第26話 山岳
ドワーフ山岳王国にあるロングホーン山に、ドラゴンが現れたらしい。
ぜひとも倒して食ってやろう、ということでベクターは人間に戻ったクリスと、新たに仲間に加わったスミス、フォルテを連れて、ドワーフ山岳王国へ向かった。
その移動方法は、もちろん結界ヘリコプターだ。4人まとめて結界に包み、結界を動かすことで、まとめて運ぶ。ヘリコプターの機動力と戦闘機の速度を両立した、この世界ではベクター以外に真似できないであろう移動手段である。
「イカレとる。お前さん、ほんとイカレとるのぅ」
「わははは! 早速とんでもない体験ができたよ!」
スミスとフォルテは、ベクターの結界で飛ぶのはこれが初めてだ。
なんというデタラメな移動手段なのだと呆れるスミス。
空を飛ぶ感動が歌の「種」だと喜ぶフォルテ。
次の瞬間には飛ぶ方法を考えるスミスと、歌にしようと思索するフォルテは、意外と似た者同士のようだ。
「「閃いた!」」
異口同音に叫んで、2人同時に紙を取り出し、何やら書き始める。
しばらくするとスミスは「空中を歩ける靴」を作り出し、フォルテは「移動速度上昇」の効果を与える呪歌を作り出した。
「むむっ!? その歌があれば『空を飛ぶように駆け抜ける』ことが可能になるじゃろう」
「おおっ!? その靴があれば『空を飛ぶように駆け抜ける』ことが現実になるね」
ガッチリと握手するスミスとフォルテ。
それもビジネス的な握り方ではなく、腕相撲の握り方だ。
「親友同士でしかやらないやつだ……」
「もう相思相愛なんじゃないかな」
ベクターとクリスは、こいつら本当に結婚するんじゃないかな? と自分たちのことを棚に上げて見守っていた。
「お? 見えてきたぞ」
山肌に広がる鉱山都市。
ドワーフ山岳王国の首都だ。住宅と工房が一体になっているのはダークドワーフの地下帝国と同じ。あちこちから煙が出ている。山肌と一体化したような独特の建築様式で、全体的に半地下である。
ダークドワーフは地上に出られないほど深い地底に住んでいて、溶岩という熱源もあり、火を使うことを禁じている。この関係で、炉の燃料も溶岩だ。
一方、ドワーフは鉱山を採掘するが、鍛冶は外に出てからおこなう。溶岩がいくらでも湧き出るような場所ではない。石炭は出るが、火をつけるのは危険だ。換気の悪い坑道内で酸素を消費すれば、たちまち窒息死する羽目になるからだ。それに粉塵爆発の危険もある。
換気の良い「完全地上化」ではなく、あえて「半地下」を選んでいるのでは、防衛のためだ。山岳地で外敵に備えるということは、空から襲われる頻度が無視できない。平原の城廓都市みたいに壁だけでは、守れないのだ。
「着陸して結界を解除するぞ。
スミス。具合が悪くなったら無理せず教えてくれ」
「おう」
地上(平原)ですらダークドワーフにとってはエベレスト山頂なみの高地である。
空気が薄く、気温が低く、しかも眩しい。
それが山岳地帯へ来てしまったら、どうなるか――
「げぼー……」
結界を解除したとたん、スミスは倒れ込んだ。
気圧が下がりすぎて体内の空気が膨張し、鼓膜が強烈に外へ押される。気圧の助けを失った血管も、血液の圧力に負けて膨張し、血圧が急上昇する。かき氷を一気食いしたときのようなキーンとする頭痛がスミスを襲った。平原用の耐性装備も、この標高ではまったく性能が足りない。
「もう……無理……儂……死ぬ……」
「さっむ!」
「空気が薄い……」
スミスだけでなく、クリスとフォルテもしっかりと環境の違いを感じた。
平気なのはベクターだけだ。ドラゴンを半分食べて強化された肉体と魔力。その魔力を使って肉体を細胞単位で結界に閉じ込め固定している上、その結界はトラス・ハニカム結晶構造体という極めて強固な代物だ。今のベクターは、防御力ではドラゴンを遥かに上回る。
「フォルテはともかくクリスもか。
そのコートは、スミスが状態異常耐性を全部盛りにしたはずだが」
言いながらベクターは再び結界を張って3人を保護した。
「毒ガス耐性は付与したが、空気が薄いのは毒ガスではないからのぅ。
てゆーか、儂の装備もまったく性能が足らんかった。作り直しじゃな」
言うが早いか、その場で3人分の環境耐性装備を仕上げてしまうスミス。
「相変わらず仕事が早いな」
「既存の装備に追加で環境耐性を付与するだけだから簡単じゃよ」
