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第20話 解呪

 世界樹の杖、聖なる宝玉、ダークドワーフの協力者――クーの呪いを解くための全ての条件がそろった教会本部で、再び解呪がおこなわれた。


「まずは世界樹の杖。これを解呪の実行役である私が装備します」


 高位神官が世界樹の杖を手に取った。

 高位神官の魔力が増幅され、神聖魔法に特化したその魔力は輝きを増した。まるで天使が降臨したような神々しさだ。


「そして聖なる宝玉を祭壇に」


 高位神官の案内で、ベクターが聖なる宝玉を祭壇に置く。

 ベクターとクーが奔走している間に、高位神官はこの祭壇を用意していた。


「スミス殿は祭壇の反対側へ。呪詛を引き受けるご準備を」


「うむ」


 スミスが不格好な人形を祭壇に置いた。


「それは?」


 ベクターが尋ねる。


「形代といって、呪いを引き受ける道具じゃ。

 呪いには『自ら対象者へ向かっていく』という性質がある。このため飛んでくる矢を避けるのとは違って、呪いは避けることができない。避けても呪い自体が自ら向かっていくからじゃ」


 自動追尾。これが魔法とは決定的に違う、呪いの面倒なところである。この性質ゆえに、呪いには「射程距離」とか「効果範囲」という概念がない。


「そこで呪いに『対象者』を誤認させる。

 この形代が、対象者の代わりに呪いを引き受けるのじゃ」


 ミサイルに対するフレアのようなものだ。

 要するに本人の身代わりである。これを利用して「致命的な一撃を受けたときに代わりにそのダメージを受ける」という護身具がある。マイ〇クラ〇〇でいう「不死のトーテム」と同じだ。この世界ではたいていネックレスにして装備するが。


「ちなみに、これの材料によって引き受けられる呪いの強さが変わる。

 こいつはダークドワーフの地下帝国でのみ採掘できる闇の魔法金属マブロニウムを使った特別製じゃ。精錬するのが厄介で使い物になる純度のマブロニウムは希少じゃが、呪いの最大容量は無類じゃ。

