第7話 真鍮
ロングホーン山のドラゴンを討伐したらしき女性冒険者。どうやら満月の美女の正体が見えてきたようだ。
しかし彼女は行方不明。探す方法を考えたベクターは、クーを見た。
「匂いとか魔力の残滓とかで追跡できるか?」
「クー……?」
クーは迷ったように鳴いた。
「やってみないと分からないか。8年も前だし匂いも残滓も残ってるかどうか怪しいもんな」
「待ってください。ロングホーン山へ行くつもりですか?」
受付嬢が止める。
「そりゃ村はとっくに他の匂いで上書きされてるし、荒らされてなさそうなのはロングホーン山だけですから」
「確かに荒らされてはいないでしょう。地形が険しすぎてドラゴンの巣に残った財宝を手に入れたという話は聞きませんから……でも危険すぎます。他の魔物に襲われる可能性もありますし、標高が高すぎて気温とか全然違うらしいですよ」
ベクターは、前世で見たヒマラヤ登山隊のドキュメンタリー番組を思い出した。
ロングホーン山の標高は分からないが、手前に他の山があっても姿が見える。高さが大人と子供ほども違うのだ。山頂付近の万年雪は遠くからでも見える。おそらく気温が低く、空気も薄いだろう。
結界で空気を圧縮して適度な気温と気圧を作ることは可能だが、その結界をずっと維持するのは、魔力の量から考えて無理だろう。8年前より魔力量が増えたとはいえ、魔法を使うほど魔力は減るものだから限度がある。つまり魔法に頼らない対策を学ばねばならない。
「地道にやるしかないか。そうしたら、なるべく学びの多い仕事がいいな。介護の仕事は終わりにして、今日からは別の仕事を受けてみよう」
「それなら俺達と一緒に来ないか?」
掲示板を見に行こうとしたベクターに、別の冒険者が声をかけてきた。
見ると4人組の男たちだ。装備から察するに、戦士、斥候、魔術師、神官の4人組らしい。
「あなた達は?」
「冒険者パーティー『真鍮の蝙蝠』だ。
街道周辺の魔物を掃討する常設依頼があるから、一緒にやらないか? 先輩として教えられる事もあるだろう」
「なぜ誘ってくれたんです?」
「そのちびドラゴンだよ。空を飛んで偵察できるのは強い。
それと、偵察結果を通訳してもらうのに、あんたも必要だ」
◇
街道周辺の魔物を掃討する常設依頼。これは領主が依頼主で、経費節減のために発注されている。冒険者に発注すれば、武具・アイテム・食料・治療などにかかる諸費用はすべて冒険者の自腹なので、騎士団を動かすより遥かに安上がりなのだ。
そもそも経費節減のために常備軍である騎士団は規模が小さく、街の中の治安維持だけで手一杯になっており、街道警備に回せる人員がいない。
「クー!」
高く飛んでいたクーが降りてきて、あっちだと示す。
ベクターが探知の結界を放ち、正確な距離や数を把握した。
「3時の方向、距離300メートル。オーガ3、オーク15、ゴブリン45」
肉眼では見えない位置を、遠方から正確に把握する。
その技量に冒険者たちが舌を巻く。
「かなりの数だが、気づかれる前に発見できたのは大きい。
やる事はいつも通りだが、先に罠をたくさん用意しておこう」
真鍮の蝙蝠は草原の草を結んで輪を作り始めた。足を引っ掛ける簡単な罠だ。数打ちゃ当たる戦法で、命中精度は低いが群が相手なら確実に効果を発揮する。引っかかった敵は後続に次々と踏まれて息絶えるだろう。
「よし始めるぞ!」
まず斥候が矢を放った。飛んでいった矢は、オークの1体に命中する。だがオークは人間より一回り大きく、よほど良い所に当たらないと矢では命を奪えない。
とはいえ刺されば痛みを感じるので――
「グオオオオオ!」
オークは怒って振り向き、猛然と襲ってきた。