「クレイジーだよ。
呪いに呪いを足したら、どんな反応が起きるか分からないのに……」
スミスと同じく呪いを扱う呪歌の歌姫フォルテは、しみじみと言う。
呪いの解除が魔法の解除よりも難しいのは、対象への結合力が強いからだ。反応性の高い化学物質みたいなもので、呪い同士を混ぜるということは「混ぜるな危険」を無視して混ぜるのと同じである。
最初からそれ用に作ったダブルネックギターとは違って、完成品にあとから付け足す形でそれを実行するのは非常に困難だ。製造業の関係者ならよく分かるだろう。完成間近のロケットに「外が見えるように窓を付け足せ」と言われるようなもので、下手に実行すればパワー不足で飛べなくなったり壊れて乗務員が死ぬことになる。
ベクターの強さは人間を辞めたレベルの化け物級だが、スミスの職人としての腕前も同じくらい化け物級だった。隠れ里の結界補修要員――出会う順番が逆だったら、フォルテはスミスを連れて行ったかもしれない。
「ん? おい、誰か居るぞ」
スミスが指さした方向を見ると、ドワーフがじーっとベクターたちを見ていた。
目が合ったので、ベクターは軽く会釈してみた。
するとドワーフは近寄ってきた。
「ここで何をしているのですか?」
どうやら怪しんでいるらしい。
ベクターは自己紹介して、スミスがダークドワーフであること、体調不良を起こして耐性装備を即席で作ったことを話した。
「では、そちらの問題は解決されましたね。
それで、あなたたちは何をしに来たのですか?」
技術に驚くでもなく、体調不良を起こしたことを気遣うでもなく。
まるで職務質問のようだ。
冷淡で人情味がないように思えるこの反応を、ベクター以外の3人は不快に思った。それは当然の反応だろう。仲間の苦しみを無視されたのだから。
ベクターだけが冷静だったのは、8年間祖父の介護をしてきたからだった。最後は認知症が進んでおかしな事を言うようになり、それでも世話を続けたベクターは「他者を支える」という感覚を日常的なもの、普通のこととして認識するようになっていた。
そうしてきた日々は、ベクターから「自分は特別だ」という感覚を薄れさせた。自分で苦労して作った野菜は、買ってきたものより美味しく感じるというのは、誰でもあることだ。しかしベクターにその感覚はない。誰だって苦労して野菜を作るのだから、自分が作ったものだけが特別だとは思わないのである。
絶えず相手の立場で考えようとし続けてきた結果、ベクターは自分と他人を分ける境界線が曖昧になっている。2度の質問の内容と、じっと見る、相手の体調不良に無関心という態度から、このドワーフがなぜそうするのか精神の形を見極めつつあった。
「俺達はロングホーン山にドラゴンが現れたという情報を得て、ここへ来た。
ドラゴンを討伐し、その素材と財宝を手に入れるのが、俺達の目的だ。
仕入れた情報によると現地住民はドラゴンの出現に困っている様子だったとの事だが、討伐して問題ないか?」
「倒せるのか?」
「たぶんな。
もうひとつのロングホーン山で倒してきた実績もある」
「では是非たのむ。よく来てくれた。歓迎しよう。
まずは冒険者ギルドで討伐の依頼を受けるといい。依頼を受ける前に倒したのでは、討伐依頼を達成できないからな。ついでに何か情報も得られるだろう」
急に親切になった。
害ある相手ではないと理解したようだ。
そして重要な情報がひとつ得られた。依頼を受けずに倒したのでは、討伐依頼を達成できない。これは他の冒険者ギルドでは聞かないルールだ。冒険者ギルドが討伐依頼を受注するときは、対象の魔物を排除することを請け負うという形であるから、とにかく排除すれば手続きが前後することは問題ない。
特に低ランクの討伐依頼では、知らずに倒して持ち帰ったらたまたま討伐依頼が出ていたという事も十分あり得る。だがここでそれは通用しない。手順が……いや、ルールが厳格に守られる文化があるのだ。
「何あれ?」
立ち去るドワーフの背中を見送り、フォルテが眉をひそめる。
ノリと勢いで生きているフォルテには合わない相手だろう。
「門番としては優秀な人物だったな」
そのあと地域住民が全員そういう態度だと分かって、3人は辟易した。
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