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第6話 情報

 満月の美女は何者なのか?

 ベクターの予想では、冒険者だ。依頼の都合か何かでたまたま通りかかって、野営するために物置小屋でも使ったのだろう。だから「ありがとう」と言われたのではないか。

 今の日本では考えにくい事だが、この世界では田舎村だと近所付き合いが親友同士や親戚同士みたいに濃い。それが当たり前の環境で育ってしまえば、よそへ行っても「そういうものだ」という感覚で他人の家に上がり込むことはあるだろう。母屋ではなく物置小屋を借りて泊まるあたりに、ちょっと遠慮した様子が見られる。

 この推測をもとに、ベクターは最も効率的に調査できる方法を考えた。


「8年前に故郷の村を訪れた可能性がある女性冒険者を探しています。

 ついてはその頃の記録を確認してもらえませんか?」


 尋ねるベクターに、受付嬢は嫌そうな顔をする。


「8年も前の記録は保存期間を過ぎて残っていない物が多いです。

 探すにしても非常に時間がかかり、通常業務に支障が出てしまうため、お引き受けできません」


 パソコンでデータを探すのとはわけが違う。


「ではその内容で依頼を出すことはできますか?」


 報酬を払い、仕事としてやってくれと言うのなら、扱いが変わるのでは?

 ベクターが重ねて尋ねると、受付嬢は困った顔で首を振った。


「出すだけなら出せますが、誰にも達成できません。

 なぜなら、依頼を引き受けるのは冒険者であり、冒険者にギルドの記録は見せないルールになっているからです。

 そして、私たちギルド従業員は記録を見ることができますが、依頼を受ける立場にありません」


 どうやら守秘義務的なものがあるらしい。

 意外とセキュリティーがしっかりしているようだ。


「冒険者に見せてはいけない情報というのは、ギルドが冒険者を評価することの公平性を保つためとか、依頼人の秘密を守るためといった理由ではありませんか?

 誰が何の依頼をいつ受けたということは分からなくていいのです。8年前に故郷の村へ来た可能性がある人は誰かという情報は、見せてはいけないというルールに触れないのではありませんか? たとえば冒険者同士で連絡を取りたいとか、合流したいので現在地を知りたいとかいう相談は、普通にあるのでは?」


「それはそうですが、仕事に差し障りがあるので引き受けませんよ?」


「はい。ですから、あなたの休日を1日、あるいは必要に応じて何日か、買い取りたいのですが」


「はい?」


「ギルドとは関係ない個人的なお願いです。ギルドが副業禁止なら金銭以外の形で報酬をご用意します。引き受けてもらえませんか?」


「……な……なるほど……ルールには違反していませんね」


 さっき倒した冒険者から没収したお金をそっとカウンターの上に置くベクター。


「とりあえず1日やってもらえませんか?」


 受付嬢は黙ってお金を自分のほうへ引き寄せた。



 ◇



 今すぐ結果が出ることでもないので、ベクターは次に適当な依頼を受けた。

 種類は❔️、報酬は5000$、危険度☠、期限は0――読み書き計算ができない(数字だけは読める)人が多いので、掲示板の依頼書にはそんな書き方がしてある。詳しい内容は受付嬢から口頭で聞くわけだ。

 ちなみにマークの意味は、❔️が「その他(討伐や採取などの冒険者らしい内容ではないもの)」、$はシルバー(銀本位制なので)、☠は数が多いほど危険で冒険者ランクに対応しており最大7個、期限0は無期限でいつでも良いという意味である。


「教会からの依頼で、一人暮らしのご老人の生活補助を手伝ってほしいそうです。

 具体的には食事を作って掃除・洗濯をして、食材の残量を教会に報告したら終わりです。金銭管理は教会がやるので、買い出しはしなくていいそうです」


 受付嬢の説明を聞いたベクターは、深く納得した。

 危険のない仕事だが、非常に我慢強く取り組まなくてはならない上に、臭い・汚い・体力的にキツイという、冒険者にとって「必要ならためらってはならない要素」が詰め込まれている。

 もしこれが独居老人ではなく強い魔物だとか逃げ足が速い魔物だとかであれば、見つからないように泥にまみれてでも隠れ続け、場合によっては尿意便意を覚えても動くことなくそのまま漏らす必要さえある。

 ただし――


「分かりました。何軒回ればいいですか?」


「は? いえ、1日かかるので1軒だけですよ?」


「……ああ」


 ――ベクターにとっては得意なことばかりだ。

 最初の頃は1日かかっていたな、と思い出して、ベクターはポンと手を打った。

 教会で場所を聞き、さっそく現場へ出向いたベクターは、まず「何も防がない結界」を膨張させた。どういう物体や魔法が結界に触れたという事だけが分かるのみで、何も防がない。これを探知として使う。他人の家なので物の保管場所が分からないからだ。


