第18話 楽園
ダンジョンコアを台座から取り外すと、すぐに新しいダンジョンコアが生成された。コアを失ってダンジョンが崩壊するといった心配はなさそうだ。
生者の世界は神の体内という神話から考えるに、現在地「冥界の入口」の最下層は、創造神の肛門のすぐ内側。このダンジョンはつまり創造神の腸であり、それを正常に稼働させるためのダンジョンコアというのは……切れ痔の傷口にできたカサブタみたいなものだろうか?
「……死後にでも激怒した創造神にぶん殴られそうだ」
ベクターは考えるのをやめた。
来たときと同じように、魔物を無視して吹き抜けを通り抜け、街へ戻る。
「お? これから挑むのか?」
街に戻ったところで「真鍮の蝙蝠」と鉢合わせた。
聞かれたベクターは、いやいや……と手を振る。
「戻ってきたところだ」
答えてダンジョンコアを見せてやる。
「この短時間にどこのダンジョンを攻略したのか知らないが……」
「これがAランクの実力かァ」
「ダンジョンってそんな簡単に攻略できるものだっけ?」
「俺達が追い抜かれるのも納得だな」
真鍮の蝙蝠は「冥界の入口」のコアだとは信じなかった。
彼らに信じてもらう必要はないので、ベクターはスルーした。
「おまたせ」
妖精の小道の入口で待っていたフォルテと合流し、エルフの隠れ里へ移動する。
エルフ警備隊と里長がすぐさま集まってきた。
「これが100階層以上あるダンジョンのコア……すごい魔力を感じる」
「嵐でも来たのかと思ったわい」
持ち帰ったダンジョンコアを世界樹の精霊に渡すと、ベクターとクーは太陽――もとい「光の楽園」へワープさせてもらう事になった。
「では『光の楽園』へ送りましょう」
「お待ちを。『光の楽園』は光の精霊だけが住まう土地と聞き及びます。神のお告げがあったとはいえ、使徒ベクター殿は手順を踏んでこの隠れ里へ送り込まれ、我らエルフには使徒が来るとのお告げはありませんでした。
『光の楽園』でも同じだとすると、現地での混乱を防ぐためには、精霊との親和性が高いエルフが同行すれば、何かの足しになるやもしれません。ここはフォルテを同行させたく存じます」
「ボク!?」
「いいでしょう」
「あっさり!?」
そうしてフォルテが同行することになった。
突然の出張命令にフォルテだけが戸惑っている。
◇
「うわああん!」
「納期に間に合わないよぉ!」
「畜生め! 何やってんだ『闇の楽園』の奴らァ!」
光の楽園へ到着すると、想像通り明るい世界が広がっていた。真夏の真っ昼間みたいに明るい光に包まれた世界で、花畑が広がっており、あらゆるものが発光していて、どこを見ても影がない。
光の粒ひとつひとつが光の精霊なのだが、デスマーチ中のサラリーマンみたいな悲鳴があちこちから聞こえてくるので、ちっとも幻想的な気がしない。
「あっ、エルフだ! ようこそ『光の楽園』へ!」
「わっ、人間だ! どうして『光の楽園』に!?」
「げっ、ドラゴンだ! どうするつもりだ『光の楽園』を!?」
親和性が高くて支配力が弱いエルフのフォルテは歓迎された。
親和性が低くて支配力も弱い人間のベクターは驚嘆された。
親和性が低くて支配力が高いドラゴンのクーは警戒された。
どうやらフォルテが同行したのは正解だったようだ。
「用があるのは、こっちのベクターだよ。
神のお告げがあって、世界の運行に支障をきたす異変が起きているから解決しろと言われたんだって」
「はぁ~……またか。あのポンコツ創造神め」
「こっちには連絡しないんだから嫌になるよ。いつも僕たちには『報告しろ』って言うくせに、自分は報告しないんだから」
「それな。受け入れ側にも教えといてくれないと、いきなり来られても困るだけだ」
「……君たちも大変だな」
ベクターは前世の会社を思い出して、深く同情した。
トイレやドアが壊れて修理依頼書を提出したのに、業者へ連絡するのを忘れたまま何か月もすぎて、問い合わせたら「修理依頼書を提出しろ」と言われてイラッとしたが「出した」と言っても「受け取ってないし現物もない」と紛失を認めないので会議の場で提出して議事録に記載する形で記録してもらった。そうこうする間に生産終了したのか修理業者から「部品がない」と言われて、さらに2年待つことになったのである。
上層部は上層部でもっと大事なことに追われて忙しいのだろうが、それにしてもである。
「人間に同情されるなんて……いや、これは……なんて目をしてやがる……」
「お前……同じ死線をくぐり抜けたのか……」
「ベクター……仲間なんだな……」
光の精霊たちはベクターの前へ集まり、差し出された手のひらの上で肩を組んで泣き合った。
クーとフォルテが呆れたように見ている。
「それで? 何やら忙しそうだが」
「そうなんだ。実は『闇の楽園』が地上との間に侵入してきていてね。このままだと光を地上へ届けられなくなってしまうんだ」
「日食みたいなものか。
壊せばいいのか?」
「壊すなんて、とんでもない!
