第10話 加工
ロック鳥の素材を大量ゲットしたあと、いったん冒険者ギルドへ戻ってロック鳥の素材を売れるか確認した。
「これは……?」
「やはり、これでは何の肉だか分かりませんか?」
バラバラにしたから何の肉か分からないのではないかとベクターは心配したが、冒険者ギルドには解体を引き受ける専門部署があって、そこのベテラン職員たちはバラバラでも何の肉か判別できた。
「ロック鳥だ! それがこの量……! 1羽や2羽じゃないな。解体は荒っぽいが、このサイズならむしろ売るには好都合だ。凍らせてあるのも助かる。しかも血抜きが完璧じゃないか。俺達でも真似できんレベルだぞ」
肉を食用にするには、仕留めてから2時間以内に内臓を抜き取って、10度以下に冷やさなくてはならない。生食用なら4度以下。さもないと食中毒のリスクが高まり、安全に食べられるとは言えなくなるからだ。
ここで難しいのは、大きい肉だと中心まで冷やすのに時間がかかることだ。しかもジャンボジェット機みたいなサイズのロック鳥をまるごと凍らせる巨大施設なんて存在しない。内臓を抜き取るだけで2時間なんて余裕でオーバーしてしまうだろう。
だがバラバラにして凍らせてあるということは、解凍しない限り年単位で食用に適する。もっとも解凍方法を間違えると味が劣化するが、冷蔵庫がないこの世界でも流水解凍なら可能だ。
「本当にロック鳥を討伐したと?」
「しかも群を、て事になるな。ちょうど今、ロック鳥は繁殖期だ。あの巨体をよくもこれだけ……大した実力だ」
職員同士で話し合い、次にベクターに聞き取り調査が始まった。
「どうやって倒した?」
「クーが撃墜して俺が引き裂いた」
素材の一部を使って実演。投げた肉塊をクーが正確に火の玉ブレスで撃ち抜き、ベクターが結界で引き裂いてみせる。ついでに凍らせてみせると、解体部署のベテランたちは孫でも見るようにニッコリだ。
血抜きの方法は、実演するにも血液がないので、理屈だけ教えてやった。しかし実現できる道具がないので、解体部署のベテランたちはがっくりと肩を落とした。
「マジか……」
それでようやく納得した冒険者ギルドは、ベクターの冒険者ランクを昇格させた。
FランクからBランクへの大躍進だ。前例がないのでCランクでも妥当だが、ロック鳥を複数まとめて仕留める実力が本物ならAランクでも上位……と間を取った形である。
残る問題は、ジャンボジェット機サイズのロック鳥が多数という大量の素材。それをどこに保管するかという事だけだった。ベクターには関係ない話である。ギルドは自然解凍されてしまう前にと大慌てで奔走することになった。
◇
売却を終えたベクターは、羽毛の一部を引き取り、服の工房に持ち込んで、防寒具を仕立ててもらうことにした。
「こういうのを作ってほしいんですが」
とダウンジャケットの構造を説明する。
工房の職人は、興味深そうにそれを聞いた。
「これはまた斬新なアイデアですな。私どもとしても勉強になりそうです。
では、まずは採寸から始めましょう」
この世界は家内制手工業なので、工場生産の新品の既製品が服屋に並んで売られているという光景は存在しない。
庶民は古着屋で中古の服を買う――というのは都市部の話で、ベクターの故郷みたいな田舎村では麻や羊毛から布を自作して服を作る。もちろん素人のやる事なので、出来栄えはお察しだ。和裁と違って洋裁は立体裁断。特殊技能が必要で、各家庭でご婦人たちが「並大抵のものを自作する」というのは無理である。
そういうわけでベクターも拙いながら服を自作する技能があるのだが、直線裁断で作った不格好な服は体にフィットしない。ベルトやエプロンで縛って固定するのが一般的だが、その方式では防寒性能が低下する。ロングホーン山の山頂付近へ突撃しようというのだから、これではマズイ。和服で雪山に登るようなものだ。そこでロック鳥を売ったお金を使い、専門技術をもつ工房で仕立ててもらおうと決めたわけである。
「正直ありがたい話ですな。斬新な服ですから、もしかすると王侯貴族の目にとまる事があるかもしれません。そうなれば職人として華々しい未来が……ふふふ……」
