第25話 歌姫
ドラゴンを食べよう。
今のベクターにとって、戦って倒すのは難しいことではない。
しかし広大な世界でヒントなしに居場所を探すのは無理だ。
そんなとき「真鍮の蝙蝠」から酒場の吟遊詩人が聞いたことのないドラゴンの話を歌っていたとの情報を得る。ベクターたちは早速その酒場へ出向くのだった。
「なんだ、お前かよ」
幽霊の正体見たり枯れ尾花……ではないが、ベクターとクリスは吟遊詩人の姿を見たとたんに嫌そうな顔をした。
「ボクで何か悪いわけ!?」
吟遊詩人の正体は、エルフの歌姫フォルテだった。
ステージではパンクファッションでロックを歌うのに、ステージ以外ではゴシックファッションでゴシックを歌う。その歌声自体を武器とする呪歌の使い手だ。
「近寄るな、このキス魔」
「ベクターは私の男よ」
しっしっ、と手を振るベクターとクリス。
スミスが不思議そうに首を傾げて尋ねる。
「なんじゃ? 何かあったのか?」
初めて出会ったとき、ベクターが前世の大ヒット曲を歌ったせいでステージを食われたフォルテは、観客の熱狂を取り戻すためにベクターにキスした。
ただのパフォーマンスで、浮気とかではないのだが、その理屈はステージパフォーマーにしか通じない。ベクターやクリスはパフォーマーではないのだ。
「それは擁護できんのぅ」
「ごめんて」
「本当に反省してる?」
「誠意、見せてもらおうかしら」
「な……何をすれば……?」
「ドラゴン。居場所、知ってるよね」
「歌ってたらしいじゃない?」
素直に吐かないとどうなるか分かってるよな? と言わんばかりの顔つきで迫るベクターとクリス。
「ヤクザもんの尋問か」
スミスが呆れてため息をつく。
そんなに脅さなくても、吟遊詩人に歌の元ネタを聞くというのは、たいてい拒絶されない。それは歌をより深く理解しようとする行為だからだ。よほど聞かれたくない個人的な悲しみを、やり場に困って歌ったものであれば別かもしれないが。
歌とは感情の発露であり、表現したいものが核になければ「仏作って魂入れず」の状態になる。上手にできたね――それ以上の感想が生じない空虚な歌だ。
だからこそ吟遊詩人は「物語」を求める。歌の題材にする「感情」が、そこにあるからだ。何が起きたのかよく分からない断片的な歌詞でも、荒削りな演奏でも、確固たる感情があれば、その歌は聞く人の心を揺さぶる。
つまり弾むような鼻歌を聞けば「何かいいことでもあったのかな」と感じるように、それこそが「歌」というものだ。広い意味でいえば、深いため息は「悩み」という感情の歌であり、テーブルをコツンコツンとゆっくり単調に叩く音でさえ「退屈」という感情のこもった歌である。
「話すよ。もちろん。別に隠すようなことじゃないし」
内容は単純だった。
ロングホーン山にドラゴンが住み着いて、周辺を荒らすので困っているというものだ。それを現地人が英雄の出現を望んでいるという、暗闇の中に希望を探そうとする歌に仕上げて歌っていた。
「ロングホーン山のドラゴンなんて、もう倒してからけっこう経つが?」
そのあと他国(教会本部)へ行って、さらに他国(エルフの隠れ里)へ行って、さらにさらに他国(太陽)へ行って、さらにさらにさらに他国(月)へ行って、さらにさらにさらにさらに他国(ダークドワーフの地下帝国)へも行った。
ドラゴンを倒してから、移動距離に応じてそれなりに時間がたっている。ベクターの移動はこの世界の人間としてはデタラメに速いのだが、それでも転移ではない部分が多かったので時間経過は相応にある。
「あ、うん。この王国のはベクターが倒したんだって?
ボクが仕入れたのは、もうひとつのロングホーン山のことだよ」
「もうひとつ?」
「ロングホーン山って2つあるの?」
「創世神話の話じゃな? 神はなぜ己の肉体を使って世界を作ったか」
「そう、それだよ。
魔神を封印するためにやったことで、2つのロングホーン山は魔神の角だという伝説があるんだ」
「ああ……この世界にある様々な資源は魔神の体を消化してできたもので、それを採掘して加工する人類は神が魔神を消化する手伝いをしているのだ、ってやつか」
人類が腸内細菌みたいな扱いだ。
どうもこの世界の神話は、なんかそういうのが多い。
「いつか資源を取り尽くしたら世界は終わる。でもそれは歓迎するべきことだ、ってやつね。滅びを歓迎するとか意味わからない神話だけど」
神が魔神の消化を終えて、再び自由になる。
それは神にとっては歓迎すべき事だろう。次の食べ物が入ってこないと、腸内細菌たる人間は死活問題だが、死後の魂は神の体内から排泄されて肥料になり神の作物を育てる養分になって再び神に食べられるという神話もあるので、神が飢えたり死んだりしない限り資源を取り尽くす時なんて来ないのだろう。
一応、教会は「その時が来たら人類は神の体内から解放され神々の世界へ解き放たれる」と説明していて、世界の終わりが人類の滅亡には結びつかないとしている。でも神の体の外は人類にとって「死後の世界」なのだから、世界の終わりは人類の滅亡とイコールなのだろう。それを新しいステージに到達すると考えるかどうかは、「人類」あるいは「存亡」の定義による。
「んで、その『もうひとつのロングホーン山』って、どこにあるんだ?」
「ドワーフの山岳王国だよ」
次の目的地が決まった。
「キミたち、ドラゴンを倒しに行くんでしょ? ボクも行くよ。こんな『物語』を間近で見られるチャンスなんて他にないもの」
フォルテが仲間になった。
剣士、魔法使い、鍛冶師、歌姫。一見すると「真鍮の蝙蝠」と違って、だいぶバランスの悪い変則的なパーティーだ。
しかし、ここで神の一手が加わる。
「それにしてもお前さん、吟遊詩人なのに楽器の演奏はせんのか?」
スミスが聞くと、フォルテは目を泳がせてダラダラと汗をかき始めた。
「……せんのか」
「うぐ……で、できないんだよ……不器用で」
「よし分かった。儂に任せておけ」
それからスミスは、たちまちダブルネックギターを作ってみせた。
ギターとベースの6弦+4弦タイプだ。
さらに呪いを付与して呪歌の効果対象を限定する機能を持たせた。
「呪いは本来『相手を縛る』ことが得意じゃ」
呪歌は「聞くもの全て」に効果を与えるが、敵味方問わず効果を与えてしまうので使いにくい。そこに対象限定の呪いつき伴奏が加わることで敵だけにデバフを、味方だけにバフをかける事が可能になる。
「これが呪いの正しい使い方というものじゃよ」
「で、弾けるの?」
「もちろんじゃ」
軽く演奏して見せるスミス。
こんな特技があったのかと驚くベクターとクリス。
「キミ、ボクと結婚しない?」
フォルテがまた暴走した。
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