「洗濯物から始めるか」


 結界を使って井戸から水をくみ、そこへ洗濯物を入れて、洗濯機のようにグルグル回す。結界はあえて箱型。円筒形を避けることで、ドラム内部にある突起の機能を自然に再現する。コインランドリーのように横ドラム式にすることで、ドラム内で洗濯物が落ちて叩くような洗い方ができる。デリケートな衣類には適さないが、この世界で庶民が切る服なんてものは、丈夫で長く使えることが最優先されているので問題ない。

 洗い終わったら衣類だけを防ぐ結界に入れて、高速回転させる。脱水とともに汚れを排出するためだ。仕上げに空気を防ぐ結界を膨張させ、気圧を下げることで沸点を下げ、水分を蒸発させて乾燥させる。


「さて、掃除は……と」


 汚れだけを防ぐ結界を使い、間取りや家具の配置に合わせて展開。縮小または移動させて汚れを剥がし、集める。最後に圧縮してやれば中身は高温になりプラズマ化して、汚れの種類によらず全部消えてなくなる。


「あとは料理だな」


 空気を圧縮して高温を作り、薪を使わずに加熱調理する。それは江戸時代にIHクッキングヒーターを持ち込むようなチート行為だ。しかも食材そのものを圧縮加熱すれば、圧力鍋と同じことができる。煮込んだ肉がホロホロになって、とても柔らかくジューシーに仕上がるので、ベクターも好んで使う調理法だ。


「すみませーん。終わりました」


「嘘ぉ!?」


 薪に火を付けたり井戸から水を汲んで洗濯板でゴシゴシやったり、家電製品がない世界で普通は1日かかる仕事量を、ベクターは1時間ほどで終えた。8年間の努力の成果である。

 教会に報告したら、早すぎて疑われたのはご愛嬌だ。ベクターにとっては住人本人のトイレに行きたいとかの手伝いをしなくていいので、とても楽だった。



 ◇



 そんなふうにして日々を過ごしたベクターは、慈善事業をする教会や、「その他」の依頼を受ける人が少ない冒険者ギルドから、とても覚えがめでたくなった。

 すると受付嬢としても、頼まれて引き受けた以上は、きっちり調べてあげようという気持ちが湧いてくる。また状況を知った上司からの圧力もかかり、手を抜けなくなった。

 そして数日後、受付嬢から報告があった。


「結論から言うと、8年前にあなたの村の近くを訪れた、あるいは通過した女性冒険者の記録は、ただの1件もありませんでした」


「1件もない?

 ……となると依頼を受けずに動いていた……? いや、あんな田舎に何をしに? ……冒険者ではない可能性が高くなったと考えるべきか?」


 ブツブツ言いながら考え込むベクター。


「そうですね。ギルドの記録にない以上、そう考えるのが自然でしょう。

 ……ただ、これを見てください」


 受付嬢が差し出したのは、8年前の新聞記事。瓦版と呼んだほうが正しい1枚きりの代物だが、そこには8年前のまさにあの日、明け方の空にいくつも閃光が走ったという記事があった。方角から考えてロングホーン山のドラゴンが暴れたのではないか。最高位の女性冒険者がドラゴンの討伐に出発してから数日後のことであり、いよいよ決戦がおこなわれたのではないかと書いてある。


「これは?」


「ベクターさんが言っていた女性の特徴が、このドラゴンに挑んだ冒険者と一致します。

 向かった先が山ひとつ離れているので別人かもしれませんが、この記事はベクターさんがその女性と出会った夜の、その日の朝のことです。決戦を終えた冒険者が、方向を見失ってベクターさんの村へ……という可能性はあるでしょう。

 ただ、この冒険者の彼女はその後、帰ってきていないんです」


「なるほど、討伐した後、うちの村へ……でも、その後どこへ……?」


「激戦で重傷を負って、何らかのアイテムや魔法で回復したものの、記憶を失って彷徨ううちに……という事かもしれません。その後どこへ向かったかまでは分かりませんし、もしかしたら相討ちになったのかもしれませんが」


 どうやら「物置小屋に泊まった冒険者」の正体が朧げに見えてきたようだ。

読んでくれてありがとうございます。

楽しんでいただけたら幸いです。

★とかブクマとか感想とか頂けると嬉しくて夜しか眠れなくなります。

(;`・д・´)押すなよ!? 絶対に押すなよ!?

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