この国では、総人口の数%しかいない上流階級(貴族や大富豪)が、年間20~100着以上も新品を仕立てる。彼ら上流階級は「同じ服を2度着ない」というのが美学(お金持ちアピール)なのだが、最大でも100着以上という事から分かる通り、王族や最上位の貴族でも平均3日は同じ服を着ていて本当に毎回新品を仕立てる余裕はない。そのためリメイクして新品に見せかける。従って都市部には「新品を仕立てる工房」よりも「リメイク専門の工房」のほうが圧倒的に多い。
そうして上流階級が売った服は、中流階級に流通し、それもまた売られて下流階級に流通する。服屋といったら古着屋のことで、新品を作るのは仕立て屋である。それが都市部における衣服の流通経路だ。
一方、田舎ではそうした流通から外れてしまっているため、一生に数着の服しか使わず、長袖を半袖に直したり、大人服を子供服に直したり、破れたところにツギハギしたりして徹底的に使い倒す。
「大変な手間がかかると思いますが、よろしくお願いします」
「ええ、ええ。お任せください」
単純に総人口30人の国として単純化すると、上流階級は1人で年間100着の服を仕立て、その服は一生使えるほど耐久力が高いのに3日で古着屋に売られ、中流階級の5人が年間20着ずつ買って、1か月ほどで古着屋に売り、それを下流階級の10人が年間10着ずつ買って、ボロボロで服として使えなくなると雑巾やろうそくの芯にしたり、紙の材料になる。残る14人は古着が流れてこない田舎の村人で、服を自作する。
ベクターにとって、服を「買う」というのは、この世界では初めての事だ。
◇
職人はすぐに、引き受けたことを後悔した。勉強になる、と注文を受けたのはいいが、これは地獄の作業だったのだ。
シンプルな服なら10時間もあれば仕上がるのに、今回は聞いたこともない構造で服を作ることになる。しかも今回の注文はロングホーン山に挑むための装備であり、服のせいで死んだなどと噂が立てば工房の将来に関わる。だが、逆も然りだ。もし服のおかげで助かったと噂になれば。
「なんとしても成功させなくては……!」
職人は気力に満ちて作業に取りかかった。
まず立体裁断で体にフィットする構造が要求されるが、これはいつもの事なので問題ないかと思ったら、ダウンを入れると膨らむので少し大きめに仕立てなくてはならなかった。布の膨らみを計算して裁断するなど初めての経験だが、窮屈で動きにくくなってはいけない。これだけで5時間かかったが、これはまだ序の口だ。
「うっ……これは思ったより時間がかかるぞ……」
次に羽毛が偏らないように全体を格子状に縫えという注文だ。なるほど合理的だが、大きな布袋に羽毛を詰めてから格子状に縫うというのでは最初から羽毛が偏ってしまう。
なので格子状になるように数十の部屋をチクチクと細かく縫っては羽毛を詰め、また縫う。
「ええい、面倒……ぐわーっ!? や、やらかしたぁ!?」
羽毛を詰めるときには力を入れてはならず、押し込もうとすると羽毛自体のバネのような反発力で飛び散り、工房中が毛だらけになる悲惨な作業だった。
これには50時間かかった。
「ううっ……も、もう嫌だ……こんなの、頼まれたって二度と作るもんか……」
次にパンパンに膨らんだパーツ同士を、立体的に美しく縫い合わせる。至難の業だが仕立て屋としては腕の見せ所だ。15時間かかった。
「ふー……ふー……!
も、もうすぐだ……もうすぐ終わる……あれ? 『もうすぐ』???」
最後に仕上げ。ファスナーが存在しないため、前合わせはすべてボタンだ。冷気が入らないよう、通常に倍する10個のボタンホールを細かく手縫いし、風よけのフラップ(前立て)を重ねて縫い付ける。もちろん羽毛入りだ。これだけで普通に服を作るのと同じ10時間を要した。
勉強になったが、今度からは毛皮で注文してくれないかなと切に願う仕立て屋であった。
◇
「ぶほっ!?」
請求書を見てベクターは思わず噴き出した。そこに書かれた額面は、家が建つほどの金額だった。現代日本の服屋を思い浮かべ、技術力の格差が値段に直結することを思い知ったベクターは、ロック鳥の素材を売って得たお金をほとんど失ったのだった。
しかも当然その防寒性能は現代日本のダウンジャケットより大きく劣る。この世界の技術力で作るなら、実は羽毛より毛皮のほうが暖かい。ベクターがそれに気づくことはなかった。
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