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第12話 結晶

「クー!」


 クーはドラゴンに向かって飛び出した。

 ベクターを守らなねばならない。自分が死にかけたときに助けてくれたベクターに、クーは8年間ずっとそばにいる事しかできなかった。父親を失って強くなりたいと願ったときに稽古をつけてやる事もできず、母親を失って落ち込んだときに抱きしめてやる事もできず、祖父の介護に追われている間もろくに手伝ってやる事ができなかった。そして今また、自分のために怒ってくれたベクターに、クーは守られているだけだった。

 そのベクターが死にかけている。ドラゴンの脅威に晒され、回復のための時間を確保できないでいる。恩を返すなら今こそ。


「むむっ!? ブレスを小刻みに……! なんと器用な。グハハハハ! それでこそ我がハーレムの一員にふさわしい。

 だが、その程度の威力では我に毛ほどの傷もつけられぬ。まだまだ成長が足りぬようだな。せめて1000年は育ってから出直すがよい」


 ぺしっと尻尾で払われた。

 ブレスといい、尻尾といい、直撃すれば無事では済まない威力だろう。

 だが8年前、ベクターはクーに結界を張った。1日に4発しか使えなかった結界の、そのうちの1発を使ってクーを守るために張った結界は、ベクター自身も忘れて解除しないまま続いている。

 この結界は、トラス構造を内蔵したハニカム面でさらにトラスを組み、それを同様に構築されたハニカム空間へ内蔵させた、いわば「トラス・ハニカム結晶構造体」なのだ。この結界に飛び込んだ音・振動・衝撃波などは、内部の迷路のような構造に閉じ込められ、何度も反射を繰り返すうちに完全に光や熱エネルギーへと変換されて消滅する。

 あまりにも空洞が多く、ゆえに消費魔力が極めて小さい。魔法的に「透明」な状態であり、ベクター自身もこの結界を認識できないのだ。

 たとえ一部が壊されても残りが衝撃を分散・吸収するゾンビアタック的な防御力。この結界で攻撃を受け止めても、衝撃音が響くことすらなく、不気味なほど「無音」で衝撃が消え去るのだ。


「……は?」


 微動だにしないで突撃してくるクーに、ドラゴンは目を疑った。

 確かに尻尾で払った。

 それは金属製の丸太が激突するような衝撃である。城壁すら一撃で砕くパワーがあるし、実際このドラゴンは何度かそれを実行したことがある。人間たちを脅して金銀財宝を貢がせるためだ。

 ドラゴンは金銀財宝を守るもの。それは本能だ。ドラゴンなのに守るべき宝を持たないというのは格好がつかないゆえ、金銀財宝は奪って獲得する。弱肉強食。野生の掟だ。

 言葉が通じるとはいえ所詮は魔物。ベクターに言わせれば、自分で採掘も精錬もできない蛮族そのもの。デカいだけのトカゲだ。狩猟採集しか能がない。石器時代の古代人のほうが遥かに文明的だ。


「ふん……まあよい。どうせお前を殺すつもりはないのだ。

 殺す相手は、こやつだけだ!」


 ドラゴンが前足をベクターに振り下ろす。

 200トン前後もある体重で踏みつけたのでは、さしものベクターもひとたまりもない。


「クー!」


 一撃に賭けた全力のブレス。

 リミッターが外れた一撃は、過去最大の火炎を放った。


「グハハハハハ! 無駄無駄ァ!」


 ドラゴンがそのままベクターを踏み潰した。

 それから尻尾でクーの火炎が命中した箇所を払う。


「ちょっぴり熱かったぞ。やるではないか。

 その調子で育つがいい。5000年後にお前を孕ませてやるのが楽しみだ。

 グハハハハ!」


 笑うドラゴン。

 青ざめるクー。

 恩返しは失敗し、ベクターは死んだ――


「あー……死ぬかと思った」


 ――かに見えた。

 モコッとドラゴンの前足が押し上げられ、その下からベクターが無傷で現れる。

 瀕死の重傷だった大火傷はすっかり治っていた。

 トラス・ハニカム結晶構造体――ベクターはそれをさらに進化させた。微弱で時間のかかる回復魔法を、結晶構造の中に閉じ込めて乱反射させる。その乱反射をエネルギーの分散・吸収に使うのではなく、増幅に使う。

 同じ術者の魔力なのだ。波長は同じ。そして波というのは重なると高くなる。反射するたびに結界から少しずつ魔力を受け取って増幅され、威力がどんどん増大し続ける。

 いわば魔力のコンデンサー。少量ずつしか使えない魔力を閉じ込めて溜め込み、時間のかかる回復魔法を無理やり「即時回復」へと強化した。


「さて……」


 ベクターは手を握ったり開いたりして具合を確かめ、不敵に笑ってドラゴンを見上げた。

 その視界には、今まで見えていなかったものが見えるようになっていた。


「どうやらジークフリートの伝説は、他のドラゴンでも同じらしいな」


 鉄の竜ファフニールを討伐した英雄ジークフリートは、その返り血を浴びたことで皮膚が鋼鉄のように頑丈になった。またその血を舐めたら鳥の言葉が分かるようになったという。

