第22話 再訪
例によって「冥界の入口」をきちんと攻略することはない。
ベクターは吹き抜けを飛び降り、結界で身を守りながら落下速度を制御する。
「ドラゴンの姿だった時は自力で飛べたから何とも思わなかったけど、止まる手段がない状態で落ちるって怖いわね」
クリスがしみじみと言う。
人間として当たり前の感覚が、8年の断絶を経て、懐かしい。久しぶりに故郷に帰ってきたような気分だ。
「俺が結界で制御してるんだから落ちて死ぬ心配はないよ」
「そうだけど……」
「自分で出来なければ怖い。それは当たり前のことだな。
では『自分で出来る』とは、どういう状態かというと、俺達はずっと一心同体でやってきた。自分ひとりで出来なくても、クリスができるなら俺が怖がる必要はない。そうだろ?」
「それはそう……だけど今の私は、できる事が少なくなったから……」
「それを今から取り戻しに行くんじゃないか」
最下層に到着して、冥き宝玉で開いたゲートをくぐる。
その先は、海抜マイナスに存在するダークドワーフの地下帝国だ。
相変わらず地獄のような光景で――といっても、つい先日来たばかりだが――深成岩に囲まれた巨大洞窟の、壁や天井から赤く輝く溶岩が湧き水のように流れている。木質化した巨大キノコが森林のように生えており、気圧は地上の3倍、気温も80度を超えてサウナみたいな環境だ。
「前回は地下帝国を見る暇もなくスミスに出会ったから、今度は観光できるといいな」
「観光というか探検というか……私たち、スミスの家も知らないわ」
「そんなことは心配ないさ。
スミスの姿は知ってるんだから、探知結界を広げてやれば……ほら見つけた」
「だからなんで結界を動かせるのよ……」
本当にベクターねぇ……と呆れたようにつぶやくクリス。
ベクターが探知した方向へ歩くと、起伏の激しい地形の先に、地下都市が姿を現した。周囲にあり余る深成岩を建材に使った、美しく黒光りする建築物。表面は鏡のように磨かれ、重厚感と高級感を醸し出している。
中央に巨大な建築物があり、おそらく宮殿なのだろう。そこから四方へ通路が伸びていて、その周りには城廓都市のように高密度の建築物がひしめき合っている。建材となる深成岩そのものが重くて頑丈――加工が難しいせいか、崩れないように建築する技術は地上より発達しているように見える。なにしろ見た目には現代地球の先進国によくある真四角のオフィスビルそっくりだ。そこまで背が高くないので、美術館や博物館に近い印象か。
だが周囲を深成岩に囲まれた環境では「外敵に襲われる」という心配がない。そのため門番みたいな「外から来る者への見張り」は居らず、すんなり街へ入ることができた。
「建築物は立派だが、活気がないな」
「活気がないというか、人が居ないわね。まるで廃墟だわ」
そのくせ建物が古びた様子はなく、ついさっきまで人が居たかのようだ。
たとえば朽ちて崩れたところがない。それにホコリが溜まっているのが壁と床の角の近くだけだ。本当に人が居ない場合は、床全体にまんべんなくホコリが溜まる。
まばらに物音が聞こえるので、まったくの無人というわけではなさそうだ。しかし誰かとすれ違うことはなく、まるで田舎村を散歩しているような静けさである。
「スミスと出会ったときには、スミスが籠に鉱石をいっぱい入れて背負っていたっけ。あれって、たぶん採掘に出かけた帰りだったよな?」
「でしょうね。……こんな都市単位でみんな出払ってるってこと?」
ダークドワーフとはそういう生活様式なのだろうか。ベクターとクリスは首を傾げた。しかしダークドワーフのことも、普通のドワーフのこともよく知らないので、推測するにもヒントが足りない。
結局、考えるのをやめてスミスのもとへ。すると答えは簡単に分かった。
「誰じゃ!? こんな夜遅くに!」
家を訪れると、迷惑そうな様子でスミスが出迎えた。
「夜中だったのか。すまん」
「ごめんなさい。太陽がないと時刻が分からないわ」
「おお! お前さんたちか!
せっかく呪いが解けたのに、こんな所まで何をしに来たのじゃ?」
「お礼も言わせずに帰るとは水臭いじゃないか」
そう言ってベクターは酒を取り出した。
「ドワーフは酒好きだと聞くが、ダークドワーフも同じかな?」
「もちろんだとも。何よりの礼じゃ」
受け取ったスミスは、酒を掲げてくるくると踊りだした。
「ぃやっほぉーう! もろたでぇ~!」
なぜか関西弁で喜ぶスミスであった。
だが、ひとしきり喜ぶと、クリスが神妙な顔をしていることに気づく。
「……それで、今度は何をさせようというのじゃ?」
「スミスに渡したドラゴンの呪いだけど、魔力もいっしょに引っこ抜いていったわ。
もし分離できるなら、魔力だけ返してほしいのだけど」
「おいおい……簡単に言ってくれるが、デタラメな話しじゃぞ?
ドラゴンの呪いはただでさえ強い。その呪いをかけた本人の魔力となれば結びつきも強いからな。
お前さんは『毛皮だけ剥ぎ取ったら肉は返せ』という感覚かも分からんが、それほど簡単な話ではない。例えるなら『カフェオレから牛乳だけ返せ』と言っているようなものじゃ」
「スミス。それは『そもそも不可能』なのか?
それとも『自分の腕前では難しい』という事なのか?」
「…………」
スミスはぴたりと動きを止めた。
そして数秒固まったあと、深く息を吸い込んだかと思うと、クソデカため息をついた。
「……はぁ~!
ベクター……お前さんは、本当に嫌な聞き方をしてくれるのぅ。
全力を尽くす。だが失敗しても文句は言わんでくれ」
スミスは困りきった顔で言った。
職人のプライドにかけて「できない」とは言えない。
だが、その困りきった顔は、決して成功率が高くないことを如実に物語っていた。
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