58_立ち合い
二人が剣道場に現れたのは40分ほどしてからだった。
副部長は剣道着に、小笠原はジャージ姿に着替えていて、二人は手に竹刀を握っている。
「さてと、じゃあ準備も出来た事だし始めようか。これは小笠原さんの腕前を見ることが目的だから、勝敗に拘らず打ち合う事にしよう」
副部長の言葉に、頷く小笠原。
その顔には緊張した表情が浮かんでいる。
「防具は着けないのかい?回復術師は居るから少々の怪我でも大丈夫だけど、打たれると痛いよ」
「着たことが無いんです。それに重そうなので遠慮します」
「そう・・・。わかった。それじゃあ、始めようか」
副部長はそう言って竹刀を正眼に構える。
その顔はいつものイケメンスマイルだが目はギラギラとした光を湛えている。
この様子だと異世界の剣術に興味があるようだ。
小笠原は慌てた様に、副部長と同じ姿勢を取る。
籠手も付けないで何やってんだ、あいつ。
鋭い声を上げて、副部長が剣を振るう。
その剣を腰の引けた姿勢で何とか避ける小笠原。
5分ほど副部長が打ち込む竹刀を、小笠原が腰の引けた体制で躱し続ける事が続いた。
でも副部長は本気じゃないな。様子見のようだ。
「姿勢は悪いのに、副部長の剣先をあれだけ躱せるとは。大したものだ」
いつの間にか横に立っていた静菜さんがそう褒める。
違うんだよな。
今躱しているのも、エルフ族の【妖精の眼】の賜物でしかない。
あいつの剣の腕を披露するのがこの立ち合いの目的なのだから、今のままだと目的が果たせていない。
俺は副部長に目をやると、彼も時折こちらを見ている。
その目にはギラギラした光が消え、表情には困惑が浮かんでいる事から、副部長も何かおかしい事に気が付いているようだ。
「待った!」
俺は大声を出して、立ち合いを中止させる。
副部長は剣先を下ろし、部長の差し出すタオルで汗を拭いている。
小笠原はその場に座り込んでしまった。
俺は小笠原の傍まで行き、手持ち無沙汰で作っていた厚紙のハリセンで頭を叩く。ぱしんと良い音がした。
「あいた!なにすんのよ!」
「何すんのじゃねーよ。お前は何をやってるんだ?」
「何って立ち合いよ。あんたもOK出してたじゃない」
小笠原の言葉に俺はため息を吐いた。
「あのなあ。だからってへっぴり腰の正眼に構えて剣道やってんのか?」
「・・・」
俺の言葉を瞬きしながら小笠原は聞いている。
「お前はここに剣道をしに来たわけじゃねーだろ?今ここでやるべきことは違うだろ?」
俺の言葉に小笠原の目に理解の光が現れる。
「そっか。私がやるべき事か・・・」
「仕切り直しするぞ。いいな?」
「うん、でもちょっと待って。籠手を着けたいから」
ああ、そうだったな。俺は直哉に声をかける。
「直哉、小笠原に籠手を着けてやってくれないか」
「う、うん、でもそれだけでいいの?」
「うん、でも左手だけでいいの。それが私の戦り方だから」
困惑したような直哉の問いかけに、小笠原が力強く答える。
直哉は剣道場にある共有の籠手を小笠原に着ける。
その間、二人で何かを話しているようだったが、籠手を着け終わると直哉は小笠原の手を握ってから、道場の端に戻ってくる。
「お待たせしました」
左手に籠手を着け、右手に竹刀を握った小笠原が副部長の前に立つ。
その構えは今までとは違い、籠手を着けた左手を開いて自分の胸の前に突き出すようにし、右手に持った竹刀は右肩に担ぐようにして、剣先を副部長から隠している。
今までとは全く違う構えをする小笠原から気迫を感じたのか、副部長は嬉しそうに微笑んでいる。
「なるほど。それが異界の剣術の構えなんだね。これは楽しくなりそうだ」
そういって竹刀を構えすり足で移動を始める。
開始の声は無く、そのまま立ち合いに入る二人。
Side:多治見 清彦
小笠原さんの周囲を回るようにすり足で移動する。
先程までの彼女は僕の動きに翻弄されるように動き回っていたけど、今の彼女はぼくに正対するように体の向きを変えるだけで、構えは崩さず大きく移動もしていない。
歩法を使った欺動にも全く引っかからなくなった。
背筋をすっと伸ばし、籠手を着けた左手を体の前に突き出して優雅に動かす姿には、一切の隙が見えなくなっている。
なるほどこれが昔、怪異を狩る事で生計を立てていた剣士の姿か。
ぼくは彼女の姿に見惚れている事を自覚していた。
