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第17話 迷宮

 エルフの隠れ里の隠蔽結界は無事に修理された。

 しかし警備隊長は、ベクターやクーを信用していなかった。


「たしかに強烈な魔力を感じたが、しょせんは人間とちびドラゴン。偉大なる世界樹と我らが隠れ里を守るための結界を直すのに、部外者の力添えなど何ほどのものか信用ならぬ!

 警備隊諸君、我らで点検しておこう!」


「「おおーっ!」」


 エルフは魔法に秀でた種族だから、魔法のことならエルフこそが最高の成果を出せるはず。彼らはそのように考えていた。それは政治的に「右」だが、自分が所属する集団を他よりも信用するという、人として極めて自然な反応であった。

 国産製品は外国製より信用できるとか、日本人であれば外国人よりも安心できるとか、そういうのと同じだ。もちろん警備隊長の態度は少々強硬ではあるのだが。


「進め! 将来の我らが子孫まで安心して暮らせるよう、どんな小さなほころびも見逃してはなら――っ!?」


「あ……が……!」


 隠蔽結界が作り出す「幻の迷路」に踏み込んだ瞬間、警備隊は硬直し、言葉を失い、それから間もなく意識を失って倒れた。

 本来は「方向感覚を狂わせる」という効果だった隠蔽結界。だがベクターとクーの魔力共振がそれを強化して過剰な効果を加えた。

 警備隊は、効果範囲に踏み込んだ瞬間、至近距離にドラゴンが居ることに気づいた。たまたまひょいと手をついた壁が、実はドラゴンの鼻先だった。そんな感覚だ。気配だけのドラゴンとはいえ、その殺気は本物同様。瞬時に生存を諦めるほど圧倒的な気配に、恐怖心のあまり意識を失ったのだ。


「結界には二度と近づきたくない……!」


「俺はもう警備隊をやめる……!」


 意識を取り戻したあと、警備隊の面々は即座に辞任すると言ってガタガタ震えた。

 ――あの屈強な警備隊が怯えている。

 隠れ里を守る立場の者が怯えるという異常事態にエルフたちは最初とても戸惑ったが、よく考えると撃退効果が大幅アップしたことを理解し、そして自分たちが出入りするには妖精の小道を使えばいいという事を思い出して、大喜びした。

 警備隊へ世界樹の雫を使って彼らの精神を治療することが決定。あわせてベクターに世界樹の杖が与えられた。



 ◇



 次に求める「聖なる宝玉」は、光の精霊が持っている。光の精霊は「光の楽園」にいて、それは一般に「太陽」と呼ばれる。遠すぎるのと速すぎるので到達できないため、世界樹の精霊にワープさせてもらう必要がある。

 先の功績でスムーズに交渉に入れたが、世界樹の精霊もそう簡単に実行できるわけではなかった。


「転移魔法は距離に応じて魔力を消費するので、それをあらかじめ用意してもらわなくてはなりません」


「俺達の魔力では足りないと?」


「まったく足りません。人間と大地の重さを比べるようなものです」


「では、どうすれば?」


「ダンジョンコアがあれば……それも100階層以上あるダンジョンのコアが必要です」


 そういうわけでダンジョンへ行くため、街に戻って情報を集めることに。なにしろベクターは100階層以上あるダンジョンなんて知らない。FランクからAランクへ一気に昇格した弊害で、本来このランクになるまでにあちこちで聞きかじるはずの情報を、まだ聞きかじっていないのだ。


「あれ? あんたは……」


「おお! 久しぶり!」


 街へ戻ると、冒険者になったばかりの時に野営のノウハウを教えてくれた冒険者パーティー「真鍮の蝙蝠」の4人とばったり出会った。

 さっそく酒場へ繰り出し、近況報告しながらお互いの無事を喜び合った。


「Aランクになったんだってな?」


「おめでとう」


「大出世だな」


「俺達あっという間に追い抜かれちまったな」


「ありがとう。

 まあ、でも、それで困ってるんだけど」


「何を?」


「普通は色々と経験して昇格するものだろう? 俺は経験せずに昇格しちゃったから、普通は知ってることを知らないままなんだ。

 たとえば『100階層以上あるダンジョンにしか存在しない素材を取ってこい』という話があったんだけど、そもそもダンジョンがどこにあるか知らないんだ」


「なるほどねぇ……でも、そんなのは周りに聞けばいいぜ。

 100階層以上のダンジョンなら『冥界の入口』が有名だな。ここからも近い。

 あとは『敗北者の楽園』もそうだったか?」


「敗北者の楽園は遠いぞ。

 冥界の入口なら割と近くだ。正式名『メガ・ミノ・ベン・ジョー迷宮』。その名の通り、メガ公爵の領地にあるミノ侯爵の領地の、ベン伯爵の領地にあるジョー子爵の領地にあるダンジョンだ。

