8_オリエンテーリングと共に平穏な日常も終わる
洞窟から外に出る道中、俺はこの事件の経緯を藤井から聞いていた。
そして思ったのが、普通の人間が知らず知らずにダンジョンアタックをさせられるとか、堪ったもんじゃないなということだ。
“前”の世界でも冒険者や専門職以外の人間がダンジョンに入ってしまったら、生きて出られないのが相場だった。
そんな状況に陥ってしまったこいつらの運の悪さに同情する。
それとも生き延びたのだから運がいいのか?微妙なところだ。
そうやって話していると太陽の光が見え、洞窟の外に出ることができた。
女子2人は明るい顔をして生きて外に出られたことで抱き合いながら涙ながらに喜んでおり、藤井も緊張の糸が切れたのか浜川を芝生に寝かせ、ほっとした表情で自分もその隣で寝転がっている。
俺は寺崎を芝生の上に投げ出して、自分の右腕の治療を始めた。
魔力をほとんど使いきっているので軽い治療しかできないけど、とりあえずは行動に支障が出なければいいや。
「癒し」を行使すると痛みは引いていくが、残存魔力が危険な量になってきたので魔法を中止する。
痛みはある程度消えたし、あとは魔力の残量を確認しながら回復させればいい。
明日中にはヒビを完全に消すことができるだろう。
しかし今日は派手に魔力を使いすぎたので、魔力が完全に回復するまでは時間がかかるなあ。
今まで神官魔法を使うことはめったになかったので、今日のようなことがまた起きないよう女神さまに祈るとしよう。
俺はしばらく空を見ながら休憩していたが、こういった場合、公的機関の専門部署というのは隠蔽をどうやるのかが気になった。
女子高生魔術師なら知っているかもしれないが、どう話しかけていいかわからない。
女性が苦手で陰キャな自分のキャラが恨めしい。
なんとなく彼女の姿を探すと、銀杏の木に手をあてて目をつぶっているが見えた。
魔術を発動しているような様子だったが、木から手を放し俺の方に向かって歩いてくる。
「今回の件を両親に報告した。あなたとも是非にお話ししたいと言っている」
「通信魔術か?」
「ああ、樹を媒体にして契約している人物に連絡できる行う術だ。あなたも使えるのではないか?」
「いや、俺はそういった魔術は使えない」
通信魔術は賢者魔術の中にあったが、“昔”の俺は種族の問題もあり賢者魔術自体が使えなかった。
距離が離れた相手と通信することは、非常に便利ではあるのだが高度な魔術でもある。
アーティファクトで通話の魔術が使える物もあったが高価だった。なにせ大きな城を作るのにかかる費用と同じぐらいの額だったのだから。
通信できる距離の問題があるとはいえ、この世界の無線をあちらに持っていくことができれば一生遊んで暮らせるだろう。
彼女は俺の言葉に驚いている。
「そうか、あなたのような高位級術者が使えないというのは意外だ」
「俺はできることがほとんどない。邪悪を退け、癒す事だけだ」
実際俺がとれる行動はとても少なかった。
接近して殴りつけ傷ついたものを癒す。あとは対アンデットやデーモン用の術ぐらいだ。
そしてそれは今も変わらない。
当時も戦闘のバリエーションの少なさは自覚していたので、手助けしてもらうことの多い冒険者への顔つなぎや差し入れを怠ったことはなかった。
「そんなことはない!私はあれだけの結界術と癒しの術を見たのは初めてだ。とても暖かな光だった」
彼女は先ほどの場面を思い出して興奮したかのように、顔を赤くしながら頷いている。
「君の魔術こそ凄かった。その若さであれだけ強力な魔術が使えるというのは腕のいい魔術師の証だ」
年をごまかしているんですか?とは聞かない。聞けない。
「あ、あぁ、両親の教育のおかげだ」
彼女は複雑な表情で下を向き、言葉少なにそう言った。
両親の教育のおかげと言う割には、本人はそのことにあまり良い感情を持っていないようだ。
おそらく彼女の家は、有力な魔術師の一門なのだろう。
小さなころから徹底的に魔術を叩き込まれたが、彼女は自身の今までの境遇を不満に思っているというところか。“昔”の世界で冒険者になる(落ちぶれるともいう)魔法使いの動機でよく聞いたものだ。
まあ、俺は彼女の家庭環境に首を突っ込むつもりもないので、気になっていた情報の隠蔽方法について聞いてみた。
「こういった場合、関係者の記憶を術で消すことが一般的だ。今回は対象者が5人だけなので、問題はないだろう。担当の者もすぐに来るそうだ」
記憶を消すとはえらく便利で物騒な魔術があるようだ。恐ろしい。
あと俺は記憶消去の対象には入っていないようなので安心した。
俺の場合、勝手に記憶消去の魔術を抵抗しかねない。もめごとや誤解の種になりそうな状況は避けたい。
ああそういえばこの件の黒幕について、彼女は知ってるかな?
「今回の事件には、状況をおぜん立てした黒幕がいるはずだ。心当たりはあるか?」
「両親も同じことを言っていた。しかし私にはそういった心当たりはない」
「そうか」
結局犯人も目的もわからない、ターゲットもあやふやとわからん尽くしだ。
わからないのであれば仕方がない。
後の事は公的機関の専門部署とやらに丸投げしよう。
さて健全な高校生である俺は、学校行事に戻るとしようか。
「そろそろ俺は戻る。後のことは任せてもいいか?」
「戻る?どこに戻るのだ?」
「今はオリエンテーリング中だ。同じグループの仲間も心配しているだろう」
俺の言葉を聞いて彼女は思い出したようだ。
「そうだったな。いろいろとあったから行事のことを忘れていた。確かに同じグループの人間がいなくなると心配する人もいるだろう。後の事は私が処理しておくので、オリエンテーリングに戻ってくれ」
「面倒な後始末を押し付けてすまないな」
「気にしないでくれ。今日は本当にありがとう」
礼を言う彼女に軽く手を振って、俺は自分のグループを探し始めた。
太陽の位置から言って今は15時頃か。早く直哉たちと合流しないと。
30分ほどで直哉たちは見つかった。
皆には腹を壊したのでトイレにこもっていたとごまかした。
直哉たちに心配されたが、もうよくなったと伝え、残っているチェックポイントの確認作業に戻った。
結局、16時30分ごろにすべてのチェックポイントを回ることができ、俺のアクシデントだらけのオリエンテーリングは終了した。




