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第21話 幸福

 ドラゴンの血肉を食べて強化されたベクターは寿命も長くなっている。だが一緒に食べたクリスは、呪詛とともに魔力が抜けてしまい、人間の寿命に戻ってしまった。このままではクリスのほうが早く死んで、ベクターを独りにしてしまう。


「何から始める?」


「スミスに頼むのが最優先だな。

 ほうっておくと魔力を何かに使ってしまうかもしれない」


「たしかに」


 ベクターとクリスは、クリスの魔力を再び強化するため、まずはスミスのもとへ向かうことにした。スミスは呪詛とともに魔力を回収して持ち帰ったので、分離して魔力だけ戻すことができれば解決するからだ。

 教会本部を出て、ダンジョン「冥界の入口」へ向かう。その最下層に開いたダークドワーフの地下帝国へのゲートを通るためだ。例によってベクターの結界でヘリコプターのように飛んでいく。


「前から思ってたけど、これってだいぶデタラメよね?」


 クリスが言う。

 飛んでいる間、特にやることがない。こういう時間こそ、長らく切望していた会話を楽しむ時間だ。


「デタラメ?」


 ベクターにとっては、こういう使い方はできて当然のもの。

 デタラメと言われてもピンとこない。


「普通、結界って動かないものじゃない?」


 結界とは、ある空間・場所の内外を分ける境界線である。国境や玄関の敷居と同じもので、土地に固定されて動かないことに意味がある。断じて動かして使うものではないのだ。


「ああ……なんか爺ちゃんも驚いてたな」


 祖父から魔法を教わったベクター。

 他の魔法がろくに使えない中、結界だけは上手に使えたが――


「はぁ!? 嘘じゃろ!? 結界は動かないものじゃぞ!? 動いちゃったら結界ごと吹っ飛ばされて防御効果ないじゃないか!」


「え? ダメなの? これなら水くみに使えると思ったのに」


「ファッ!? ……た、確かに……? それに、結界で囲めば、魔法を維持する限り、転んだりしても水はこぼれない……いやいやいや、待て待て。そもそもなんで結界を動かせるんじゃ? 地面を基準に場所を指定して発動する魔法じゃぞ? おかしいじゃろ。動かせるとか、どうやって場所を指定しとるんじゃ?」


「え? 場所の指定なんて、指さして『ここ』ってやればいいじゃん」


「ファーッ!? わしの孫もしかして天才か!? なんでそれで術式が破綻せずに発動するんじゃ……理解できん……!」


 ――祖父はベクターの結界魔法に驚いていた。

 このあたりは生活水準の違いもあるだろう。ベクターは、前世が日本人だった記憶を持つ。


「デタラメ、かぁ……」


 確かにこの中世ヨーロッパ風の世界からすれば、現代日本の常識はデタラメだろう。様々な物品を持ち運ぶことが「できて当然」だった。

 自動車・電車・船舶・飛行機――移動・物流のインフラが発展した結果「気軽にどこへでもいける」「通販などで遠くの物品でも気軽に買い求められる」という状態になって、人が土地に縛られる理由がなくなった。

 結果として「同じ場所で長く付き合う相手」というのが減り、全体的に人間関係が希薄になって「来客の減少→玄関を小さく造る」「賃貸住宅を移動の都度借りるのが面倒→家そのものを持ち運ぶ(キャンピングカーやトレーラーハウス)」といった諸現象が現れた。


「でも、デタラメといえば、クリスもだいぶデタラメじゃないか?」


「私が?」


「たった1人でロングホーン山のドラゴンに挑むとか、どんな考えを起こしたらそうなるんだよ? しかも失敗して呪われるとか『ミイラ取りがミイラになった』どころじゃないだろ」


「ベクターだってやったじゃん。しかも討伐したし」


「クーが一緒に居たから俺は2人だもん」


「うぐ……」


 実際のところ、あの戦いはクーがいなければベクターは死んでいただろう。結界で回復魔法を増幅するのが間に合わずに潰されていたはずだ。

 しかし「クーがいなければ」というのなら、そもそもベクターはロングホーン山に登ろうともドラゴンに挑もうとも思わなかったはずで、そうなるとますます1人で挑んだクリスの蛮勇がどれだけ無謀だったのかということを強調することになる。

 とはいえ、その時点で「クーがいない」というのはベクターにとって考えられない事であり、人間の姿に戻った今でも「クリスがいない」というのは考えられないことだ。


「クリス……ありがとう」


 ベクターはクリスの頭を撫でた。

 左側にいるクリスを、右手で撫でる。ちびドラゴンの姿で左肩にいたクーに、いつもやっていた通りに。

 クリスは定位置へ頭を差し出し、ベクターの手の感触を楽しんだ。


「急に何?」


「いつも一緒にいてくれて」


 クリスは黙ってベクターの左腕を抱きしめた。

 しばらく黙って流れていく景色をぼんやりと楽しむ。

 何ということのない時間が流れていく。

 それはとても穏やかで満ち足りていた。


 そして「冥界の入口」が、眼下に見えてきた。

読んでくれてありがとうございます。

楽しんでいただけたら幸いです。

★とかブクマとか感想とか頂けると嬉しくて夜しか眠れなくなります。

(;`・д・´)押すなよ!? 絶対に押すなよ!?

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