第19話 地底
クーの呪いを解くために必要な3つのもの。その2つまでを手に入れ、残るはダークドワーフの協力者のみ。ここまでの協力に感謝して、ベクターとクーはエルフの隠れ里とフォルテに別れを告げた。
そしてベクターは高位神官の言葉を思い出す――
「ダークドワーフ? 普通のドワーフとは違うのでしょうか?」
「ええ。普通のドワーフとは別の種族です。エルフに対するダークエルフのようなものですね。
普通のドワーフは、鉱山――『大地の盛り上がった場所』に住んでいるわけですが、ダークドワーフは地下深くに住んでいると言われています」
「地下深く?」
「実際のところは分かりませんがね。何しろ、往来する方法もなければ、人前に姿を見せることもありませんので。
ただ、神のお告げがあった以上、実在するのは確実です」
「では、どのように移動すれば……?」
「ご安心ください。その方法はお告げがありました。
世界の運行に支障をきたす問題を解決した暁に手に入る『冥き宝玉』を使うのです」
――ベクターは今、その冥き宝玉を手にしている。
ダークドワーフは地下深くに住んでいる。高位神官の言ったことは事実だ。どれくらい地下深くなのかというと、海底よりもさらに下である。標高0mがダークドワーフにとってはエベレスト山頂だ。
そこで必要になるのが闇の楽園で闇の精霊から貰った冥き宝玉である。太陽が隠れるという未曾有の大惨事を食い止めた報酬に貰った冥き宝玉。それは解呪に必要な最後のピースを手に入れるための道標だった。
「起動せよ。そして我が前に道を示すのだ」
ベクターが格好つけて魔力を流す。あとで黒歴史になるだろうが、今のベクターはもうすぐクーの呪いが解けるという期待と希望に満ちていて、調子に乗りまくっている。
もちろん冥き宝玉は正常に起動した。これを使うと地下帝国へワープできる魔法のゲートが開く。海底より低い場所とは、どんな環境か? マリアナ海溝の最も深い部分であるチャレンジャー海溝は、深さ10km以上の深い溝だ。もしそこが海水ではなく空気で満たされていたなら、気圧は地上の3倍、気温は80℃以上になる計算だ。気温は標高が1km下がるごとに6.5℃上がるのだから。
ゆえにゲートを開く場所は、できるだけ深い場所が適するだろう。唯一の候補は冥界の入口の最下層。ダンジョンとしては100階層以上と飛び抜けた深さを持つが、マリアナ海溝と比べるとせいぜい300~400mの深さでまったく話にならない。
神の肛門である冥界の入口。それよりさらに下に住み、神の肛門から現れて、神の体内である地上世界へ進入するということは……ダークドワーフは神の坐薬か? ベクターは考えるのをやめた。
「ここがダークドワーフの地下帝国……」
ゲートをくぐると、赤黒い光景が広がっていた。赤は溶岩の光だ。そこかしこから湧き水のように流れ出て、天然の光源として周囲を照らしている。黒は深成岩らしき岩石。地下なので空は見えない。少し離れた場所に、木質化した巨大なキノコが森のように生えている。
「お? なんじゃ、お前さん? ヒゲも生えておらん小僧がこんな所で何をしておるんじゃ?」
溶岩による熱で日焼けしたのか、黒々とした肌のドワーフが話しかけてきた。
肩にツルハシをかつぎ、背中に鉱石を満載した大きな籠を背負っている。
「俺はベクター。こっちはクー。
呪いの専門家を探している。ダークドワーフは呪いに長けた種族だと聞いて、地上からやってきた」
「地上から!? そりゃまたご苦労なことだ。遠かっただろう? ダークドワーフの地下帝国に来た地上人なんて、お前さんが初めてじゃないか?
ドラゴンなら来たことがあるが……そんなチビスケが来るのは初めてじゃな。
おっと申し遅れた。儂はスミスじゃ。
で? 呪いの専門家? どんな呪いじゃ? 儂らダークドワーフにとって呪いなんてものは家庭料理と同じじゃ。同じ呪いでも、その家ごとにレシピが違う。ここで会ったのも何かの縁じゃ。まずは儂が見てやろう」
「このクーが、ドラゴンの呪いを受けている。
元々は人間だったが、呪いのせいでこの姿だ」
「クー……」
クーが落ち込んだように鳴いた。
「ああ、この奇妙に分離した魔力はそのせいか。
剥がすのは難しいが、剥がしさえすれば我が家のレシピでも吸い取って捨てるぐらいはできるじゃろう。剥がした呪詛をくれるなら、儂が手伝おう。ドラゴンの呪詛とは興味深い。
だが剥がすには神聖な魔力が必要じゃ。アテはあるか?」
「全く問題ない。
神のお告げと高位の神官、それとコレがある」
聖なる宝玉を取り出したベクター。
だがそのとき、一緒にしまっていたドラゴンの素材がポロッと覗いた。
「むっ!? それは!」
「どこ見て……? え? これ?」
「ドラゴンの骨ではないか!」
「牙や爪もあるぞ。欲しいのか?」
「欲しい! それをくれるなら呪詛は諦め……いや呪詛も欲しいな! 悩む……悩むぞ! おおっ……! 儂はどうすればいいんじゃ!?」
「呪詛もやるよ。
鍛冶が得意だと聞いたが、ドラゴンの素材も加工できるのか?」
「もちろんじゃ! 儂は鍛冶が専門じゃからな!
