第27話 理論
ドラゴンを捕食しよう。魔力を強化し、寿命を伸ばすのだ。
問題はどこにドラゴンがいるのか。出現したとの情報があるドワーフ山岳王国のロングホーン山を目指して、ベクターたちはドワーフ山岳王国の王都を訪れた。
「いらっしゃ……Aランク!? な、何をしに来たのですか……?」
ベクターたちが冒険者ギルドに入ると、気づいた受付嬢が声をかけ、冒険者証を見てのけぞった。少しでも距離を取りたいと言わんばかりだ。
それは新鮮な体験だった。Aランク――冒険者の最高位に近いという証明が、信用ではなく警戒になる。
だが考えてみれば当然だ。ランクは実績によって変動する。実績は実力の証明になるが、人間性の証明にはならない。どういう人か分からないけど強いのだけは分かるという場合、とりあえず「怖い」と思うのが普通だろう。面識のないマッチョと出会ったときのような感じだ。
「冒険者が冒険者ギルドに来てする事なんて2つか3つくらいだろうに――」
「そういう言い方はないよ、ベク……2つか3つ?」
ひとつだけだよ――と聞き間違えて、クリスは目をぱちくりさせた。
「うん。受注手続きか、完了手続きか、異変の報告。
そして俺達はよそ者だ。ドワーフだらけの山岳王国、ここに来るまで俺達みたいな人間やダークドワーフやエルフは見かけなかった。
じゃあ俺達は何をしに来たのか。これは消去法で1つに絞れる」
「どういう理屈じゃ?」
「まず完了手続きに来た可能性は無い。他所から来た冒険者なんて、たいてい移動のついでに護衛依頼を受けているものだ。でもAランクにもなると、報酬が高すぎて護衛依頼は無くなる。つまり護衛を終えて完了手続きに来た可能性は無いわけだ」
「Aランクって儲かるのね」
「その代わり滅多に仕事がないからトントンだよ。Aランクに依頼するような一大事がそうポンポン起きたら、そんな場所は危なすぎて人が住めないからね。
同じ理屈で、異変の報告に来た可能性も無い。Aランクが対応できずにギルドに報告するほどの異変なんて、そんなの起きたら国が滅ぶレベルだ。報告したところで対応もクソもない」
「それは確かに……」
「あり得るとしたら、すでに解決した報告と合わせて、素材の売却手続きだろうけど、俺達はよそ者。この国の魔物の分布が分からないから、倒せる程度の相手なら異変なのか正常なのか判断できない」
「なるほどのぅ」
「てことで、初めて来る支部でAランクがやる事といったら、受注手続きだけだと思うよ、基本的には」
「だからって、なんで小馬鹿にするような言い方を?」
「いや、小馬鹿にしたんじゃなくて、不思議に思ったのさ。
さっき会った人は、こっちが体調不良を伝えても微塵も心配しなかっただろ? 心配して近づいたら突然刺されるなんていう演技派の盗賊もいるから、あの人にとってはこっちの体調不良なんて本当かどうか疑わしいわけだ。とても理知的だよね」
「そうじゃったな」
「そしてこの受付嬢もAランクの冒険者証を見て、信用するより警戒した。ランクは実績の証明であって、人間性の証明ではない。どんな奴か分からないけど強いのだけは確か、なんてのは警戒して当然だ。暴れたら手が付けられないんだから。とても理知的だよね」
「なるほどね」
「どうもここの人たちは、とても理知的らしい。先入観を捨てて客観的に考え、ルールに厳格な印象だ。だから、俺が言った消去法なんてのは当然考えるだろう。なのに、いったい何をしに来たと思われたのかな?」
ベクターたちの視線が受付嬢に集まる。
受付嬢はひとつ咳払いして答えた。
「理由は3つです。
1つは、ご自身で言われた通り『人格が不明である』ということ。理由もなく暴れる乱暴者という可能性もありえました。ただし、ただいまの口上であなた達が非常に理知的であることが分かりましたので、この理由は破棄いたします。
2つめに、Aランクは基本的に王侯貴族や大富豪との付き合いが深く、他国へ出て活動することは極めて稀です。あなたは消去法を3択で言われましたが、過去の事例からはこのようなケースでは『亡命』か『大きな犯罪を犯した末の国外逃亡』の可能性が高く、前者なら近隣国での政変、後者なら治安の乱れを警戒する必要があります。
3つめに、Aランクの国外活動となると、通常は活動拠点のギルド支部から訪問先のギルド支部へ連絡があるものです。くれぐれも失礼のないようにだとか、こういう目的で行くから可能な限り支援をとか要請されるものですが、そのような連絡は受けていません。となると、いよいよ亡命か逃亡の可能性が高いと思うのですが、あなたの口ぶりからすると依頼の受注手続きに来られたのですか? なぜギルド支部からの連絡がないのでしょうか?」
パチパチパチ。
ベクターは思わず拍手していた。
「素晴らしい。やっぱりここの人たちは理知的だ」
「なに喜んでるのよ、ベクター……」
「クリス。これが喜ばずに居られるか。
爺ちゃんが死ぬまでの最後の3年間、だんだん言うことがおかしくなっていくのをクリスも見ていただろう?
