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第11話 真実

 エベレスト山頂(標高8848m)にヘリコプターで行くことは可能か? 不可能ではない。成功させた例もある。だが失敗する可能性が高い極めて危険なチャレンジだと言わざるを得ない。

 なぜなら、山頂付近の空気は海抜ゼロ地点の約3分の1しかない。ローターを回しても空気を掴みにくく、エンジンに供給される酸素も減るためパワーが出ない。しかも風が強く、ヘリコプターによる救助活動ができるのは、一般的にベースキャンプ(標高5364m)周辺から標高6000m付近まで。それ以上の高地では風が非常に強く、救助活動は不可能である。

 一般的なエベレストの観光や遊覧飛行では、カラパタール(標高5545m)やベースキャンプ周辺までの飛行だ。それ以上は、操縦士にとっても命がけになる。お金をもらって挑戦するようなものではない。使命感に駆られた救助隊ですらが6000mまでなのだ。山頂への着陸を成功させたディディエ・デルサーユ氏は、それ専用にカスタムした機体で、一時的に空気密度が高くなる時間帯を狙って挑戦した。再現しようと思ったら、文字通り命がいくつあっても足りない自殺行為だ。

 しかしベクターは、標高でほぼ匹敵するロングホーン山へ挑む。ローターもエンジンもない結界を使って、ロングホーン山の山頂付近へ一気に移動。ヘリコプターのように使っても、ヘリコプターのような制限は一切ないのだ。


「クー!」


「どうした、クー? あっちへ行けばいいのか?」


 クーが指す方向へ向かうと、雪まみれの岩場に人工物が転がっていた。

 拾ってみると、何だか分からない何かの破片らしき物体だった。これがドラゴンの持ち物なら、湾曲具合から察するに指輪だろうか? しかしドラゴンが指輪をするなんて聞いたこともない。人間の鎧の一部だと考えたほうがいいだろう。つまりは、8年前にドラゴンに挑んだという彼女の――。


「クー!」


 パタパタとクーが飛んで、雪の中から何かを引っ張り出してきた。

 それは剣だった。

 しかも人間用のサイズ感だ。


「ドラゴンに挑んだという冒険者のものか? よく見つけたな、クー」


 クーを撫でるベクター。

 しかし和やかな時間はそこまでだった。


「ようやく療養を終えて8年ぶりに空を散歩してみれば……帰ってきたとたんに、何だこれは? 貴様ら、我が巣で何をしておる」


 大型船の警笛みたいな重低音で聞こえた声に振り向くと、空にドラゴンが飛んでいた。

 巨大で、傷跡だらけで、いかにも歴戦の猛者といった風情だ。

 シロナガスクジラのように大きいが、ロック鳥はジャンボジェット機みたいに大きかったので、むしろサイズ的には負けている。半分以下だ。


「やあ、これはどうも。ここが巣でしたか。それは失礼しました。

 俺達は、ちょっと人探しをしてまして。8年前にここへ人間の女が来ませんでしたか?」


「それを……探しておるのか……?」


 ドラゴンは意外そうに尋ねた。


「そうですが」


 ベクターが答えると、ドラゴンは大笑いした。


「グハハハハハハ! なんと滑稽な!

 お前が探している女なら、ほれ、お前の左肩に乗っておるではないか!」


「え?」


「そやつは人間の分際で生意気にも我が身に傷をつけたゆえ、その功績を称えてドラゴンに変えてやったのよ! ドラゴンが人間ごときに傷つけられるなど、あってはならぬこと。だが相手がドラゴンであるなら、子供といえども恥にはらなぬ。むしろドラゴンとして将来有望と褒めてやるところだ」


「は?」


 ならば満月の美女の正体は。

 そして出会ったときのクーが傷だらけだった理由は。


「もうあと5000年もすれば、卵を生むに適した体へと育つであろう。その暁には我が種を与え、ハーレムの一員に迎えてやろう。お前の肉体は我が魔力で変じたものゆえ、どこに居ようと探知するのは簡単だ」


 ベクターは静かにブチギレた。

 家族を喪い、8年のヤングケアラー生活を強いられた原因も、結局はこのドラゴンにある。だがそれは言うまい。ベクターはその事について「自分が弱かったから」と飲み込んで鍛えたのだし、遡るというのならドラゴンに挑んだクー自身の蛮勇が原因でもある。

