たちが黄金だと思った相手から黄金と評されて喜び、更にいろいろと教えてくれたが、いっぺんに詰め込まれてもベクターは覚えきれなかったのである。
翌朝、徹夜させられたベクターは、眠い目をこすりながら帰路につくのだった。
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