59_決着と真姫の入部
立ち合いの状況が変わった。
先程までの副部長が攻め続ける形は変わらないが、小笠原の動きが変わったのだ。
副部長の攻め方は真っ向からの横薙ぎの攻撃を中心に攻めていて変わりはない。
だが小笠原は先程の様に躱すのではなく、篭手をつけた左手で剣を弾いている。
弾き方にも特徴があり、打ち込まれる竹刀の側面を狙って叩いて弾くのだ。
その真剣による切り合いを想定している技術を目の当たりにした副部長の目には、再びギラギラとした光が宿り出す。
そしてその口元にはいつもの様な優し気な笑みではなく、不敵な笑みが浮んでいる。
こんな副部長は初めて見るが、一人の戦士として気持ちはわかるな。
自分の力をすべて出せる戦場に在ることが戦士最大の幸せなのだ。
そして彼は今ここがその戦場である事を理解している。
激しい攻防を続けていた二人だが、またも大きく状況が変わる。
今度は部長が変えた。
彼は一旦攻撃の手を収めて後ろに下がり呼吸を整えようとする。
それを見て小笠原も自分の体制と呼吸を整えようとした。
だが副部長のその動作自体がフェイントで、呼吸を整えるふりをしながら、大きく飛び込むように一気に距離を縮め、上段から唐竹割で竹刀を打ち下ろす。
このフェイントに小笠原はもろに引っかかったが、何とか後ろに飛ぶことで剣先を避ける。
だがそれも副部長の思惑の中だったらしい。
相手を追うように前進しながら打ち下ろした剣を床に叩きつけ、その反動で剣先を加速させながら切り上げる。
小笠原は驚きながらも何とか躱そうと身をよじるが、避けることが出来ず左肩を強く打れた。
副部長はそのまま追撃するように前に出るが、打たれながらも自身も前に出た小笠原に、カウンター気味の体当たりを喰らって後退った。
小笠原はそのまま左手で副部長の胴着を掴もうとするが、超接近戦の組打ちを嫌った副部長は後方に飛び退く。
そこで間を置くのかと思ったが、副部長はその予想を裏切って、すぐに大きく前進し小笠原に逆袈裟斬りに切りかかる。
間を外して鋭い一撃を加えてきた副部長だが、今度は小笠原が読み勝っていたらしい。
落ち着いて左手の籠手の甲で剣先を真上に上がるように弾く。
弾かれるだけではなく、剣先を誘導されるとは思わなかった副部長は、驚きの表情を浮かべる。
その隙を見逃さなかった小笠原は反撃に出た。
今まで使っていなかった右手の竹刀を大振りで打ち込む。
副部長は弾かれた竹刀を慌てて正眼に戻し、打ち込まれた剣を受け流す。
小笠原の剣は非常に高速だが荒っぽく、我武者羅に打ち込んでいるように見える。
籠手を使った洗練された防御術と違って、非常に乱暴な剣筋に初めは驚いていた副部長だったがすぐに慣れた様で、打ち込まれている剣を捌き続けている。
小笠原は打たれた左肩が痛むのか、顔を顰めながら打ち込みを続けている。
「彼女の腕前は凄まじいな。副部長と形になる打ち合いができるのは、姉さんぐらいだと思っていた」
静菜さんの話だと、副部長の剣の腕は中央でも知れ渡るレベルで、東京の組織からスカウトもあったらしい。
なぜかそれが芸能事務所からスカウトされたと言う噂にすり替わるのが、スーパーイケメンの副部長らしい。
「しかし残念ながらこれで終わりか。彼女も左肩とはいえ打たれた箇所が痛む様だし、連撃も続かないだろう。副部長はこの後に、博人さんとの立ち合いを希望しているがどうする?」
それはちょっとあいつを舐め過ぎかな?
