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第23話 分離

 カフェオレから牛乳だけを分離するようなものだ。

 ダークドワーフの職人スミスが「極めて困難」と評価した、ドラゴンの呪いから魔力だけを抜き取る「分離」の工程。

 できないのか? と煽られて、意地になって「やる」と答えたのはいいが――


「……いったいどうやって?」


 スミスは困り果て、何もアイデアが浮かばないまま、腕組みして唸り続けることになった。

 見かねてベクターが考えをまとめる手伝いを始めた。質問を投げるのだ。


「遠心分離はどうだ?」


「魔力や呪いには物理的な『重さ』がないから、単純に振り回すだけでは分離できん。もし物理的な成分と魔力や呪いの成分が対応していれば、いったん物質に宿すことで分離できるが……魔力や呪いは、そんなふうに出来ておらんのじゃ」


「では、もし魔力や呪い自体に『重さ』的な反応を与える方法を開発したなら?」


「それなら成分は分離する。

 だが、それは『呪い』と『魔力』に分かれるわけではない」


「カフェオレを遠心分離するのと同じか。

 乳脂肪・タンパク質・その他に分離してしまって、コーヒーとミルクに分離するわけではない」


「その通りじゃ。

 呪いというのは複数の具材を煮込んだスープのようなもので、いろいろなエキスが混ざっておるし、魔力も『どこから採取したか』によって異なる匂いを宿しておるのじゃ。

 遠心分離では、それらの要素が『元とは違う組み合わせ』で抽出されてしまう」


「ふむ……それならフィルターで濾過してやればどうだ?

 俺の結界なら『指定した対象だけを遮断する』というのが可能だぞ」


「おお、それなら出来……! ……いや、無理じゃな」


「なぜ?」


「カフェオレのたとえで言うと、フィルターで濾過するのは『白い塊』と『透明な水』に分ける作業じゃ。いくら濾過しても『透明な水』に含まれる『糖分』は濾過できん。

 泥水から砂粒を取り除いて水だけにするのと同じで、取り除けるのは『水に溶けていないもの』『撹拌されただけで放置しておけば沈殿する成分』だけなのじゃ」


「ああ……『溶ける』というのは砂糖が分子単位でバラバラになって水に混ざった状態だから……」


 砂糖が磁石で水が砂鉄だと思えばいい。磁石同士でくっついて塊になっている間は、砂糖は砂糖単体として存在する。この段階では「混ぜた」だけで「溶けて」いない。

 しかし磁石の周りに砂鉄がくっつき、かき混ぜると磁石同士の隙間にも砂鉄が入り込んでいく。やがて砂鉄に押し広げられて隙間が広がって、磁石同士がくっつけない距離になる。これが「溶けた」状態だ。

 こうなると砂鉄を取り除かない限り、磁石同士が再びくっつく事はできない。


「じゃあ水分を飛ばせば、どうだ?」


 カフェオレから水分を飛ばせば粉末になり、お湯を注げばカフェオレに戻る。よくあるインスタントのやつと同じだ。

 塩水を煮詰めて水分を飛ばせば塩が再び結晶化する。砂糖水でやると焦げてしまうので、煮詰める際には気圧を下げて砂糖が焦げない温度で水が沸騰するようにしなければならないが。

 同様に、魔力を魔法的に『煮詰める』作業をすれば、呪いだけが塩のように残り、魔力だけ蒸発する。その蒸気を冷却すれば水に戻るわけだ。


「その後に残るものは、純粋な『呪い』ではない。やはり分離はできん」


 ため息交じりにスミスは首を振る。

 カフェオレの粉末は、ひとつの粉(粒)にコーヒーとミルクの両方の成分が混ざっている。これをさらに分離するには、分子単位でひとつずつ選り分ける作業が必要だ。


「じゃあその残ったものをさらに分離すればどうだ?」


 電気分解みたいな分子に干渉する方法で選別できないか?

 だがスミスは首を振る。


「コーヒーとミルクの成分までもが、さらに細かく分離して、別物になってしまう」


 電気分解は、分子単位の爆破解体だ。

 砂糖と水の結合だけを狙って破壊するのは不可能で、水を構成する「酸素と水素の結合」をも破壊する。鉄筋コンクリートを鉄筋とコンクリートに分離するようなもので、爆破解体ではそんな繊細なコントロールは不可能だ。壊れるときは両方壊れる。


「それに、香りも飛んでしまうぞ。

 それだとお前さんたちは共振が使えなくなるが、それでも良いのか?」


「うーん……まあ、最低限の目的は果たせるかな」


「贅沢を言うようだけど、それだとちょっと……」


 渋々承知するベクターだが、クリスはさらに渋る。

 寿命を伸ばすだけなら、手に入れる魔力は何でもいい。

 ベクターとクリスで共振するには「共通の魔力を持っている」ということが必要だ。香りが飛ぶ――つまり魔力から「共通要素」が無くなるということ。これでは共振できない。

 クリスはできるだけ「ベクターと一緒」が良かった。対等な戦力として隣に並び立つには、ドラゴンの翼から作ったロングコートとの共振もできなければ、装備の性能分だけ差がついてしまう。