 お前さんにはドラゴンの素材と呪いを貰うのじゃからの、このくらい奮発せねば釣り合わんわい」


 つまり確実に成功するということだ。


「ありがとう」


 ベクターは思わず頭を下げていた。

 スミスは笑う。


「対等な取引じゃよ」


 カツン、と高位神官が世界樹の杖で床を叩く。

 同時に祭壇が起動した。世界樹の杖から祭壇に施された魔法陣へと魔力が流れ込み、さらにそれが聖なる宝玉で増幅されていく。


「では始めましょう。

 ベクター様、クーさんを祭壇へ」


「クー、行って来い」


「クー」


 神妙な声で鳴き、クーが祭壇へ飛ぶ。


「では始めます。スミス殿」


「いつでも」


「ブリーチカース」


 高位神官が唱えると、聖なる宝玉から膨張するように球形の魔法陣が広がった。

 クーの体から呪いが剥がれ、浮き上がっていく。それはこびりついた汚れを落とすように少しずつ進んだが、高位神官はその間も絶えず魔力を消費する。


「くっ……! 魔力が……!」


「どうぞ」


 ベクターが結界を使って魔力を「輸血」する。自分の魔力を他人に分け与える魔法を、結界で増幅して実行したのだ。

 もっとも、今のベクターなら普通に魔法を使うだけで効果は十分。結界で増幅する必要はなかった。


「うっ……ぷ!? おえっ……!」


 過剰な魔力を流し込まれて、高位神官は吐きそうになった。食べすぎてリバースするような感じだ。

 しかし今は、幸いにして「はけ口」がある。受けた魔力を解呪の魔法へ流し、自分自身をただの「管」として機能させる。

 威力を増した魔法が、まばゆい光を放ち、クーの呪いを一気に剥がしていく。


「そら来い!」


 スミスが気合を入れる。

 形代が呪いを吸い込んだ。

 すると無事に解呪が成功し、クーは人間の姿に戻る。サイズが変わり、骨格が変わり、翼や鱗は消え、髪が伸びる。

 己の手を確認し、体を見下ろし、人間の姿に戻ったことを理解したクーは、ベクターを振り向いた。


「ベクター……!」


 駆け寄り、抱きしめる。

 最初に告げる言葉は決まっていた。


「ありがとう」


 次に言いたい事も。


「私はクリスよ」


 高位神官は疲れた体を引きずるように退室した。しばらく休まなくては。

 スミスは結果を見届けて、呪詛を手に地下帝国へ戻った。別れは告げない。どうせ今の2人には耳に入らないだろうから。



 ◇



 ようやく落ち着くと、クリスは重要なことに気づいて、悲しんだ。


「どうした?」


「呪いといっしょに魔力も失ってしまったわ」


 クリスは呪詛とともに「ドラゴンの血肉を食べて得た強化分の魔力」が抜けてしまい、弱体化していた。

 魔力の共通点がなくなり、ベクターとの共振もロングコートとの共鳴もできなくなった。だが重要なのは、そこではない。


「呪いを受ける前の強さに戻っただけだ。悲しむことじゃないだろ」


 ベクターは言う。

 それでもクーは悲しんだ。


「今の強化されたベクターは、人間の枠をはみ出してドラゴンに近い存在になっているわ」


「うん、まあ、そうだな」


「寿命も伸びているはず」


「うん? ……ああ、そういえばそうか」


 強力な魔力は肉体を活性化させる。ドラゴンの防御力は細胞単位の防御結界によるものだが、そのパワーは肉体が活性化したことによる。筋肉が活性化して筋力が増すのだ。そしてそれは細胞の新陳代謝も同様だ。

 新陳代謝によって細胞分裂する際には、その中身であるDNAを複製する。老化の原因は、そのとき複製が不完全だからだ。これが魔力で活性化されると、複製の精度が上がる。要するに「90%複製」が「99%複製」になると寿命が10倍になるわけだ。


「私だけが人間の寿命では、数十年で介護を押し付けたあげく、その後ベクターを長く独りにしてしまうのよ?」


 家族を喪いヤングケアラー生活を8年続けて精神的に擦り切れたベクターを見てきたクリスは、その事が我慢ならなかった。

 ベクターはちょっと考えて、冷静に答えた。


「ふむ……じゃあ、方法は5つだな」


「5つも!?」


「ひとつめは『それでよし』と考えること。天寿を全うした上でなら、クリスが俺より先に死ぬのは構わない。クリスを独りぼっちにしなくて済むからな」


「そっ……」


 考えていることは同じ。

 ゆえに立場が逆なら同じ発想になる。


「ふたつめは、クリスが死んだら俺も死ぬこと。今の体でどうやって自殺するのかは難しい問題だがな」


 頑丈すぎて死ねそうにない。

 贅沢過ぎる悩みだが、クリスは即座に否定した。


「それはダメよ!」


「うん。俺もこれはあんまりやりたくない。クリスが喜ばないだろうからね。

 みっつめは、クリスを鍛えること。魔力を増やすように猛特訓すれば、いくらか寿命が伸びるだろう」


 高名な魔術師が150年とか200年とか生きた記録はある。

 そういうものを目指すのだ。ただし、それでもベクターのほうが遥かに長生きするだろう。


「頑張るけど、私は剣士だから鍛えても魔力はあんまり増えないかも……」


 クリスは落ち込んだ。


「あ。それで思い出した。剣を返すよ」


 ベクターはずっと持っていた剣をクリスに返した。

 ドラゴンの巣で拾ったときから、いつか返すためにベクターはずっと腰に差していた。


「よっつめは、スミスに頼んで、呪詛と魔力を分離して、魔力だけをクリスに戻すことができないか相談する方法だ。確実ではないし、時間もかかるだろうけど」


「安全な方法だし、共振も使えるようになるから、それが理想だけど……」


 いざとなれば再び呪われることは構わない。

 しかし、それではベクターの苦労を無にしてしまう。

 それに、あれほど苦労して解呪したものを、そう簡単に加工できるとは思えなかった。


「いつつめは、もう1頭ドラゴンを倒して食べることだな。今度はクリスが多めに食べるといい。装備は作り直しになるが、共振もできるようになるだろうし、同じくらいの寿命に調節することもできて、さらに強化されるからもっと長く一緒にいられるようになる」


「問題はドラゴンの居場所が分からないことね」


「まあ、順番にやろう。

 慌てることはない。時間はたっぷりあるし、これからは会話もできて道中も楽しめる」


 これからやろうとしている事は、まさに、すべてそのためだ。

 目的を忘れて手段だけを追い求めようとしていた事に気づいて、クリスはベクターの腕を抱きしめ、いつもやっていたように左肩に頭を預けて目を閉じた。

 ようやく会話できるようになったのに、その事を楽しむためにやった最初の行動は沈黙だった。

 相変わらずままならない。

 だが今回のこれは、悪い気分ではなかった。

読んでくれてありがとうございます。

楽しんでいただけたら幸いです。

★とかブクマとか感想とか頂けると嬉しくて夜しか眠れなくなります。

(;`・д・´)押すなよ!? 絶対に押すなよ!?

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