「もし小笠原との立ち合いが終わってから、副部長が希望するのであればいいぜ。でも無理だろうな」
俺の言葉に静菜さんは驚いたようにこちらを見る。
「確かにこの連撃が終われば、今のあいつには副部長の剣は止められないだろうな。でも連撃はいつ終わると思う?」
俺は立ち合いを眺めながら言葉を続ける。
静菜さんが俺の横顔を見つめているのが分かる。
「あいつの籠手はエルフの籠手。でも剣は騎士の剣だ。そして・・・。」
俺は懐かしいものを見たせいか、自身の目が細くなるのが分かった。
「騎士の剣は一度攻撃を始めると、相手を打ち倒すまで止まることはない」
剣が止まるのは、相手が倒れるか自身が倒れる時。
その教えをあいつが忘れるはずがない。
小笠原の止まらない連撃が続いている。
初めは余裕を持って攻撃を捌いていた副部長も10分以上続く連撃を受け、消耗しているようだ。
副部長は連撃を止めようとカウンターで剣を打ち込む隙を探していた様だったが、左の籠手が何かを待つように動いている為、不用意に動けない。
打ったカウンターをまた籠手で弾かれ、胴着を掴まれての超接近戦を挑まれることを嫌っているのだろう。
だが長く続く連撃を捌いている副部長にも疲れが見え始めている。
あの高速連撃を捌き続けるのは決して楽な事じゃない。
その為か少しずつ小笠原の剣が、副部長の体を掠め始める。
自分に攻撃が届きつつあることに驚いたのか、副部長の顔が驚きに染まる。
ここまで連撃を受けることが今までなかったんだろうな。
初めて経験することは疲労の蓄積を加速させるものだ。
そしてその疲労のせいで彼自身の動きが、頭の中と実際の動作の間で誤差を出し始めている。
それはこの現状において副部長の命取りになりつつあるが、ギラギラした目の光はまだ消えていない。
鋭い声を上げて気合を入れなおした副部長は、連撃を捌き続ける。
一方の小笠原も汗を振り飛ばしながらも連撃を続ける。
こいつも連撃を続けているのだから、疲労は副部長に劣らないほどの物だろう。
だけど・・・、あいつの教え通り、どんなに辛くても攻撃は止めていない。
そうだよな。
落ちこぼれの俺達が必死に懇願してまで身に着けた技術だ。
辛いからってここで辞めちまったら、その技術を裏切ることになっちまう。
それは許されないもんな。
このまま永遠に続くかのような状況に終止符を打ったのは、副部長の最後の体力を振り絞り放った一撃で、それを可能にしたのはあいつの昔からの悪癖だった。
連撃が続くことで疲労が蓄積していた小笠原は、右からの袈裟斬りを多用し始めたのだ。
これはこいつに剣を教えた男が日頃から注意していた悪癖でもあった。
左手の籠手を盾代わりに使うのが小笠原の剣だが、袈裟斬りで剣を振り切ると自然に左手が体の後方に移動することもあり、左手を体の前に出すことが難しくなる。
だからフェイント以外では使わない様に教えられていた。
だが右利きのこいつは、一番楽に剣速と威力を出せる袈裟斬りを多用する癖が治らなかった。
俺が死んだ後も剣で追い詰められる事も無かったのか、結局矯正はできなかったようだ。
だがそれを副部長は見逃さなかった。
副部長は連撃を防ぎながら、あいつの剣を観察していたが勝負どころと見たのだろう、あいつが大きく振りかぶって放つ袈裟斬りを最小限の動きで捌く。
しかし最小限過ぎて完全に捌ききることは出来ず、竹刀は彼の右肩を掠める様に当たった。直撃ではなかったが、それでもバシンというかなり大きな音が彼の右肩から聞こえる。
だが右手の剣を大きく振り下ろしたので、小笠原は左手を完全に体の後ろ側に持っていかれていた。
副部長はその隙を逃さず、左手に持った竹刀での片手突きを放つ。
最後の気迫がこもった突きは防がれることなく小笠原の鳩尾に突き刺さり、あいつの意識を刈り取った。
あいつが崩れ落ちる様に床に倒れると、直哉が駆け寄って抱き上げる。
それを見届けながら副部長も床に崩れ落ちるように座り込む。
だが右肩が痛むのだろう、抱え込むようにして呻き始めた。
俺と静菜さんは慌てて彼らの元に向かう。
癒しの術を掛け、副部長の右肩を癒す。
幸い骨にヒビが入っただけで、折れてはいない。
俺が魔法を維持していると、副部長は震える様に自身の体を抱きしめている。
寒気?
と言う事はまさかどこかを骨折してて発熱しているのか?
俺が慌てて術の威力を上げようとしたが、よく見ると副部長は笑っている。
「すごい!すごいぞ!ぼくの知らない剣がある!まだぼくは強くなれるんだ!」
うわぁ。こういうのってこっちの世界でもいるんだな。
「剣鬼か・・・」
「あれ?どうしてぼくの二つ名を知ってるの?」
マジかよ・・・。副部長の言葉を聞いた俺は、がっくりと肩を落とした。
Side:小笠原 真姫
目を開けると直哉の顔があった。
ちょっと痩せた?
最近忙しいって言ってたから、ちゃんとご飯を食べてないのかな。
妹の咲良ちゃんも注意してるはずなのに。
いつもみたいに「後で食べる」って言っちゃうんだろうなあ。
今度ご飯作りに行こうかな。
そんな事をぼんやりと考えていると、直哉の声が聞こえ始める。
「真姫、真姫!大丈夫?!返事して!」
ああ、そうだ。私、考古部の副部長と立ち合いしてて・・・。
どうなったんだっけ?