 だが8年ともに過ごしたクーを傷だらけにして、戦士として潔く葬ってやることもなくクーの人生を歪めた敵は。


「お前か……」


 間違いなく目の前のドラゴンだ。

 ベクターの魔力が膨れ上がる。


「ほほう? やる気か? それっぽっちの魔力で我に勝てるとでも?」


 ドラゴンがせせら笑う。

 だが勝てるも勝てないもない。思う必要すらない。筋を通すとは、通るか通らないかを心配するものではないからだ。通すと決めたなら通すだけだ。受け取るかどうかは相手次第だが、目にもの見せてやるとは通用するかどうかではないのだから。

 ゆえに、このトカゲ野郎にひとつ教えてやらねばならない。その身勝手な理屈とおこないは、人間にとっては非常に失礼な話だと。


「さしあたり、1発ぶん殴る」


 結界を作って高速移動させる。やっている事はヘリコプター的な使い方と同じだが、今回は中にベクターが居ない。つまり人体に負担がかかる無茶な加速をやり放題だ。セーブしていた速度を全開にする。

 魔法にはイメージが必要だ。魔法を制御するのは人の意思なのだから。だが、ここでいう「イメージ」とは単なる空想ではない。知っているものを思い出すかのように正確なイメージでなくてはならない。

 多くの人は、見たこともないものを正確にイメージできない。それはベクターも同じだが、前世の記憶をもつベクターには、この世界に存在しないものの知識がある。


「ぐはっ!?」


 対物ライフルの銃弾に匹敵する秒速1000mの結界が、ドラゴンを強打した。

  速度だけではない。この結界はトラス構造を内蔵したハニカム構造でできており、極めて少ない魔力で作れるくせに、変形を一切許さない異常な剛性を誇る。現代地球の技術力で物理的に作ると、弾丸ひとつで数万円はする高級品だ。

 ドラゴンの鱗は鋼鉄より頑丈で、人間レベルの攻撃力では剣でも魔法でも傷ひとつ付かない。ベクターの銃撃結界でも、その鱗を貫通することはできなかった。

 だが、この弾丸の真骨頂は、相手を貫通しなくても内部を破壊できる点にある。硬質な結界が潰れずに運動エネルギーを100%伝えると、鱗の表面から内部へ向かって超音速の強烈な衝撃波が駆け抜けた。この衝撃波が鱗の裏側に到達した瞬間、エネルギーの跳ね返りによって鱗の裏層と肉の結合部が耐えきれなくなり、内側から爆発的に剥離する。弾丸自体は弾かれても、超高速の破片となった鱗の裏側が、ドラゴンの内肉へと四方八方へ飛び散るのだ。これを物理学で「ホプキンソン効果」と呼び、既存の戦車砲弾「HESH(粘着榴弾)」に近い現象を引き起こす。

 とはいえドラゴンは巨体ゆえ、その内部破壊は脳にまでは届かず、頬肉を内側から弾け飛ばして頬骨にヒビを入れるにとどまった。外層の皮ごと鱗がベリベリと剥がれ落ち、そこからボタボタと大量の鮮血が噴き出す。


「な、なんだと……? その程度の魔力量でなぜこれほどのダメージが……」


 ドラゴンが地上最強の生物であるのは、圧倒的な攻撃力ゆえではない。無敵の防御力ゆえだ。それが突破された以上、好き勝手に攻撃させるのは危険だ。

 眼下の人間を見下ろすドラゴンは、強風に乗って飛び散った返り血を浴びて視界を失ったベクターを捉えた。今がチャンスだ。


「食らえ!」


 炎のブレスがベクターを襲う。やってしまってから「しまった、我の巣が!」と思ったが、もう遅い。開き直ってそのまま攻撃を続けた。


「ぐわあああ!」


 炎に巻かれたベクターはすぐさま結界で身を守ったが、重篤な火傷を負ってしまった。持ってきたポーションは、それを入れていたウエストポーチが焼け落ちて落下し、地面に落ちた衝撃で容器が砕けてこぼれてしまった。

 ベクターは結界以外の魔法も使えるが、戦闘に役立つ威力ではない。回復魔法も使えるが、自然治癒を加速する程度の威力で、このような大怪我からの回復には一晩眠るくらいの時間がかかる。

 死にはしない。だがドラゴンが放っておいてくれるなら、の話だ。そしてそんな事はあり得ない。


「クー!」


 状況を理解したクーが飛び出し、ドラゴンに挑んだ。

読んでくれてありがとうございます。

楽しんでいただけたら幸いです。

★とかブクマとか感想とか頂けると嬉しくて夜しか眠れなくなります。

(;`・д・´)押すなよ!? 絶対に押すなよ!?

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