「あとは化学反応を何度か繰り返して分離する方法が……と思ったけど、これも香りが飛ぶなぁ」


 まず、ミルクの主成分であるタンパク質に、特定の酸や酵素を反応させる。すると、タンパク質の分子同士が結びついて、水に溶けない「大きな塊」へ変化する。これをフィルターで濾過して保管する。

 次に、水の中に残った「コーヒーの成分」と「ミルクの糖分・脂肪」を引き離すために、水とは絶対に混ざらない特別な油(有機溶媒)を投入する。化学反応を利用して、コーヒーの苦みや香りの分子だけを、その油の層へ抽出する。これで「ミルク成分が残った水」と「コーヒー成分が溶けた油」の2つに完全に分離できる。

 最後に、引き離したそれぞれの成分に、今度は逆の化学反応を起こす薬剤を入れ、変化させた分子の形を元の形へ戻す。

 こうすれば分子のレベルで「コーヒーの部品」と「ミルクの部品」に完璧に分けることができる。しかし、いざこれらを水に溶かして、元の「ブラックコーヒー」と「白い牛乳」に戻そうとすると、化学反応の副産物(不純物)が混ざるし、香りの成分は化学反応に耐えられず崩壊して失われる。


「他に方法は?」


「ない。無いから困っとるんじゃ」


 万物にはできるだけバラバラに散ろうとする性質がある。

 エントロピーの法則は、この世界でも健在だ。

 故にコーヒーとミルクを混ぜる(成分をバラバラに分散させる)のは簡単だが、分離する(成分ごとに集める)のは難しい。


「そしたら、水分を抜いて成分を分離する方法で、まずは魔力だけでも取り戻すか」


「ええのか?」


「共振する方法はあとで考えるよ。

 魔力が戻れば寿命が伸びるんだから、共振の方法を探す時間も稼げる」


「じゃあ、やってみるか」


 とりあえず寝てからな、とスミスは寝床へ戻る。

 そういえば、この地下帝国では今は「夜中」ということになっているのだったと思い出すベクターとクリス。太陽がないとどうも時間の感覚が狂う。



 ◇


 ちゅどーん!


 翌日、スミスの工房に爆発音が轟き、強固なはずの深成岩でできた建物はドラゴンの膨大な魔力の暴走で吹き飛んだ。

 呪詛によって固定されていた魔力が、取り出された瞬間に爆発したのだ。新品のスプレー缶に穴を開けたようなものだった。


「「……ぷふーっ」」


 埃まみれになった3人は、細く息を吐いて唇にたまった埃を吹き飛ばす。

 しばし呆然とした。まさか爆発するとは。

 いずれにせよ、計画は失敗。魔力は失われ、やり直しも利かない。


「なんという事じゃ……儂の工房が……」


「……やれやれ。仕方ない。プランBだ。別のドラゴンを倒して食おう」


「そんな簡単に見つかるかしら?」


「たとえ時間がかかっても、諦める理由はない」


「ベクターが言うと説得力が凄いわ」


「8年も君を探し続けたからね」


「おいコラ。なにをイチャコラしとるんじゃ。

 お前さんが煽るから、工房がめちゃくちゃじゃ。どうしてくれる?」


「乗ったスミスが悪い。

 無理なら無理だと言えばいいんだ」


「職人のプライドにかけて、できんなどと言えるか!」


「身の程をわきまえて、できそうな人物を紹介するというのが本当の『職人のプライド』じゃないか? 失敗してしまえば、今まで積み上げた信用が失われるんだから」


 信用とは、心理的な期待値のことだ。過去の実績を見て、次も大丈夫だろうと予想することだ。確率的に起こりうる結果の「理論上の平均値」の、その「印象」である。

 だから9回成功しても、10回目に失敗すると、11回目の期待値は「成功率90%」なのに、心理的には「50%」の印象を受ける。これが信用が崩れるということだ。


「ぐぬぬ……! 言わせておけば……!」


「ちなみに冒険者が『そういうプライドの見せ方』をした場合、失敗したら死ぬ」


 自分なら出来る、と無謀に挑戦して。

 結果クリスはクーになった。


「「うぐ……!」」


 ベクターの正論パンチ。

 クリスとスミスは精神ダメージを受けた。効果は抜群だ。


「え、ええい、やかましいわ! 儂も一緒に行くぞ! ドラゴンの財宝を手に入れて、工房を再建するんじゃ!」


「真面目に働けば安全に再建できるだろうに、命を危険に晒すのか。

 負け分を取り戻そうとして、もっと危険な賭けに出る。

 クリス。これがギャンブラーってやつだ。こうはなるなよ?」


「うん」


「うっさいわ! すでに冒険者のくせに! 行くったら行くんじゃ!」


 スミスが強引に仲間になった。

読んでくれてありがとうございます。

楽しんでいただけたら幸いです。

★とかブクマとか感想とか頂けると嬉しくて夜しか眠れなくなります。

(;`・д・´)押すなよ!? 絶対に押すなよ!?

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