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第28話 討伐

 受注手続きを急ぐ受付嬢。

 だが急報を届けたドワーフは、こんな非常事態にきちんと手続きをする連中に苛立った。


「何をのんびりしてるんだ! ドラゴンは2頭だぞ!」


 再び冒険者ギルドが騒然となった。

 ただでさえ災害同然の脅威。Aランクでも勝てるかどうかギリギリで、8年前にクリスが挑んで相打ちになった――と世間では思われている――そんな怪物が2頭。

 となれば理論的に考えて、Aランクでも対処できない事態だ。国が滅ぶレベルの非常事態であり、対処など考えようもない。まさにベクターが例に出して述べた通りだ。

 しかし――


「2頭……!」


 ニタリと笑うベクター達。

 その顔には、不安も焦りもない。

 おいしい獲物をみつけた盗賊団みたいな獰猛かつ凶悪な笑みだ。


「はい……え? なぜ嬉しそうに……?」


 人間レベルの威力では剣も魔法も通じない相手。それが2頭。

 受付嬢や周囲の冒険者たちにしてみれば、難易度が上限突破して絶望こそすれ、喜ぶのは意味がわからない。

 しかしベクターたちは「倒せる」という前提で考える。倒すのは簡単だが探すのが難しい。そんなドラゴンが2頭。しかも向こうから来た。つまり素材が2倍で、探す手間が省けた大チャンス。


「おかわりまで一緒に来てくれるなんて親切だな」


「お肉が2倍の増量キャンペーンね。食べ放題だわ」


 血肉を食べたいベクターとクリスは言わずもがな。


「牙、爪、骨、鱗……売って良し、加工して良し……むふふふ」


 財宝がほしいスミスも「食べない部分」が倍増するので売ってよし加工してよしの王手飛車取り。


「山岳王国の危機に立ち向かう竜殺しの英雄譚……! しかも2頭相手に……これはそそるね」


 フォルテにとってもドラゴンを2頭相手に戦う冒険譚なんて、他では得られないネタである。


「これがAランク……」


 強さの基準が違いすぎて常識が通用しない。

 まるで別の生物を見ているようだ。

 もっとも、Aランクなのはベクターとクリスだけで、フォルテとスミスは冒険者ですらないのでランク外だ。


「受注手続きはまだか? せっかく倒すなら依頼料も欲しいんだが」


 受注手続きをしてから討伐しないと、討伐してから受注では報酬が出ない。

 臨機応変を嫌うように見えるほど厳格な国民性ゆえの、他では見られない手続き重視のローカルルール。

 それがドワーフたち自身の首を絞める。

 ベクターたちはあくまでローカルルールに従っているだけ。現地住民に合わせてやっている立場だ。あとから文句を言われないように、ここはきちんと処理しておく。

 ドラゴンに自分たちで挑んでも勝ち目がないドワーフたちは、ぐぬぬと唸りながら手続きが終わるのを見守るしかない。


「は、はい。いま完了しました」


「よし、行くぞ!」


 ぞわり、とベクターのロングコートが不定形にうごめく。

 ドラゴンを餌にする猟犬が、いま解き放たれた。



 ◇



 冒険者ギルドを出たベクターたちは、空に2頭のドラゴンを見つけ、まずはドラゴンより高く飛んだ。


「我らを見下ろすか、人間風情が!」


「地を這う虫どもめ、わざわざ死にに来たか!」


 ドラゴンはその優れた探知能力で、ベクターたちの存在にすぐさま気づいた。そしてやたらと高いプライドのせいで、それを見過ごすことはできなかった。

 だが、それに対してベクターたちは首を横に振る。


「殺しに来た。素材よこせ」


「食べに来たわ。お肉ちょうだい」


「奪いに来た。財宝、ためとるじゃろ?」


「歌いに来たんだよ。素敵なステージになってほしいね」


 堂々たる強奪宣言。

 ドラゴンは鼻で笑った。


「剣も魔法も通用せず、鱗に傷のひとつも付けられない人間ごときが、よくも吠えたものだ」


「盗っ人猛々しいにも程がある」


 相手にもしないドラゴン。

 だが、今度はベクターが鼻で笑った。


「盗っ人猛々しいは、こっちのセリフだな。

 自分では採掘も加工もできないドラゴンが、どうやって財宝を集めた? 採掘や加工ができる種族から奪っただろ。抵抗する相手を殺したこともあるはずだ。今もそのつもりで来たんだろう?