 正確な場所はギルドで聞くといい」


 王国の爵位は公侯伯子男の5つ。公爵が「関東地方」「東北地方」といった単位で統治する領主、侯爵は都道府県知事、伯爵は「東京23区」「多摩地域」といった単位で統治する領主、子爵は市長・区長、男爵が町長・村長といった感じの階層構造である。

 メガ・ミノ・ベン・ジョー迷宮は、街の外にあるので子爵の名前まで。ダンジョンを囲んで形成された街もあって、そういう場合は子爵に続いて男爵の名前が加わる。デューク・マークィス・アール・ヴィカウント・バロン迷宮といった具合になるわけだ。

 ただし同じ「村」でも村長が男爵ではない場合もある。日本でも城趾がある町村とない町村があるのと同じだ。武士がいない村があるのと同じで、騎士団(専業軍人)を組織できない規模だと、きちんと男爵を置くことをしない。


「あそこは中央が吹き抜けの螺旋回廊だ。

 その吹き抜けで石を落として音が聞こえるまでの時間を測るとか、拍手してやまびこが聞こえるまでの時間を測るとかで、だいたい100階層以上あるらしい、というのが分かっている」


「実際の最高記録は地下19階だけどな」


 口々に教えてくれる4人。

 ベクターは首をかしげた。


「19階? 意外と浅いというか……」


「魔物がそれだけ強くて多いんだ」


「逃げ場のない一本道を、ひたすら魔物と戦いながら進まなくちゃならないからな」


「地獄の耐久戦だ。しかもアンデッドばかり出るから、疲れるのはこっちだけ」


「空を飛べる魔物が吹き抜けを通って襲ってくる事もあるしな」


 それなら吹き抜けを通ったほうが早いと考えたベクターは、結界に身を包んで落下することにした。

 しかし地下10階で巨大蝙蝠に襲われ、結界を頼りに無視して突破すると、地下20階で巨大蜘蛛の巣に引っかかった。頭上から巨大蝙蝠が迫り、正面から巨大蜘蛛が迫り、足元は強粘着の蜘蛛の巣で動けない。ゾンビやスケルトンは足場がなくて近寄れないが、ゴーストやレイスは大量に寄ってくる。

 ベクターは100階層以上あると分かっているのに最高到達記録は19階層である理由を理解した。それでも戦略に変更はない。クーのブレスで蜘蛛の巣を焼き切って、さらに下へ落ちていく。いちいち倒して進むのは面倒だから無視して進んだ。

 最下層に到達するのは、時間の問題だった。



 ◇



 おおむね、宗教における「神」と「世界」の関係は、以下の3つのうち、どれかに当てはまる。

 第1に、神が世界を創ったのであり、世界のすべては神と同一で、神の一部である。

 第2に、神はあまりにも偉大で、世界よりも大きい。だから世界の中に神が入ってくることはできない。

 第3に、それらはどちらも正しい。世界の中に神が入ってこられないのは、自分の体の中に自分自身では入れないのと同じようなものだ。


「うわぁ……」


 この世界の宗教は3番目のハイブリッド型を採用している。

 生者が住んでいる世界は神の体内であり、死ぬと神の体の外へ出ることになる。清く正しい者は天国へ招かれ神の鼻から吐き出す息として神の体の外へ出て神の姿を見ることができ、その中でも特に優れた者は神の口から言葉として出て天使になり「その言葉を運ぶ」という役割を与えられて神に仕える栄誉を得る。

 並大抵の者は「土に還る」と表現される通り、冥界へ「排泄」されて、清めの川で洗浄され――このとき生前に犯した罪が重い者や多い者は、洗うのに時間がかかって苦しむことになるとされる――洗い終わった魂は「肥料」として神の作物を育てる養分となり、実った作物は再び神に食べられ、魂はまたこの世へ生まれ変わる。


「まるでホタルの川だな」


 ベクターがダンジョンの最下層で見たものは、神の尻穴から出て清めの川へ落ちていく死者たちの魂だった。

 ベクターはダンジョンの正式名と教会の神像を思い出した。

 女神の便所迷宮――教会に祀られた創造神の像は、女神だった。

読んでくれてありがとうございます。

楽しんでいただけたら幸いです。

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