吠えた声に周囲の仲間を率いる効果があったのか、それとも単に1体が動けば全員従うイワシみたいな習性なのか、群全体が一斉に動き出す。
そして戦闘が始まった。
「プロテクション」
「よっしゃ、来いオラァ!」
神官が戦士に防御力強化の魔法をかけ、戦士が敵を引きつける。
それは見事な連携だった。2人1組になって、一方が敵を食い止める間に、もう一方が後退して罠を作り足す。
「いいぞ、これを食らえ!」
「ファイヤーボール」
後退した斥候と魔術師が矢と魔法で攻撃する。
後退するときは、まっすぐ後ろではなく斜め後ろ。そうすることで射線を確保し、前方の味方が邪魔で攻撃できないという事態を避けるとともに、追ってくる敵が自然と横へ広がり、範囲攻撃がより多くの敵に当たりやすくなる。
あとはその繰り返しだ。
「わはは! 順調順調!」
まさに順調で、何度か繰り返すとゴブリンはほとんど殲滅でき、オークもかなり傷ついていた。
だがオーガはほとんどダメージを受けていない。わずか3匹とはいえ、繰り返し浴びせた攻撃にダメージを受けた様子がなく、ただ煩わしい様子で矢や炎を振り払って前進してくる。
自分より前にいるゴブリンやオークに対して、仲間という意識があるのか、単に足が遅いのか、一気に追い越してくる様子はないのが救いだ。
「マズイな。このままでは……」
戦士がつぶやく。
ジリ貧はもう目に見えている。
「どうする? 俺達の最大火力が通用してないぜ?」
斥候が言う。
あえて軽口を叩くような言い方だが、その声には緊張と焦りが浮かんでいた。
誰も口を開かない。妙案が浮かばなかった。
撤退の2文字が脳裏をよぎる。後退ではなく撤退。闘争ではなく逃走だ。餌か囮を置いていくのが効果的だが、彼らはそこでベクターやクーに視線を向けるほど下劣ではなかった。
真鍮の蝙蝠。その名は、黄金の輝きはなくとも真鍮の実用性はあることを示し、そのために各自の専門分野をお互いに学んである程度代わりが務まるようにするという誓いだった。そしてそれは遅滞戦術が得意という形に結実している。たとえパーティーメンバーでなくても、一緒に戦う仲間を見捨てて逃げるのは名を汚す行為だ。それをやってしまったら、自分たちはもう真鍮の蝙蝠を名乗れない。彼らはその覚悟を持っていた。
「じゃあ俺がやろう」
ベクターが前に出た。
「あんたに何ができる?」
不信感を隠さず戦士が尋ねた。
そもそもベクターを戦力に数えていない。あくまでクーの通訳として誘っただけだ。
しかし直後――
ズドドドドド!
肉を突き刺す無数の音とともに、魔物たちが一斉に動きを止めた。
その場は一瞬で静まり返り、林立する魔物たちが微動だにしない。
「殲滅」
御覧の通りと手で示しながら答えたベクターの向こうで、魔物は1匹残らず細長い結界に串刺しにされていた。
それは戦場というより、凄惨な処刑場だった。
「な……!」
「バカな……!」
絶句する冒険者たち。
魔物が可哀想に見えるほどの圧倒的な光景は、彼らの本心を刺激した。本当は黄金になりたかった。だが真鍮を磨いても黄金にはならない。黄金は最初から黄金なのだ。その輝きは、あまりにも眩しかった。
そんなふうに絶望し羨望する彼らは、ベクターが8年前はまさに真鍮だったことを知らない。
そしてそのベクターは――
「よし……! さあ素材を剥ぎ取りましょう」
いい感じだ。
ベクターは、真空エアハンマーで魔物の群を殲滅したときのことを思い出して、満足していた。今回の方法なら地形を壊さず、建物や農作物に被害も出ないし、死体が綺麗なまま残るので、素材を取るのに都合がいい。冒険者としては大事なことだ。
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