第14話 預言
教会本部へ行く。それは王国の住人にとって事実上不可能な遠距離であり、挑戦するにしても命懸けで一生に1度あるかないかの大冒険だ。実際に挑戦するとなれば片道1000km以上の長旅で、体力的にも厳しく、旅費もかさみ、盗賊や魔物に襲われるリスクも無視できないレベルになる。
「……クー……」
だというのに、この男は……とクーは死んだ魚のような目をして呆れていた。
雲より高いところを鳥のように飛んでいく。しかも馬や鳥より遥かに速いことが、たまに近くを通り過ぎる雲の動きから見て取れる。矢のような速さで――いや、矢が遅く感じるほどの速さで、後ろへ吹き飛んでいくのだ。
秒速1km。銃撃結界に使っていた速度で移動し、わずか18分で1000km以上の長距離を踏破する。ドラゴンの肉を食べて強化されたため、急加速にも耐えられるようになったのだ。
音速を超えるのでソニックブームが発生するのだが、防風と防音の結界で対策済みだ。
「見えてきたな」
戦術的な防衛力のために星型の防壁をもつ城廓都市が多い王国と違って、教会本部は宗教的なシンボルである円形の防壁に囲まれていた。戦術的に劣る形状というわけでもなく、円形防壁には「トゲ」がついている。光を表したシンボルだから、8個のトゲを持つ円のマークなのだ。
見た瞬間、ベクターは引きつったように顔を歪めた。
「なんてヤバイ街なんだ……」
円形に8つの「トゲ」は軍事的には最強の形だが、その運営に必要な通路や武器庫などで内部の面積が圧迫され、住宅や商店などの都市機能を置くための面積が足りなくなる。建造するだけでも膨大なコストがかかって現実的ではない。
ところが「宗教国家」という条件が加わると、建造コストは「神への奉仕」になり、無償労働や寄付金が集まる。面積的な圧迫も清貧を美徳とする価値観の中では不満にならず、むしろ宗教の本拠地にある一等地に住めるという特別感に変わる。しかも宗教という思想教育によって洗脳と同調圧力が発生し、住民同士の相互監視社会ができあがる。
周辺国に信者が多いこともあって「奇跡的に成立する、中からも外からも壊せない最強のディストピア」になってしまうのだ。
「あんまり長居はしたくねぇな……」
何かあれば一斉に周囲すべてが敵になるだろう。しかも影響は周辺国にも伝わりかねない。火薬だらけ爆弾だらけの武器庫でタバコでも吸うような緊張感だ。
とはいえクーの呪いを解くためには行くしかない。
下手に目をつけられないように気をつけながら教会へ行って用件を告げると、高位神官の日程に余裕があるのは1ヶ月後だと言われた。ベクターは「あー……」と憐れむように声を漏らした。
ベクターは前世の会社上層部を思い出した。彼らのデスクには書類が山盛りで、置く場所に困って足元の床にまで積まれていた。そのくせしょっちゅう外出しなければならないようで会社に居ない時間が多く、何か問い合わせようとしても不在なことが多かった。
考えてみれば国家運営と宗教団体の管理が一元化した強制的ダブルワークなのだから、さもありなん――むしろ1か月で面会できるなら早いほうかと納得した。
「では1か月後にまた来ます」
待っている間に観光するか冒険者ギルドで依頼を受けるか、と考えながら立ち去ろうとすると、高位神官が慌てた様子で出てきた。
「ベクター様! お待ちを!
ただいま神のお告げがありまして! 今すぐ最優先で対応させていただきたく!」
後から追いかけてきた秘書官らしき人が「この後のご予定は……」と困っていたが、高位神官は「そんなもの全てキャンセルだ」と一喝した。
◇
こうして高位神官に会ったが、ドラゴンの呪いは強すぎて解けなかった。
「やはり無理でしたな。
いや、落胆することはありませんぞ。これは神のお告げの通りなのです。
そして神は、解呪する方法をもお示しになりました」
「そんなお告げが?」
前世の感覚で、神のお告げなんてものがあるとは信じていないベクター。
だが具体的すぎる内容に、そういえばここは魔法のあるファンタジー世界だったと思い直す。クーをはじめドラゴンがいて、死んだ祖父は魔法を使うには精霊の力を借りるのだと大真面目に説明していた。
もしかして、本当に居るのでは? しかしなぜベクターに直接お告げをせずに、高位神官を経由するのだろう? 浮かんだ疑問を、ベクターはすぐにかき消した。自分に直接お告げがあったとして、信じるかと言われたら……たぶん誰かがテレパシー的な魔法でいたずらしていると思うだろう。当選詐欺などを思い出して、それ系の犯罪者に狙われたと警戒するはずだ。
だが、そんな反応をするのはベクターだからこそ。この世界の住民は――高位神官は、まるで違う反応をする。
神の声を伝えるというのは、事前に未来を言い当てる「予言」ではなく、言葉を預かって代わりに伝える「預言」だ。外せば信用を失うだけの天気予報みたいなものとは違って、もっと重大な責任を感じるものだ。敬虔な信者にとっては、王の手紙を運ぶよりも緊張することである。高位神官は、神妙な顔で説明を始めた。
「これから世界の運行に支障をきたすレベルの異変が起きるので、ベクター様に対応していただきたいというお告げでした。
対応していく中で、解呪のパワーアップに必要なものが揃うので、その後に改めて解呪すれば今度は成功するのだそうです」
「話が大きすぎて俺のような小さな人間にはピンと来ません。
でも神様が『お前がやれ』とおっしゃるなら、俺でも出来るのでしょう。
それで、何をすればいいのですか? 解呪に必要なものとは?」
前世の人生経験があるとはいえ、常識も環境も何もかも違うこの世界でも使えるものは一握りだ。たとえば演技力と敬語の概念。そしてこの世界では15歳で、田舎から出てきたばかりの若輩者という点を考慮して「精一杯丁寧に振る舞っている感」を出すならこのくらいがいいだろう。ディストピアな宗教国家で変に目立ちたくないベクターは、そのように計算した。
高位神官にとっては、神のお告げが「現実にあり得る」と認識できる頻度で起きる事実である。お告げを受けた場合に、その人がどんな反応をするかも、パターンを把握する程度には知っている。
実際には「神が自分を名指しした」という事実に「俺なんかがとんでもない」と畏怖するか「俺は神に選ばれた」と調子に乗るパターンが多いが、畏怖せず敬意のみを向ける自然体でためらいなく神の意思に従い受け入れるというベクターの態度は「まるで何十年も修行を積んだ神官ように敬虔な態度だ」と高位神官にたいそう感心されていたが、ベクターは知る由もない。
「解呪のパワーアップのために必要なものは3つです。
世界樹の杖。
聖なる宝玉。
それと、祓った呪詛を移して安全に滅するための形代と、それを扱う技術者としてダークドワーフの協力者。
いずれも簡単には手に入らないものばかりですが、ベクター様ならきっと手に入れることになるでしょう」
神のお告げにテンパっていた高位神官が、突然慈母のように柔和な態度になったので、ベクターは首をかしげながらも詳しい入手法を尋ねた。
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