第4話 朧月
村人たちは合同で戦死者たちの葬儀をおこなった。
葬儀の工程は3段階。その第1段階は魂の送り出しだ。教会に5基の棺が並べられ、生き残った負傷者への回復魔法で疲れた神父が、かすれた声で鎮魂歌を歌う。
第2段階は肉体との別れ。遺族・近親者のみで故人を埋葬する。祖父とともに父親の埋葬を終えたベクターは、息子を喪って気落ちする祖父にせがんで魔法の訓練を始めた。
「今度は誰も死なせないようになるんだ……!」
結界があと1発でも余分に使えたなら、1発は村人たちを守るために展開しながら、もう1発で真空エアハンマーを炸裂させることができた。あるいは、もう少し射程距離が長ければ、母親に制止されたまま教会から出ないで「探知」と「保護」あるいは「探知」と「殲滅」という組み合わせで父親を助けることができた。
後悔の念は強い動機になり、ベクターは狂ったように猛特訓を続けた。
◇
戦いの結果に狂った人物は、もう1人――母親は気が触れていた。食事も喉を通らず、昼夜を問わずに何度も絶叫する。
母親として正しいことをしたはずなのに、夫を失った。いや、本当に母親として正しいことをしたのだろうか? ベクターを信じてやるのも親の務めだったのでは? いやしかし、あの場合は別でないか? 「将来は祖父のように冒険者になりたい」だとか、「村を守れる兵士になりたい」だとか、そんな事なら心配でも信じて送り出せたかもしれない。いや、しかし、それは今回のことと何が違う? 父親を助けようとする我が子のたった1度の勇敢な振る舞いを許さず、年単位で何度も危険をかいくぐる冒険者や兵士になるのは許すのか?
分からない。解らない。判らない。ワカラナイ。
「――アアアアアアアアアアアアアア!」
◇
それから数日後に、母親は衰弱死した。
「また間違えた……」
ベクターはつぶやく。
「そうじゃな」
祖父はうなずき、弱々しくベクターの頭を撫でた。
「わしらは心を痛めたお母さんに寄り添うべきじゃった。
次に備えたベク坊は偉いが、少しだけ行動するのが早すぎたようじゃ。
わしも『今はそっとしておいてやろう』などと考えたのは間違いじゃった」
祖父は、息子夫婦に後を任せて隠居生活を始め、必要なら相談に乗ったり、時には手伝ってやることもあるだろう――そんな人生の中で最も穏やかで充実した段階に入ったはずだった。それが、後を任せるはずの息子を喪い、続けざまに嫁まで喪った。
そのショックで祖父はふさぎ込み、一気に老け込んでしまった。まるで腰が抜けたように気力を失い、たちまち歩くこともおぼつかなくなるほどで、ベクターは祖父の介護をしながら畑を耕す日々を送った。手作業ですべてをこなす事はできず、ベクターは魔法を駆使したが、それでも全部を1人でこなすのは非常に多忙だった。
そしてそれは意図せず魔法の訓練になっていた。
◇
それから8年がすぎて、7歳だったベクターは15歳になった。
ベクターは今、祖父の墓に手を合わせている。
葬儀の第3段階は、死体がアンデッドになったりスカベンジャーが掘り起こそうとした場合への備えとして、大きめの墓石を設置することだ。アンデッド化しても石の重みで地上へ出られず、スカベンジャーに掘り起こされそうになっても崩落するので自動的に妨害できる。
本来これは石を調達するルートをもった専門業者が担うことだが、この村にそんな専門業者はいない。8年前の合同葬儀と同じように、いつも水を汲む川から拾ってくることになったが、8年前よりはるかに上達したベクターの魔法は、本人が1歩も動かないまま大きな岩を肉眼では見えない距離から運んでみせた。
「ベクターくんは、その若さでとてもよくお爺さんの世話をしてくれました。彼もきっと安らかに過ごせたことでしょう。
そうしたら、今度はベクターくん自身が幸せにならなくてはいけません。それが先立った人たちの唯一の望みであり、遺された人の最後の孝行なのです。
ですが、ベクターくんの状況はとても厳しいですね? 私に手伝えることがあるでしょうか? これから、どうしたいですか?」
神父が尋ねる。
ヤングケアラー状態で多忙を極めたベクターは、同世代の子供と交流するどころか近所付き合いもまともにできず、従って友人も恋人もいないまま、最後の家族まで喪ってしまった。
生活状況はガタガタで、十分に掃除もできないまま過ごした家の中は、まるでゴミ屋敷のようになっている。祖父の介護が終わって少しは余裕ができるといっても、とてもこのまま生活を続けられる状態ではない。
「僕が……したいこと……?」
神父とは、まさに迷える子羊を導く人物だった。忙殺の暗闇に押し込められホコリを被った宝物が、神父の言葉で再び輝き出す。
今、ベクターの心に残っているのは、8年前の満月の夜に1度だけ見た謎の美女だ。名前も何も分からず、あれから毎晩のように夜中に外を確認するが、あれきり姿を見ていない。
「僕がしたいことは……」
今夜もまたいつものように外へ出ると、雲に隠れて薄ぼんやりとした月が、次第に晴れて冴え渡った。
「……ああ……もう俺は、どこへでも行けるのか」
心がすり減るほど忙しくて、救いがなく、中身が大人の転生者だという事さえも忘れかけていた。いつの間にか一人称が「僕」になるほど、己を下に見ていた。僕の語源は「下僕」の僕だ。
前世での一人称は「俺」だった。今それを取り戻した。冷静に考えると、あの美女は村の住人ではないから、たまたま来ていた冒険者ではなかろうか。ならば冒険者になるのが、彼女を探す近道だろう。
彼女を探すため、翌朝ベクターは村を出て街へ向かうことにした。
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