ふふふ……! こんな貴重なもの……腕が鳴るわい!」
これほど地下深くへやってくるドラゴンはめったに居ない。地面を掘るくらいドラゴンのパワーなら何も難しくないが、ドラゴンは飛ぶ生き物だ。巣穴を掘るにしても、ダークドワーフの地下帝国まで達するほど深くは掘らない。基本的には山に住み着くのだから。
「それなら、俺達の装備を作ってくれたら、ドラゴンの素材も渡そう」
「おお、本当か!? それなら何でも作ってやるぞ!」
「ドラゴンの翼がある。これで俺たちのマント……いや、ロングコートを作ってくれ。
クーのほうは、呪いが解けて人間に戻ったときにも使えるようにしてほしい」
血肉は食べたベクターとクーだが、牙や爪や鱗や骨と同じく、翼は骨と皮だけなので食べるところがなくてそのまま残していた。
ベクターがロングコートを選んだのは、マントよりも両腕が自由になるからだ。特に剣を使っていたクーは、人間に戻ったとき両腕が自由になるほうがいいだろう。
「任せろ! サイズの自動調節くらいはダークドワーフの基本じゃ! 本物の髪と同じように伸びるカツラだって作れるんじゃからな!
他にどんな効果が欲しい?」
「環境耐性と防御力だな。
暑い・寒い・暗い・眩しい・水中で呼吸できない・気圧や水圧が高すぎる・低すぎる・疲れた・眠い・腹へった・喉かわいたなどの影響を無効化するものと、魔法・物理を問わずできるだけ高い防御力がほしい」
「贅沢盛りか!」
「できないのか?」
「誰がじゃ! そのくらい出来るわ! 朝飯前じゃ!」
「じゃあついでに麻痺や石化などの状態異常と即死の無効化も。
あと即死効果がなくても単純に威力が高くて即死する場合に無効化するのと――」
「ごめんなさいギリギリですもう勘弁してください」
「じゃあ、言った順で出来るところまででいい」
「ぐぬぬ……!」
スミスは意地になって呪いを刻み、言われた効果をぎゅうぎゅう詰めにして装備品を完成させた。
「どうじゃ!」
「どれどれ……」
ロングコートに袖を通したベクターとクー。
すると装備したとたんに、ロングコートは黒い不定形のナニカに変わった。風にはためく布のようでもあり、波打つ水のようでもあり、粘土のように変形する金属のようでもある。
「なんじゃこりゃ? これが呪いの効果なのか?」
「いや、違う……! これは……共鳴じゃ! お前さんたち、この素材のドラゴンを食ったな!?」
ベクターとクーが装備したものは、ベクターとクーの膨大な魔力とロングコートの素材とが同じドラゴンに由来することから、それぞれ共鳴を起こし、魔力の操作に応じて変形する不定形の装備になったのだ。
「おお……! これ、面白いな!」
ロングコートが翼になったり拳になったり剣になったり盾になったり。
サイズの自動調節が装備者の体格を基準にするため、あまり大きくなったり小さくなったりは無理だが、自由に変形できる。様々な使い道がありそうだと予感して、ベクターは喜んだ。
「クー……! クー……グエ……クー……」
その横で、クーは自分自身を包んで3頭身のデフォルメ人形みたいな人型を取った。この装備なら、呪いを解かなくても変身できるのだ。色だけは変わらないので墨汁でも浴びせたように真っ黒だが。
ただし、クーの望みは姿そのものではなかった。変身できるのだから声も出せるようになるのでは……と期待したのだ。会話ができれば意思の疎通が可能。今までのようにベクターの声を聞くだけでなく、クーから話しかけることもできる。
そう期待したものの、現実は薄情だった。声帯を再現するほど繊細な変形はできなかったのだ。ベクターがロングコートを剣にした時に気づくべきだった。剣にしても刃がついてないので、ただ巨大なだけのペーパーナイフである。
「クー……」
落ち込むクー。
ベクターはその頭を撫でる。クーが何をしたかったのか理解できてしまったから。
「大丈夫。もうすぐ人間の姿に戻れるんだ」
そしていよいよ地上へ――
「ぐわあああ! 目が……! 目がぁぁぁ!」
出てきたとたんに、スミスは両手で目を覆ってのたうち回った。
薄暗い地下帝国に馴染んで暮らしていたため、地上の明るさがダークドワーフにとっては過剰だったのだ。スタングレネードの爆発を直視したようなものだ。一時的だが、しばらく視力を失う。
「大丈夫か?」
ベクターは光を遮断する結界を使い、スミスを保護した。
考えてみれば、とすぐさま気圧を3倍にする結界と気温を60℃上げる結界も重ねる。ダークドワーフにとって地上に出るのはエベレスト山頂に登るようなものだ。空気が薄すぎる上に寒すぎる。
「す、すまん……助かった……」
「このまま連れていこうか?」
「いやいや、それには及ばん。
儂はダークドワーフ。技術力に頼みを置く種族じゃ。どんな困難でも自力で解決できねばダークドワーフの名折れというもの」
そう言ってスミスは、結界を模倣した装備を作り始めた。
深成岩を向こうが透けるほど薄く削ってサングラスを作り、木質化した巨大キノコの樹皮からフードつきの防寒着を作って、呪いを刻んで気圧耐性を付与する。酸素の薄さをカバーするための呪いを付与したマスクも装備して、すっかり不審者スタイルだ。
「これでよし! さあ、今度こそ行くぞ!」
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