 この世界でも、ドラゴンの血肉は魔力や肉体を強化する。ゆえに8年前はクーの血にも反応して、魔物が大挙して集まってきたのだ。

 そんな強力な返り血を、ベクターは初撃で浴びていた。血まみれのクーを抱き上げた8年前、すでに肉体は不死身に近い強壮なものへ変質し、そして今また追加で浴びた竜の血によって肉体はさらに不死身に近づき、魔力もその制御能力さえも強化された。


「見えるぞ。お前の魔力が、ハッキリとな」


 ドラゴンは悪寒を覚えた。ただでさえ不可解な攻撃力と防御力を持った相手が、魔力まで強くなってしまったら、何が起きるのか。一瞬ドラゴンの脳裏に逃亡の2文字が浮かんだ。しかし、即座にそれを否定する。人間ごときにドラゴンが逃げるなどあり得ない。

 だがそれは、野良犬でさえ持っている本能を、傲慢によって無視する愚行だった。


「こうだな?」


 ベクターは自分の体内に結界を張った。

 細胞ひとつひとつを守るように立体的な網目状の結界を。

 それは泡立てた石鹸のようでもあり、ジャングルジムのようでもあり、そしてトラス・ハニカム結晶構造体そのものだった。

 それはドラゴンの絶対的な防御力の仕組みであり、それよりも数百倍優れた防御力を誇る代物だった。


「ふんっ!」


 このままではマズイ。本能が警告する通りに、しかし逃げるのではなく攻撃するドラゴン。

 改めて振り下ろした前足の一撃は、しかしアッサリと受け止められた。


「バカな……」


「オラァ!」


 ベクターの反撃。

 ドラゴンの眼前に飛んで、直接拳で殴りつける。だがその動きは筋力によるものではなく、銃弾の速度をも再現する結界魔法によるもの。体内に張り巡らせた結界で体を動かし、とてつもない反動に平然と耐える。急激な加速や減速にともない内臓にかかる負担も、結界が細胞単位で支えて耐えられるように衝撃を分散吸収するからだ。


「ぐぼあ!?」


 吹き飛んだドラゴンに、追いついて追撃するベクター。再起不能になるまで徹底的に殴りつける。


「たった1発殴って『とりあえず良し』としようなんて、さっきは怒りが足りなかったな。

 このゲスなトカゲ野郎は、これぐらいきっちり分からせてやらなきゃあいけなかったんだ」


 ボコボコに殴られたドラゴンは、たまったものではない。命中個所の局所的なダメージもこれだけ積み重ねると無視できない。しかもベクターの肉体という重さが加わり、衝撃力が跳ね上がっている。ボーリングのピンみたいにやすやすと吹き飛ばされ、繰り返し殴り飛ばされる。まるでハエになったような気分だ。巨大な手で叩かれたようだった。空き缶の中に入れられて、外側から誰かに蹴飛ばされたような衝撃だった。

 絶対的な防御力を誇るドラゴンでも、それ以上に固い相手に殴られてはたまらない。脳震盪を起こし、頚椎を捻挫し、鱗は砕かれ、肉はえぐれ、中耳炎の比ではないレベルで三半規管が完全にやられてしまった。やがて連打が終わったとき、ドラゴンは身じろぎもできずに激しい眩暈と嘔吐に襲われ、目を回して完全に気絶していた。


「げぼー……」


 寝ゲロしたドラゴンを、ベクターは静かに眺める。

 これ以上の追撃は無用だ。ただ待っているだけで相手は死ぬ。これ以上戦ってやるとか、わざわざとどめを刺してやるなんていう騎士道精神や武士の情けは必要ない。野生は無駄な労力をかけないのだ。

 しばらくすると、ゲロで窒息したドラゴンは気絶したまま息絶えた。

 野生の掟に従い異常にプライドの高いドラゴンは、こうしていかにも野生的な方法で仕留められ、誇りもクソもない情けない死に方をしたのである。


「す~~~……は~~~……」


 ベクターは深呼吸する。

 そしてロングホーン山の山頂から、下界を見下ろした。


「すげー爽やかな気分だぜ。

 新しいパンツをはいたばかりの、正月元旦の朝のようによォ〜ッ!」


 さっぱりと微笑するベクター。


「クー……」


 8年前の自分ができなかった偉業をやってのけたというのに、その達成感が正月のパンツか。

 自分の苦労は何だったのか。

 クーは頭痛をこらえるように、前足を頭へやった。

読んでくれてありがとうございます。

楽しんでいただけたら幸いです。

★とかブクマとか感想とか頂けると嬉しくて夜しか眠れなくなります。

(;`・д・´)押すなよ!? 絶対に押すなよ!?

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