5_退魔
Side:名取川 静菜
「あらあら、次はどの子と遊びましょうか」
寺崎君の胸から噴き出る血に飽きてしまったのか、女は違う獲物を探し始めるのが見えた。
しかし私はあの女の周りに漂っていた赤い鏡を相手に苦戦していた。
7枚の内、こちらに飛んできた4枚の鏡は回転しながら私に襲い掛かってくる。
鏡の縁はぎざぎざの刃物になっていて、まるで草刈り機の刃のようだ。
それらをかわしながら術で攻撃しなければならないのだが、そうなると術を行使する難易度が高くなる。
精神集中と詠唱それと同時に回避を行う必要があるためだ。
すでに躱しきれずに受けた傷が増えつつある。
今は問題ないだろうが、長期戦になると確実に影響が出てくるだろう。
「かけまくもかしこき
スサノオノミコトっ
くっ、つみけがれをっ
はらいたまえきよめたまえっ!」
刃をかわし息継ぎしながら祝詞を奏上し、力ある言葉で術を完成させる。
「祓!」
右手から放たれた緑色の球が女に向かって弧を描いて突き進むが、赤い鏡が間に入り身代わりとなって砕け散る。
そして減った鏡は寺崎君から流れ出した血から新しく作り出し、補充されてしまう。
現状はこの繰り返しで、体力や術力を消耗するばかりだ。
このままでは全滅するのは時間の問題。
焦りの中でそう考えていると、浜川君の悲鳴が聞こえてきた。
女はいつの間にか浜川君の前に移動して、満面の笑みを浮かべている。
「近づくな!やめてくれ!来るな!来ないでくれ!皆助けてくれぇー!」
浜川君は恐怖のあまりか身動きが取れないようだ。
「さぁ次はあなた。お友達になってくれると言ったでしょう?さぁ、遊びましょう。あなたのお花はどんな形をしているの?わらわに見せて?」
女は浜川君の胸に手をあてると、浜川君の胸から血が噴き出し、浜川君の絶叫が響く。
「お花が咲いたわ、お花が咲いた。きれいなきれいなお花が咲いた」
女は浜川君から噴き出す血をじっと眺めている。
目を蕩けさせて頬を赤く染め、口元は妖艶に歪んでいる。
また助けられなかった!
後悔が私の胸に湧き上がるが、せめて残った3人は私の命に代えても助けないといけない。
例えどれだけ嫌おうとも疎もうとも、私は退魔の巫女として生きることまでは否定していないのだから。
浜川君の惨状をみて、女子は2人とも座り込んだままガクガク震えている。
このままでは、浜川君の次にターゲットにされてしまう。
今であれば、女は部屋の出入り口から部屋の中心に移動したので、出口から洞窟へ逃げ出して、時間を稼ぐことができるかもしれない。
この部屋に残るよりは、ずっと生存率は高いだろう。
「祓」の術でもう1枚、鏡を割りながら私は2人に逃げるよう叫ぶ。
「美香子さん、香織さん!洞窟へ逃げろ!」
しかし2人は恐怖のあまりか、震えて涙を流すばかりだ。
私は2人を引きずってでも逃げてもらおうと、藤井君に目をやるが、彼も限界だったのか腰を抜かしたかのように床に座り込んで震えている。
今は3人を逃がすことを諦めて、女に集中するべく視線を戻すと、私を切り刻もうとする赤い鏡が突っ込んでくるが見えた。
Side:氷上 博人
洞窟に入ると、松明が奥まで続いているようだ。
洞窟の奥を眺めると、空間が歪んでいるのが見える。
幻術系の様で迷わせるための魔術のようだ。
邪魔だな。
俺は視線に力をいれて幻術の魔法を破壊する。
【妖精の瞳】に耐えられなかった幻術は、ガラスのようにひび割れ砕け散る。
俺は洞窟内にかけられている幻術を解除しながら、持ち込んだ50cmほどの木の棒に「聖武具」の魔法をかけた。
木の棒が青く光りだし神力が宿ったことがわかる。