『闇の楽園』は地上に夜をもたらす重要なものだよ!? 君たちは眠らないと死ぬだろう?」
「自分たちは違う、みたいな言い方だな?」
「そりゃそうさ。光の精霊は眠らないよ。僕らは昼そのものだからね」
「え……じゃあ、不眠不休で労働を……?」
「当たり前だけど……何をそんなに愕然としているんだい?」
「……むごすぎる……」
ベクターは崩れ落ちた。
清く正しく生きて死んだ者は、死後に天国へ招かれ、神の鼻から吐息となって外に出るという。そして神の姿を直接見ることができるのだ。中でも特に優秀だった者は、神の口から言葉とともに天使に生まれ変わって出るというが――
「光の精霊でさえ、このブラック労働……天使になった死者はいったい……清く正しく生きた先が奴隷扱いの無限奉公なんて、救いがないにも程があるだろ……」
自分は適当に罪を犯して再び地上世界へ生まれ変わろう。
ベクターはそのように強く誓った。
「えっと……話を戻すよ?
それで『闇の楽園』に連絡を取ろうとしているんだけど、応答がないんだ」
「もういっそ直接乗り込むしかないんだけど、僕たちは光の精霊だから『闇の楽園』に行くのは危険なんだ」
「僕らは光そのもの。ちょっと薄暗いくらいなら照らしてやれるけど、『闇の楽園』は無限の闇が広がる暗黒世界だ。そんな場所へ行くと存在を削られるからね」
「難しい生態だな。遥か遠くの地上まで光を運ぶのに、暗いと死ぬのか。強いんだか弱いんだか……」
「火だって水をかけたら消えるんだから、そんな感じでしょ?」
フォルテが言う。
「そうだけど……。
それじゃあ、こういうのはどうだ? 光が確保できればいいんだろ?」
ベクターは光を反射する結界で精霊を包んだ。
するとミラーハウスにサーチライトをぶち込んだような光の乱反射が起きる。
「うひゃー! 明るい!」
「これなら大丈夫そうだ!」
「『闇の楽園』へレッツゴー!」
光の精霊は地上へ光を届けるのが仕事。その通常業務の輸送路に乗って「闇の楽園」に乗り込むと、見渡す限り光の粒が舞っていた。まるで1300万個のLEDでライトアップされた世界最大規模のイルミネーションのようだ。
ベクターたちにとって「十分に明るい」と思える環境で、本を読むことさえ可能に思えたが、これでも光の精霊にとっては存在を削られるほど「暗い」というのだから、脆弱なものだ。きっと闇の精霊たちも「光の楽園」や昼間の地上世界を訪れたら、同じように「存在を削られる」と忌避するのだろう。
「ああ忙しい忙しい! あっ、お前暇そうだな! ちょっと来い! ほら、こっちだ! 何してる! 早く来い!」
到着早々、猫の手も借りたいと大忙しの闇の精霊に強引に巻き込まれて、手伝いをすることになった。
向かった先は「闇の楽園」の地下深く。巨大な工場の内部や船舶の機関室みたいな所で、高い所で配管から何かのガスみたいなものが漏れている様子が見て取れた。
「アレを塞ぐぞ! その資材を持ってついてくるんだ! まずは足場を作る!」
「空を飛べる精霊が、足場?」
「あれは僕らに有毒なんだ。足場を作って安全を確保しなきゃ作業できない」
即席の防毒室を作るということだ。
安全な作業場を作って、そこで修理作業をおこなう。
「橋頭堡ってことか。
じゃあ、こうすればどうだ?」
ベクターは結界で配管のガス漏れを塞いだ。
すでに漏れたガスもあるので、闇の精霊を防毒結界で包んでやる。
「おお!? お前、やるなぁ! よし、今のうちに塞ぐぞ!」
魔法には射程距離や持続時間があるから、ベクターが立ち去れば結界は消える。
結界による応急処置が効いている間に、闇の精霊たちは急いで修理を済ませていった。
「いやぁ、助かった! それで? 何の用だ、お前たち?」
「実はこのベクターがカクカクシカジカ……」
「神のお告げでカクカクシカジカ……」
「もう怒る気もなくなったけど僕らの仕事がカクカクシカジカ……」
「そうなのか! それは手間をかけて悪かったな! お詫びにこれを持っていけ」
冥き宝玉を手に入れた。
修理が終わった「闇の楽園」は正常な動作へ戻っていく。
「今『光の楽園』から連絡があった。問題は解決されたようだ。
ありがとう、ベクター」
光の精霊と闇の精霊が協力してベクターを「光の楽園」に送り返す。
ベクターは光の楽園に戻り、聖なる宝玉を受け取った。
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