第15話 世界
解呪に必要な3つのもの――その1つ、世界樹の杖。神のお告げによると、それはエルフの隠れ里で得られるという。
「世界樹を素材とするアイテムは極めて貴重です。
市場に流通している可能性は実質的にゼロで、貴重すぎるため鑑定士も本物の世界樹を見たことがなく、判別できない事が多いのです」
殺されたり盗まれたりして奪われ、それを繰り返すうちに世界樹の杖だとは知られないまま「ただの木の杖」として流通している可能性は、ゼロとはいえない。だが神のお告げに出てくるほど強力な杖だけに、血眼になって探している者も少なくない。中には、前述の通り非正規の方法で手に入れようとする者も――。
誰かが秘密裏に所蔵しているはずだ。しかしそれを周囲に知られるような奴は奪われるだろう。つまり探し出す方法がないので、実質的に流通していないのと同じなのだ。
「ですが、問題はそこではありません」
高位神官は言う。
神のお告げによると、世界の運行に支障をきたす問題は「闇の楽園」で起きている。だが「闇の楽園」に行くには「光の楽園」を経由する必要があり、「光の楽園」に行くには世界樹の精霊に転移させてもらうしかない。
「光の楽園と、闇の楽園?」
聞き覚えのない言葉にベクターが尋ねると、高位神官は上を指さした。
「太陽と月のことです。
光の精霊たちが住まう光の楽園は、そこから溢れ出る光によって地上を照らす。
そして闇の精霊たちが住まう闇の楽園は、その光を遮って地上に夜を与える。
何も無いところに神が光を創りたもうた、という冒頭部分で有名な創世神話の、序盤の終わりから中盤の始めにかけて出てくる内容です」
「なるほど……」
ベクターは「世界樹の精霊に転移させてもらうしかない」という言葉の意味を、正しく理解した。
たとえば地球と太陽の距離は1.5億km。途方もなく遠い。しかも地球から飛び出したものは地球の公転速度を受け継ぐので、秒速30km(マッハ88)で横へズレる。走っている車からボールを投げて的を狙うようなものだ。太陽に到達するには地球の公転速度を打ち消す必要がある。つまり地球と同じ速度で「バック」しなければならない。これはベクターがどんなに手を尽くしても、加速力がまるで足りない。
そして、この世界で大地から太陽までの距離がどれだけあるのか分からないが、文字通り天文学的に遠いだろうし、太陽が東から昇って西へ沈むのは見て分かる通りだから天動説・地動説のどちらが正しい世界だろうと、相対速度がべらぼうに高く、決して「安全に着地」はできない。推定マッハ88で「天体に轢かれる」ことになる。轢死体が原形を留めるかどうか……交通課の警官も、現場検証にはさぞや困るだろう。
「ということは、世界樹に対して『杖』と『転移』の2つのお願いを聞いてもらう必要がある、と……」
「ええ、そうです。
その協力を取り付けるため、エルフの隠れ里で起きている問題を解決しなければなりません。ですが神は、ベクター様なら解決すること自体は簡単だとお告げになりました」
「解決以外の部分が難しいと?」
簡単に解決できるなら「試練」とは言わない。
ベクターは直感的に「なにか難しい要素があるはずだ」と思った。そしてそれは正しい。
「エルフの隠れ里は、世界樹を守るために場所が秘匿されており、神のお告げで直接その場所を教えるとエルフが猛反発して地上の秩序が乱れるだろうと……。
従って正規ルートで訪れなくてはなりません。つまり『行くこと自体』が最も難しい問題なのです」
「正規ルート?」
「神のお告げは、次の内容で最後です。
まずは王国に戻り、メラドンの街へ向かえ。そこで出会うエルフが、隠れ里への導き手になるだろう」
◇
てことでメラドンに到着。
王国東部は大小さまざまな森林がひしめき合う地帯だが、メラドンはその手前、ギリギリ中央部に分類される位置にある平原地帯の城廓都市である。東部の森林から出てくる魔物への対策で、冒険者たちが日々忙しく働いているため、関連して武具・生活雑貨・娯楽なども盛んな活気にあふれる街だ。
「とりあえず到着したが、エルフか……この都市で闇雲に探すのは難しいな。目撃情報でも探しに、酒場へ行ってみるか」
「クー」
「あっ、エルフだ」
お告げの通り、ベクターとクーはここでエルフに出会った。パンクファッションでロックを歌う酒場の歌姫だ。伴奏なし。アカペラである。ベースのような低音からエレキギターやシャウトのような高音まで使いこなす、あり得ないほど幅の広い歌声の持ち主だった。
それは好評だった。ロックの世界観は、今この瞬間を精一杯生きるという刹那主義。合言葉は「太く短く」だ。それは明日をも知れぬ冒険者たちにブッ刺さる思想だった。
「うおおお! すげぇパワーを感じる歌だ!」
「いいぞ、もっとやれ!」
飲み食いしに来ているはずの冒険者たちが、食事も酒もそっちのけで指笛や拍手を伴って喝采する。ケルト音楽に近いものが主流の王国で、珍しさと冒険者に合致する世界観から人気になっているようだ。
「ありがとうございましたー」
エルフの歌姫が歌い終わって一礼し、ステージを降りようとする。
ハッキリ言って、ベクターは浮かれていた。もうすぐクーの呪いを解いて、満月の美女と対面できるという希望。お祭り本番よりも準備している間のほうが楽しいように、確実に来る楽しみを待つ時間こそが最も楽しい。
そしてそういう時、人は往々にして調子に乗り、余計なことをする。
「俺も歌うぞ!」
このタイミングで、ベクターはステージに飛び入り参加した。
ドン・ドン・パン! ドン・ドン・パン!