これでレイスのような通常の武器が効かないモンスターも、ぶん殴れるようになる。
あとは魔法で相手の動きを止めて、殴り倒せば完了だ。
武器の調達もできたので先に進もうとすると、洞窟の奥から男の絶叫が響いてきた。
まずい。
すでにここに入った人がいたのか。
俺は洞窟の奥に向かって駆け出した。
洞窟の奥に着くと、大きな部屋があった。
俺は不意打ちや罠を避ける為、突入せずに部屋の入口で姿を隠しながら、内部を観察する。
すると部屋の中に浜川が立っていて、胸から血が噴き出しているのが見える。
その浜川を見て妖艶にほほ笑む女がいる。
どす黒いオーラが体の周りに漂っているのが見えた。
レイスだ。
しかもあのオーラの強さからそれなりに年経た存在のようだ。
少々まずい事態だ。浜川には早く癒ししないと命に関わるだろう。
蘇生が使えない今の俺では、成功確率の低い蘇生ギャンブルに一縷の望みを託すこともできない。
俺は部屋全体を見てレイスと浜川以外の状況把握を行う。
女子2人が部屋の壁際で震えながら座り込んでいて、藤井もそこから離れた所で、腰を抜かしているかのように座り込んでいるのが見える。
そして部屋の出口から一番離れたところで、黒いオーラを漂わせた赤い円盤と戦っている、とても綺麗な女の子が見えた。
その女の子は非常に流麗な動きで周辺を飛び交う円盤を回避しながら光弾の魔術を発動させ円盤を砕いた。
俺は少しの間、舞い踊るかのようなその動きに見惚れていたが、すぐに頭を軽く振って思考をお仕事モードに戻す。しかし華麗な動きを維持しながら魔術を行使する様は素晴らしいの一言しかない。
(おいおい、この世界にも魔術師もいるのかよ?まてよ、あの年であれだけの動きができる上、魔術も使えるだと?この世界では戦士の教育を受けながら魔法を習得できるようなシステムがあるのか?それとも天才ってやつか?まさか俺と同じように"昔"持ちなのか?)
彼女は他の女の子に逃げるよう指示を出しているが、女子2人は動けないようだ。
円盤は意識が自分からそれているのを確認しているかのように、彼女の死角から直撃するよう突き進んでいる。
彼女はそれに気が付いていない。
俺はとっさに手で持っていた木の棒を、赤い円盤に“本気”で投げつけた。
木の棒は弾丸のように飛び、赤い円盤にあたり粉砕した。
俺は右腕に残る強い衝撃と痛みを無視して、部屋の中心に向かって走り出し魔法を行使する。
「聖盾!」
俺を中心にして水色の光が広がり、レイスと赤い円盤を光の外側へ追いやっていく。
この魔法は術者を中心にした結界を作り、結界内の存在をアンデットや悪魔またその眷属から保護する魔法だ。
この魔法の便利なところは、結界に触れている死霊や悪魔には効果覿面で触れてだけでダメージを受けるほどだが、正しく命あるものには影響を与えないところだろう。
だからこの光はレイスやそれが使役していた赤い円盤は光の向こうに追いやるが、藤井たちを追いやることはない。
結果として彼らを守る結界が完成することになる。
「今だ、やれっ!」
俺は手持ちの武器がなくなってしまったので、攻撃するよう魔術師に叫ぶ。
彼女は詠唱の後、魔術を発動させてレイスを吹き飛ばす。かなりの威力で呪文の余波が俺の顔を叩く。
レイスが滅び際、いつものように呪いの言葉を俺たちに吐く。
俺はそれに神官として対応する。
この辺りはいつになっても慣れない。
アンデットになり果ててしまった者は、大地母神の慈悲にすがる以外に輪廻の輪に戻ることはない。
永久に幽世をさ迷い歩くしかないのだ。
俺は滅びゆく女を見つめながら、せめて大地母神の慈悲が奴にも訪れるよう胸の中で祈るしかなかった。