「直哉」
「真姫、よかった・・・」
直哉が私を抱きしめてくれている。
彼の温かさがとても心地が良い。
私も彼の背中に手を伸ばして抱きあう
しばらく抱き合っていた私達だけど、此方に駆け寄って来た静菜が私に癒しをかけてくれたので離れる。
ちょっと勿体無いけどね。
「これでいいはず。真姫、痛むところはないか?」
「ううん、もう大丈夫。ありがとね。でも凄く疲れちゃった」
私の言葉を聞いて彼女は呆れが混じった笑みを浮かべる。
「それはそうだろう。「剣鬼」とあれだけの激戦を繰り広げたのだから」
「剣鬼?」
「ああ。副部長は中央にも鳴り響いたその剣腕から「剣鬼」の二つ名を持っているのだ」
「ったく。こっちでも「剣鬼」と知り合いになるとは思わなかったぞ」
副部長の癒しが終わったらしく、こちらに歩みながら疲れた表情でぼやく博人。
そういえばこいつ「剣鬼」と呼ばれていた騎士に絡まれていたっけ。
家の前で待ち伏せとかされてたし、今ならストーカーだよね。
そこで私はちょっとした悪戯を思いついた。
「でも、あんたも役得だったんじゃないの?めちゃエロ女騎士に執着されるとかさ」
「ドワーフだった俺に役得なんざねーよ」
「でもカリンとあの剣鬼の間でもみくちゃにされてたじゃない。今なら役得でしょ」
博人は顔を下に向け考えこんでいたが、頷きながら顔を上げる。
「今ならか・・・。確かに役得だな。もったいない・・・」
博人の言葉に、私は思わず笑ってしまう。こいつ、あっさり引っかかった。
「そのめちゃえろ騎士とカリンと言う女性達について是非教えて欲しいのだが。私の婚約者殿?」
静菜の周辺を凍らせるような言葉を聞いた博人がびくっと震え、静菜の方を見る。
「ア、アハハハ。キコエテタ?」
「ああ、きっちり聞こえていたぞ」
その綺麗な顔に何か恐ろしいものを宿した笑みを浮かべて、博人に近づく静菜。
「昔の女の事で嫉妬するほど私の心は狭くないつもりだ。だが「もったいない」と言う言葉は引っかかるものがある」
「私もすっごく興味あるかな」
いつの間にか傍に来ていたすみれさんも、博人に詰め寄る。
博人は二人に対して必死に説明をして許しを請おうとしているが、道場の奥の方に連行されていく。
私達が笑いながらその姿を見物していると、副部長がこちらにきて右手を差し出した。
「ありがとう。自分の剣にはまだ先があることが分かった。本当にありがとう」
私はあたふたと立ち上がり、彼と握手する。
「いいえ、私も昔の事を思い出すことが出来ました。ありがとうございました」
そうやって少しの間、正面から見つめ合った。
実力を認め合った騎士とは、こうあるべきとのフランベルグの教えだった。
「「ごほん!」」
考古部部長と直哉の咳払いで、私達は苦笑しながら手を放す。
そうそう、「剣に生きる者の感傷は剣士以外にはなかなか理解されない」も教えの一つだった。
そうこうしていると、二人にかなり絞られたらしい博人が戻ってきた。
私の方を恨みがましい目で見ているので、手を振ると唸り始める。
この空気はちょっと違うけど、昔のパーティーの仲間の空気に似ていて居心地がいいな。
私が懐かしさに浸っていると、すみれさんが可児先生に問いかける。
「可児先生。真姫ちゃんの腕も証明されたと考えます。名取川としても考古部への所属は問題ないと判断しました。中央への連絡をお願いします」
「そうだな。術者と聞いていたから正直此処まで戦れるとは思わなかった。腕に疑念はないよ。明日にも連絡するつもりだ」
「それでは真姫ちゃんはめでたく考古部に入部と言う事で。聡美ちゃんもいいよね?」
「はい、凄腕とは聞いていましたがここまでとは思いませんでした。それでは、小笠原には改めて自己紹介を頼む」
部長の言葉を聞いて私は部員の皆に向き直る。
「1年の小笠原 真姫です。得意は精霊魔法と剣と弓です。よろしくお願いします!」
笑顔で、そして大きな声で挨拶できたと思う。
弓道部とはまた違うけど、居心地は良さそう。
お仕事を紹介してもらうだけって思ってたけど、今後が楽しみかも。
今回の更新はこれで終了となります。
評価いただいた方には厚く御礼申し上げます。
ありがとうございました。
活動報告でお話ししていた、次エピソードですが執筆時間減少に伴って更新が遅れると思います。
なんとか最悪でも1月中旬には更新したいのですが・・・。
誠に申し訳ありませんが気長にお待ちいただければ幸いです。