まさか自分が聡美以外の女性に見惚れるなんて思いもしなかった。
だけど彼女に惹かれる理由は聡美のものとは違うんだ。
そう、それは獲物を狩るしなやかな肉食獣の、恐怖を伴う美しさなのだ。
ぼくの実家は大きな寺院だったから、修行目的で剣術家がよく訪れていた。
そして幼いぼくはなぜか彼らから剣術の話を聞くことが大好きだった。
そんなぼくが幼い頃から剣の道に入る事もまた自然な事だったと思う。
実家に来ていた剣術家達も父がぼくの希望を話してくれたからか、師に困る事もなかった。
習い始めた頃は、剣術がとても楽しかった。
心技体を鍛える修業は、辛い事もあったけど強くなる実感を強く感じられたし、これからずっと続けていくんだと考えていた。
師になってくれた剣術家達は名声こそ無かったけど、素晴らしい腕前で彼らを目標として努力を続けることも出来た。
僕が中学2年の時、師匠たちからもう教えることはないと言われた。
師曰く、ぼくの腕は彼らを凌駕しているのだと。
僕は複数の流派で免許皆伝を貰った。
当時はよくわかっていなかったけど、14の若さで複数の流派で免許皆伝を受けたことにより、ぼくの名前は中央や東京の組織で知れ渡ったらしい。
それからはなんだか偉そうな年寄りが、修行しているぼくの所に来て、なにやら訳の分からない講釈を垂れて帰るようになった。
初めは修行の足しになるかと思い真面目に聞いていたが、どれもこれもくだらない仮定の話ばかりで、一つとして役に立つことはなかった。
だけど父の体面もあるから、一応相手はし続けるようにはしていたけどうんざりだった。
その頃のぼくは父や兄に付いて、退魔業で剣を振い実戦を経験していたこともあり、彼らの言葉は実戦を知らない現実離れした繰り言であることに気付いていたのだ。
そんな日々を過ごしていたぼくの耳に、講釈を垂れていた連中がぼくの事を自分の弟子であり、剣の腕も自分の指導のお蔭であると吹聴していると聞いた。
勝手に免許皆伝の巻物を送りつけてきた奴もいた。
ぼくの師はあの剣術家達であって、訳の分からない年寄り共では決してない。
心の奥底でイライラを抱えながら日々を過ごしていると、ぼくの所に再び講釈にきた老人がいた。
この老人は、いつも高弟と呼んでいる5人を引き連れて来ては、自身の剣術論とやらについて講釈を垂れて帰るのだ。
当時は中学生3年で、受験を控えていた中、退魔業も行っていたぼくは非常に忙しかった。
だがあいつらは此方の都合など考えることもしない。
自身の妄想のような剣術理論や精神論などを聞かされることで、自分の時間が削られるのは苦痛だったし、退魔業を手伝っていたこともあって舌を動かすだけで、現実的なことを一切しない彼らの言葉は寝言にしか聞こえなかった。
だって怨霊や怪異相手に講釈を垂れても退治は出来ないから。
もう我慢ができなくなっていたぼくは、彼らの怒りを煽るような挑発をして試合を受けさせた。
初めの2人をあっさり倒し、残った3人に纏めてかかってくるように言うと、激怒した3人は一斉にかかってくるが、それもあっさりと打ち倒した。
老人は顔を真っ青にして、口をパクパクさせていた。
その時やっと心底理解した。こんな連中に真面目に付き合うのは馬鹿らしい事なんだと。
そして今の自分にはこんな連中しか寄ってこないであろう事も。
それが分かったぼくの剣術への情熱は冷める一方だった。
その後ぼくは、父達の退魔業で剣を振るう以外では剣を持つことを辞めた。
剣を持つことを辞めたと知った講釈師達はすぐに離れていった。
今のぼくは利用する価値がないと判断したのだろう。
それから少しの間は平穏な日常が戻ってきた。
ぼくは父から進められていた隆央堂高校に入学した時、父から考古部に入るよう命令された。
父はぼくには自由に振舞う事を許してくれていたから、命令された事に驚いたけど結果的にこの命令はぼくにとっては福音だった。
運命の女性に出会うことが出来たからね。
おっと思考が明後日に向かっていた。
久しぶりに本気で剣術が出来そうなんだ。集中しないと。
改めて彼女を見ると、彼女の構えは変わっていない。
命がけの実戦を潜り抜けてきた歴戦の剣士との立ち合いという、現代日本ではほぼ望めない事を体験できるんだから。
この時間を思う存分楽しまないとね。




