第16話 隠蔽
エルフの歌姫はベクターの実力を見て、信用することにした。
「ボクはフォルテ。キミは?」
「ベクターだ。こっちはクー」
「頼みがあるんだけど」
「いいぞ」
「まだ何も言ってないよ?」
「いいんだ。こっちも頼みがあるからな。
先にフォルテの頼みから聞くよ。何をすればいい?」
「じゃあ……大森林にはエルフが住んでいる。『里』と呼ばれる小規模な集落に分散して暮らしているのだけど、人間ほど『国家』みたいに団結しているわけではなくて……ただ、同じ種族として緩い協力体制はあるんだよね。それで、エルフ全体の代表というか、中心というか、政府として統治するわけではないけど、そういう首都みたいなのがあるんだ」
「隠れ里のことか?」
「知ってるの!?」
「神のお告げがあってね。
そこに案内してくれ、というのが俺の頼みなんだ」
「なら話は早い。
エルフの隠れ里が『隠れ里』として機能するために、結界の補修を手伝ってほしいんだよ」
「つまり一緒に来いと。自動的に俺の頼みも叶えられるわけだな。
そしてたぶん、それがお告げにあった試練だな」
結界の修理。お告げによると、ベクターなら簡単だと。
たしかに結界が得意なベクターなら簡単そうだ。
しかし、行くこと自体が難しいという話だったが、ここまで極めて順調である。たまたま入った酒場にたまたまエルフがいて、たまたま隠れ里に案内したがっているなんて、どんな確率だ。
「ボクはそのための人材を探しに隠れ里を出たんだけど、大森林各地に点在するエルフの里を巡っても適した人物が見つからずに、王国へ出てきたんだよ」
だからどんな確率だよ。
◇
フォルテの案内で隠れ里へ行くベクターとクー。しばらく進むと大きな木の根元にぽっかり穴があいており、フォルテが魔力を流すとそこを覆っていたツタがカーテンのように左右に開いた。
「ここから隠れ里の近くへ一気にワープできるよ」
「初めて見たが……妖精の小道ってやつか?」
「物知りだね」
フォルテは感心して言う。
この妖精の小道を使うのが、隠れ里の周りにある隠蔽結界を乗り越える唯一の直通ルートであり、これを使わない場合は隠蔽結界に惑わされてしまう。認識阻害による「物理的には存在しない幻の迷路」に迷い込んで、正しい道を進んでも踏破するにはかなりの時間がかかる。
つまりこれが、お告げにあった「正規のルート」なのだ。
◇
こうして隠れ里に到着したベクターとクーだったが、隠れ里の住人たちはフォルテがエルフを連れてくると思っていたので警戒した。
「止まれ! 何者だ!?」
「ボクだよ」
「フォルテ!? なぜ人間など連れてきた!?」
「結界の修理に必要だからだよ。
しかもこのベクターは神のお告げで隠れ里の存在を知っていたんだ。
つまりボクはちゃんと役目を果たした。おかしな事は何もしてないよ」
判断に困ったエルフ警備隊は、里長に相談した。
すると里長の返答は、入場拒否だった。
「本人が信用できる人物でも、エルフと人間では価値観が違う。信用できるから受け入れるというのでは、人間から人間へ『お前ならば』とどんどん情報が広まってしまう。
すると信用ならない誰かがその情報を盗むリスクが高まり、もはや隠れているとは言えない状態になる。すでに隠れ里が実在するという情報を与えてしまったが、これ以上はダメだ。ほんのわずかな情報も与えられぬ」
里長の主張は機密保持の観点から妥当なものだった。
なるほど、これが「行くこと自体が難しい」の正体か。
納得したベクターは、機密保持に関する提案をおこなった。
「結界の修理は必要。しかし情報は与えられない。それは隠れ里を守るために当然のことなので、情報を与えずに修理だけやらせたらよろしい。
単純なところでは目隠しだが、単に目隠しをして作業するだけでは、行き帰りの足音や、周りの匂い、空気の温度、あるいは作業中の会話から場所や核心を推測されるリスクがある。そこで――」
ベクターは機密情報をいくつかのレベルに分類し、必要最低限のアクセス権限を与えるという仕組みを提案した。
エルフの「信用できるから受け入れる、を繰り返すと情報が漏れる」という危惧は正論だ。なぜなら「信用」は主観的で曖昧だから。ベクターの提案は「人ではなく、役割に権限を紐づける」という現代地球の機密管理だった。
「里長、あなたが危惧しているのは『信用できる』の基準が、判断する人それぞれで違うから起きる情報流出だ。だから、判断基準を統一できる明確な基準で守ったらいい。俺が提案するのは、人間関係に関わらず『その仕事に就いている者だけが、その情報にアクセスできる』というルールだ」
「ほう? 具体的には?」
「例えば、フォルテは『外部の人材をスカウトする役割』だから、彼女には『妖精の小道の使い方』と『外部に協力者を求める権限』だけを与え、これらは機密レベル1とする。
彼女がどれだけ相手を信用しても、里の防衛システムの情報を知る権限も教える権限も持たせない」
「知る権限も、か」
「もちろん。フォルテは警備隊ではない。知る必要のない情報だ。知ってしまえば、うっかり漏らしてしまうリスクも発生する。秘密を守るには、知らないことが一番だ」
「それで言うと、ボクはベクターに情報を漏らしすぎたね」
「その通りだ。君はもっと注意深く情報を扱うべきだ。警備隊が止めなければ、俺をそのまま隠れ里へ案内しようとしていただろう?