 それをお前ら、なにを我が物顔でふんぞり返ってやがる」


「弱肉強食は世の定め。だが挑発してでも戦いたいというのなら――」


「ひとつ試してやろう。果たして『戦い』になるかどうか」


 小手調べとばかりに、ドラゴンが尻尾を振るった。

 ドラゴンにしてみれば、侮辱に対して身の程を教えてやるための、あえて軽い一撃だ。

 それでもトラックが横転するような威力がある。受ければけたたましい轟音が響くはずだった。


 ――ぽすん。


 ドラゴンの尻尾は、極めて静かに受け止められた。

 盾に変形したベクターのロングコートが、いともたやすくドラゴンの尻尾を受け止める。

 ベクター自身と素材との魔力が共振して流動しつつもトラス・ハニカム結晶構造体を維持する結界を含んだ盾は、衝撃を完全に分散吸収してごくわずかな光と熱に変換し、それすら複雑な反射の迷路に閉じ込めて消し去る。ゆえにこのロングコートは黒いのだ。

 しかしベクターは「これでは強すぎる」と感じ取った。卵を割るのにパワーショベルやプレス機を使ったような手応えだったのだ。もっと手加減しなければ、粉々に吹き飛んで食べる肉が残らないかもしれない。


「クリスのリハビリ相手にちょうどいいか。

 せいぜい頑張って『戦い』になるようにしてくれよ?」


 今のベクターなら、結界でドラゴンを包んで完全に動きを封じることもできるし、ロングコートをハンマーにでも変形させて豆腐のように叩き潰すことも容易い。

 だがベクターはそうしなかった。クリスには8年のブランクがあり、人間の体で戦う感覚を取り戻すリハビリ相手を求めていたからだ。


「生意気な……!」


「ふんっ!」


 今度は爪を振り下ろすドラゴン。

 当然のように、それも無音で受け止めるベクター。

 飛び出したクリスが、すれ違いざまに斬りつける。


「ちぇっ……やっぱりナマってるわね」


 斬りつけた鱗は、半分ほど切れていた。

 8年前なら一刀両断して皮まで斬っていたのに、鈍ったものだ。

 スミスが作った空中歩行の靴を履いて、ドラゴンの顔へと駆け上がる。


「フォルテ。防御は任せろ。クリスに呪歌を頼む。激しいやつをな。ドラゴンへのデバフは無しでいい。

 スミス。俺に呪歌はいらん。やりすぎてしまう。クリスだけに限定してくれ」


「激しいやつね」


「承知じゃ」


 フォルテが歌い始める。疾走感のある力強い歌だった。

 スミスがダブルネックギターをかき鳴らす。呪詛を使った音の増幅と変調により、そのサウンドはエレキギターに似る。

 聞くもの全てに効果を与える呪歌が、スミスのギターで対象を限定され、クリスだけが恩恵を受けた。


「煩わしい!」


「これならどうだ!」


 ドラゴンはブレスを吐いた。

 だがそれもベクターの結界に遮断された。今度はロングコートを使わない、いつもの結界だ。共振がない分、強度は劣る。その結界がわずかに光った。ホタルほどの淡い光だが、それはブレスの威力が凄まじいことを物語っていた。光ったということは、結界内部に閉じ込めきれなかったということ。尻尾や爪の一撃とは明らかに一線を画する威力だ。

 だが、それでもベクターの結界を壊すには遥か及ばない。しょせんは淡く光っただけ。それは威力のすべてが光と熱に変換されて散らされたということ。運動エネルギーはすべて失われ、結界を変形させる外力は残らなかったということだ。


「はぁっ!」


 クリスが剣を一閃。今度は豆腐を切るように抵抗無くスパッといった。

 ベクターが防ぐと分かっていても、リハビリのためにブレスの軌道から脱出したクリスは、ドラゴンの頭部を横へ迂回していた。それは処刑人が斬首刑の罪人に向かう位置。

 その剣は鱗を一刀両断し、その下にある皮も切り裂く。剣術は自転車と同じように、1度覚えたらブランクがあっても忘れることはない。鈍った感覚は1度で修正されていた。

 だがそこへフォルテの呪歌が乗る。それはスミスの伴奏で効果を増幅されていた。結果、勢い余って、剣の刃渡りでは届かない位置まで斬撃が伝播する。


 ――ずるり。


 クリスがその場を離れてようやく、切られた事に気づいたように首が落ちる。

 もう1頭のドラゴンが後を追ったのは、その直後のことだった。


「よっしゃ、食うぞぉ!」


「焼肉、焼肉♪」


「巣を探さねば。財宝はどこじゃ」


「うーん……あっさり勝ちすぎだね」


 戦闘は通過地点に過ぎず、それぞれの目的を果たそうと動き出す3人。

 ドラゴンと戦う英雄譚にしては盛り上がりが……と戦闘そのものが目的だったフォルテは悩むのだった。


読んでくれてありがとうございます。

楽しんでいただけたら幸いです。

★とかブクマとか感想とか頂けると嬉しくて夜しか眠れなくなります。

(;`・д・´)押すなよ!? 絶対に押すなよ!?

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