第5話 歪曲
「よし、クー。行くぞ」
左肩にちびドラゴンを乗せて、ベクターは村を出た。
「行ったか……」
村人たちは安堵する。
ゴブリンの群を殲滅したベクターは、間違いなく村の英雄だ。戦死した父親も、魔法を駆使して戦った祖父も。そして狂死した母親もまた、何一つ悪い所などなかった。
いや、ひとつだけ……この一家は「己の責任だ」と抱え込む悪癖があった。責任感が強すぎるのだ。それはペットのちびドラゴンにさえも共通していた。
8年前、クーは自宅に置き去りにされたあと、実は戦っていた。ドラゴンの血の匂いに誘われて現れたのはゴブリンだけではなかったのだ。村人たちがゴブリンの群と必死に戦っているその裏で、クーは単身オーガの群と戦っていた。
ベクターが8年間まともに人付き合いもできないまま、それでも何とか生きてこられたのは、ベクター自身の活躍だけでなく、オーガの襲撃から守ってもらったことを知った村人たちが、クーに対してその飼い主であるベクターにそれとなく恩返しをしてきたからだ。
彼らは見守っていた。家族の支えを失ったベクターが潰れないように。家族という支えを失ったベクターが潰れないように。
◇
ベクターは街へ向かって歩きながら、満月の美女のことを考えていた。
あの夜なぜ彼女はあの場所にいたのか? なぜ「ありがとう」と言ったのか? 彼女について分かっていることは「村の住人ではない」ということだけ。
もう少し会話できていたら、と願わずには居られない。
だが、もしもう少し会話できていたなら、襲撃に気づくのが遅れて、村人にもっと被害が出ていたかもしれない。
「まったく、ままならない人生だな……」
望んだことが実現しない。願ったこととは違う方向へ実を結んでしまう。
思い起こせば前世からそうだった。中学時代は理科に興味があったのに、高校受験ではたまたま文系の点数が高く、自動的に文系コースに振り分けられて合格してしまった。普通科への編入はできるが理系コースへの編入はできないルール。どうしてこうなった。
「……あの時も……」
浪人して受け直すよりは、文系でも普通科より高度な教育を受けられるチャンスを利用しよう、と現実を見て妥協し、理科は趣味として学ぶことに。そのうち文系の中でも理系的な性質をもつ法律学に興味を持ち、大学は法学部へ進学。
学部自体は願った通りだったが、N大学の校舎がかっこいいから通いたいと思ったのに、教師から「そんな理由で選ぶな」と言われて願書も出せず、特に理由もなく選んだS大学へ進むことになった。だめな理由はあるのに、理由なしは良いのかよ。理不尽だ。納得できん。
「……あの時も……」
卒業後は法律とは関係ない仕事に就き、パソコンのエラーに強い理系的な部分と、法学部で培った文章能力の文系部分とで頼られまくり、「君に任せるのが早いから」と大量の仕事を押し付けられた挙句、属人化を防ぐためにやり方を教えようとしても「もう頼んだもんねー」と逃げていく無責任な同僚たち。
客を困らせるわけにもいかないと背負い込んだ責任感の強さが仇になり、残業続きで寝不足からの自動車事故で異世界転生だ。ほらみろ。困れ。学習しろ。
「……あの時も……」
ところが転生後も思い通りに行かなかった。せっかく手に入れたチャンスなのに、家族を喪い、青春を失い、生活を失って今である。ご存知の通りだ。なお「願ったこととは違う方向へ実を結ぶ」の例に漏れず、介護生活で魔法がめっちゃ上達した。
「本当に、ままならない人生だな……」
どうせ思い出すなら楽しいことを思い出せばいいのに、悪い記憶ばかり思い出してしまう。こんな所もままならない。
冒険者ギルド。首を振って、ベクターは手続きを終わらせた。
登録を終えて会員証を受け取り、さっそく何か仕事をやってみようと掲示板へ向かうと――
「おっと。てめえ、どこ見て歩いてんだ」
ぶつかってきた冒険者が絡んできた。
「わお……」
なんてクラシックな。
ベクターは思わず感嘆の声を上げた。
「何が『わお』だ、てめえ? ナメてんのかコラ?」
凄む冒険者を、ベクターは素早く上から下まで確認した。
そこそこの装備品だ。
「……で? 何を賭けます?」
「あ? 何言ってんだ、てめえ?」
「喧嘩でしょう? あなたが売った。俺が買った。でも、ただ勝ち負けを競うだけでは盛り上がらないのでね。何を賭けますか? といっても、こちらは大した持ち物もないので……そうですね、『所持金すべて』なんてどうでしょう?」
周囲の冒険者たちがヒューヒューと囃し立てる。
引くに引けなくなった冒険者が仁王立ちだ。
「いい根性だ。よし、やってやるぜ」
たちまち集まった人の輪が即席のリングになる。複数の胴元が賭けを始めて「どっちが勝つか」「新人がいつまで立っていられるか」など、それぞれの基準で賭け金を集める。ついには実況を始める冒険者や、審判になる冒険者まで出る始末。この治安の悪さよ。
「よーし、ここまでだ!」
胴元たちが入札を締め切る。
「レディ……! ファイッ!」
審判が合図する。
だが、盛り上がる内容にはならなかった。
「食らいやがっ……ぷべら!?」
殴りかかってきた冒険者が、ベクターの結界に弾かれて吹き飛ぶ。
トランポリンのように「はずむ結界」だ。殴った勢いがそのまま跳ね返って、冒険者はひっくり返った。
「てめえ、何しやがった!?」
「オラァ!」
弾む結界を使って大ジャンプしたベクターの飛び蹴りが炸裂。
「ぐはっ!」
「オラオラオラオラ!」
「あぱぱぱぱぱ!」
ベクターの連続パンチ。弾む結界を拳に装着して、ジャブのように脱力して殴る。
ヒットした瞬間、結界の弾力で拳は自動的に戻り、結界の弾力性ゆえに与える痛みは少なく外傷も骨折も作らないが極めて脳震盪を起こしやすい。
「……ちぇっ。たいして持ってねーじゃねーか」
盛り上がる所なく極めて一方的な展開で気絶させられた冒険者と、懐を漁って所持金を抜き取るベクター。
予想外の結末と、どっちが悪役だか分からない光景に、周囲の野次馬たちはすっかり静まり返っていた。
「おい! 起きろコラ!」
気絶している冒険者に蹴りを食らわすベクター。
死体(死んでない)蹴りにドン引きする野次馬たち。
冒険者が、衝撃で意識を取り戻す。
「ぐふぅ!? な、なんだ……!? 俺はいったい……? 寝てたのか?」
「気絶させることに特化した攻撃だ。ダメージはそれほどないはずだが、念のため今日は仕事に出ないほうがいい。
で? どうする? もういっぺんやるか? それとも負けを認めるか?」
「……俺の……負けだ」
決着はついた。
だが野次馬たちが歓声を上げたのは、ベクターの勝利に対してではなく、冒険者が潔く負けを認めたことに対してだった。
本当にままならない人生である。
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