妖精の小道から隠れ里までのルートは機密レベル2として、往来する必要があるフォルテや警備隊は知っても良いが、外から招かれた俺のような者は知ってはならないものとする。
なので、もしフォルテや警備隊が俺を隠れ里へ連れて行く場合には、目隠しや防音を徹底し、歩数と方向転換で測量されることを防ぐためにわざと遠回りして何度も方向転換したり、そもそも歩かせないように眠らせてから担いで運ぶか……眠らせるのが無理な場合は、1人で担ぐと揺れで歩数が分かってしまうから、椅子に座らせて4人くらいで担いで運ぶようにすれば、歩数はまず分からないだろう。荷車に乗せて運ぶのでもいいが、森の中でそれは大変すぎるだろうし……もちろん探知魔法などへの対策も万全にして、やはりいったん眠らせるのが一番だな」
駕籠かきは日本のものだが、ヨーロッパにも「セダンチェア」という似たようなものがあった。この世界にも似たようなものがある。移動を外注しよう、しかし1人で運ぶのは大変だから2人で、担げるように天秤棒をつけて……どこでも考えることは同じだ。構造も似るわけである。
「ふむ……」
「どの位置にどんな警備兵が何人いるとか、交代のタイミングや巡回ルートがどうなっているとか、そういう防衛システムは機密レベル3として、警備隊にも教えない。誰をどこに配置するか決める警備隊の隊長やそれ以上の立場の人物だけが知る情報として、末端の警備兵にはその日に自分が担当する場所や巡回ルートだけ教える。
そして不審者が接近した場合には、全員で集まって威嚇するのではなく、ある程度威圧できる程度の少人数で対応し、必ず遠距離攻撃できる伏兵を待機させ、必要に応じて追加で人数を集めるようにする。
前提として両隣がいつでも確認できるように配備して、応援要請があった場所の両隣から応援を送り、それ以上離れた場所からは応援に行かない。さらに応援が必要な場合は、配備場所に半数は残すようにするか、配備場所を持たない遊撃部隊を用意しておく。こうすれば複数個所から同時に来る場合にも対応できる」
「ほう……」
「だから配置場所や交代のタイミングや巡回ルートなどは、配置換えと同時に全部変更して警備兵にも分からないようにする。
毎回同じ人物を同じ場所へ配置する手もあるが、それだと慣れてしまった頃に注意が散漫になるから、配置換えは必要だ。
……ざっとこんなものかな。手間はかかるが、このようにすれば人間関係の芋づる式な情報漏洩はシステム的に100%防げる」
同じように、とベクターは続ける。
「警備システムのことで述べた通り、今回の修理も作業を分割して、全体を見せないようにするといい。結界そのものが警備システムの一部なのだから。
結界の修理は、妖精の小道を出たこの位置、ここから動かずにやる。隠れ里の全景を見る必要もなければ、住人とすれ違う必要もない。作業が終わればそのまま妖精の小道で街に戻る。
これなら、俺が知る情報は『メラドンの街から妖精の小道までのルート』、そして『この場所の風景』だけになり、ここから隠れ里へ行くルートは分からない。大森林の中で隠れ里がどこにあるとか防衛布陣がどうなっているとかは完全に秘匿される。
結界についても、全体図が分からなければ、部分的な術式だけを盗んでも解析して突破する方法を開発するのは不可能だ。さらに、俺の作業が終わったら、そのために与えた資料や資材などは消去または回収すれば、俺の手元には何も残らない」
里長は値踏みするようにベクターを見た。
「……その方法の弱点は?」
「汚職だ。結局その役目についた人物が知り得た情報を漏らしてしまえば意味がない。だから機密情報の扱いはレベルが上がるほど扱う人物への監視も強化し、1つの金庫に2つの鍵を取り付けて2人でそれぞれ持つ、というように1人ではアクセスできない仕組みを作る必要がある」
「破綻する可能性は?」
「今のところ無いと言い切れる。
俺の故郷(前世)では、国家機密を扱う何万人もの人間を管理するために実際に運用されている。それでもたまに秘密が漏れるが、国家が破綻するほどの事態は起きていない。
人の『口の堅さ』など信用ならない。誰も知らないはずの行軍ルートを、歓楽街の商売女が知っているなんて事があるほどだ。それでも破綻しないのは、最初から『口が軽くてもバラしようがないシステム』だからだ。
もし俺が街に戻って酒場で『エルフの里の秘密を売るぜ!』と大口を叩いたところで、売れる情報は『メラドンの街の近くに、ツタがカーテンみたいに開く木の穴があった』ということだけ。あとはどことも分からない森の中で、よく分からない作業をした。そんな不確かな情報、誰も買わないし、買っても妖精の小道を開けないので問題ない。エルフの安全は守られる」
「ふーむ……」
「だから本当は、妖精の小道を開くところも、俺には見せないようにしなければ。
フォルテには、せめてもう1人エルフを同行させて、そういう場合に作業と警備を分担して同時にできるようにするべきだ。幸い、俺は見てもやり方が分からなかったので今回は問題ないが」
「あー……」
フォルテが深くうなずき、頭を抱えた。
里長も腕を組んで考え込む。
「耳の痛い話だ。
お前の言うことは我らのやり方よりも遥かに合理的で、堅固な仕組みだな。
もう少し詳しい話を聞きたい。結界を修理する準備をしている間に、教えてもらえぬか?」
「条件次第では」
「条件とは?」
「神のお告げを遂行することだ」
ベクターは神のお告げがあったことを話し、世界の運行に異常が出ること、またクーの呪いを解くために奔走していることも話して、世界樹の杖と光の楽園への転移を要求した。
ベクターの提案を受け入れた隠れ里は、隠蔽結界を作り直すための儀式をおこなう。ベクターとクーはそのための魔力供給源として組み込まれるが、共振によって隠蔽結界は予定よりも強力なものになり、エルフたちは大喜びするのだった。
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