足踏み2回と拍手1回でリズムを取る名曲を披露すると、客たちは同じようにリズムを取り、酒場は熱狂した。
「うぐぐ……!」
自分のステージを食われたエルフは、歌姫としてのプライドを賭けて、このままでは終われないと頭をフル回転させた。そして出した結論は――
「……!?」
「……!」
歌が終わったところで、ベクターに熱烈なキスをする。
見知らぬ女から突然のキスに驚くベクターだが、エルフも驚いた顔をする。それはベクターが抑え込んでいる魔力の強さを感じ取ったからだった。しかしさすがはステージパフォーマー。すぐさま表情を取り繕う。
教会の教えにより貞淑を美徳とする王国で、女性が肌を晒すのは「顔」と「手首から先」だけだ。髪さえ隠し、真夏でも長袖にロングスカート。この環境でディープキスはステージパフォーマンスとして強烈すぎた。ほとんど悲鳴のような歓声が上がり、女性客が顔をしかめる一方で、男性客が大盛り上がり。そして酒場の客層は男が圧倒的に多い。狙い通り彼女は観客の熱狂を取り返した。
「どうも~。どうもどうも~」
そうして客たちが歓声を上げる中、エルフは手を振って応えながら退場した。
その陰で、ベクターはクーにぺちぺち殴られ、がしがし噛みつかれていたのだが、そんな事は誰にも気づかれないのだった。
◇
食事を終えて酒場を出たベクターは、ゴシックファッションのエルフを見かける。
「「あっ、さっきの」」
お互いに気づいて指をさし合う。
「パンクからゴシックとは……正反対じゃないか?」
パンクは外へ向かって怒りを爆発させるような世界観であり、ロックも今この瞬間に全力を尽くして後のことは知らんという世界観だ。一方ゴシックは悲しみや孤独を抱えて内面へ向かうことを美しいとする世界観である。方向性が正反対だ。
「こっちのほうが安全なんだよね」
「安全……?」
教会の鐘がけたたましく鳴り響き、魔物の群が襲来した。稜堡(防壁に備わった「トゲ」の部分)に移動したエルフは、ベクターの隣で歌う。
それはゴシックらしくおどろおどろしい歌だった。歌詞や世界観だけではない。魔力を帯びた歌声は、圧倒的な声量によって戦場全体に響き渡る。それはゴシックの世界観をそのまま現実に変えてしまい、歌声を聞いたものは敵味方問わず一斉に弱体化した。
お互いに攻撃力が下がってダメージを与えにくくなり、戦闘は「安全」になった。もしパンクやロックの世界観を歌ったなら、強化されてお互いに殺傷率が高まり「危険」になっていただろう。
「呪歌……初めて見た」
「クー」
意外と扱いにくそうだな、などと思いながらケロッとしているベクターとクー。
歌はベクターとクーには効果を与えなかった。魔力量が圧倒的に違うため、湖に絵の具を1滴垂らしたような効果しかなかったからだ。
歌いながら「さあどうぞ」とジェスチャーするエルフ。
「攻撃はできないのか……いや、できたら味方までダメージを受けるから当然か。
よし、クー。それじゃあ特大のやつを見せてやろう。どうやらまともに戦えるのは俺達だけのようだから、まとめて薙ぎ払うぞ」
「クー!」
ベクターはクーのブレスを封じた結界を「巨大な炎の剣」にして魔物を薙ぎ払う。同じドラゴンの肉を大量に食べて強化したため、ベクターとクーの魔力は少量の赤と青の絵の具に大量の白の絵の具を混ぜたような状態になっている。この「白」という共通点によって、ベクターとクーの魔力は高度にシンクロし、共振を起こして威力を劇的に増幅する。その威力は元のドラゴンのブレスさえも凌駕する。
ズバァ!
まるで巨人の草刈り。
魔物の群は、ひとまとめに上下に両断された。炎の熱が傷口を焼き、肉が焼けた匂いがあたりに立ち込める。
「これほどとは……思った通り『思った以上』だったよ」
見込んだ通りの結果に、エルフはベクターを信用した。
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