あの話の通じなさに比べると、この理知的な対応には感動すら覚えるよ」
「ベクターのお爺さん、そんなに悪かったの?」
「フォルテ。君は反省してここの人たちを見習うといいよ。
少なくともここの人たちなら、初めて出会ったその場でいきなりキスしてくる事はないだろうからね」
「ごめんて」
「全員が技術者のような気質か……儂にとっても過ごしやすそうな街じゃな」
「スミス、勘弁してよ。私はこんな所じゃ息が詰まるわ」
「それを物理的に呼吸しにくい儂に言うのか」
「ジョークが強すぎて笑えないわ」
スミスは地底深くに暮らすダークドワーフ。普段は海抜マイナス10kmを生活圏としており、3気圧、80℃以上の環境で暮らす。だがこのドワーフ山岳王国は、標高4000m級。森林限界に近く、0.6気圧、気温0℃前後。
ベクターたち3人が「いつもの6割しか空気がない、いつもより25℃も寒い」と感じる環境で、スミスだけは「いつもの2割しか空気がない、いつもより80℃以上も寒い」という命の危機を感じる極寒の真空のようだ。
「さて、質問に応えよう」
ベクターが仕切り直した。
「俺達の目的はドラゴンの討伐だ。素材と財宝および戦闘そのものが目的なので、そのままロングホーン山へ行こうかと思ったんだが、さっき親切なドワーフが教えてくれた。討伐依頼が出ているらしいじゃないか。せっかくだから、ついでに受注手続きをしに来た。
ギルド同士で連絡がないのは、単にまだ届いていないだけだろう。どうやって連絡が来るのか知らないが、念話魔法で近くの支部を経由しながら伝言ゲームで伝わってくるんじゃないか? 特別な魔道具で直接連絡できるとかじゃなければ、それが一番早いだろうし。でも、その方法では俺達の移動には追いつけない」
この世界では移動は徒歩が基本だ。馬車を使えば、歩かなくて済むので「楽に」移動できるが「早く」移動できるわけではない。街道は路面がデコボコだし、車体にサスペンションは無いし、馬車の利点は「荷物をたくさん運べること」なので当然満載している。
徒歩にせよ馬車にせよ、1日の移動距離は30km程度が限界だ。軍隊の補給線もこれを基準に考えねばならず、従って城郭都市同士の距離は30km程度を基準としている。防壁のない村は除外した数値だ。
そして冒険者ギルドも城郭都市ごとに支部がある。念話魔法で伝言ゲームをやると、伝令としては早馬より遥かに早い。車体を牽引しない乗馬による伝令は、徒歩の3倍早い。城郭都市ごとに馬を乗り換えれば1日で城郭都市3つ分を移動できる。だが念話魔法の伝言ゲームなら15分ほどで3つ先まで伝達できる。
実際のところ、ベクターが普段の活動拠点にしている城郭都市から、ここドワーフ山岳王国の王都までは1000kmほど。33の支部を経由して165分で伝達できる驚異的な早さだ。
ところが、である。ベクターの移動速度ときたら、秒速1kmなのだ。移動はほんの20分ほどで終わっている。
「支部から連絡が来るまで、あと2時間くらいかかるだろうな」
ベクターが言った直後、ギルドのドアが乱暴に開かれた。
慌てた様子のドワーフが飛び込んでくる。
「ドラゴンが来た!」
遊びに来たわけもなく。
狙いは財宝の強奪だ。より正確に言えば恐喝か。適当に暴れて脅威を見せつけ、金品を差し出せと要求する。ドラゴンは巣に財宝を集めて守るが、自分で採掘・加工する能力を持たない。巨体すぎて、そんな細かい作業はできないのだ。
災害同然の脅威にざわつくギルド内。逃げるか戦うか、どちらにしても間に合うかどうか……と冒険者たちが騒然となる。
だが受付の前だけが静かだった。
そこにはベクターたちが居るからだ。
「出番らしいな。
討伐依頼の受注手続き、さっさと済ませてもらえるとありがたいのだが」
「は、はい、すぐに……!」
受付嬢は必死にペンを走らせた。
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