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54_私の名前は・・・

 Side:小笠原 真姫?


 私はどうして自分の事なのに忘れていたのだろう。

 そうだ。この酒樽の言う通り、私はエルフ族の冒険者フラミアだ。

 頭痛はほとんどなくなっている。

 おそらく記憶を思い出しかかっていた時の副作用だったのだろう。

 頭にかかっていた靄もほとんど晴れた。

 だけどなんだろう、この違和感・・・。


「おい!ここから離れろ!危ねえぞ!」


「うるさーい!いいから武器寄こしなさい。私も手伝うから!」


 私の言葉にガイドラは驚いたようにこちらを見る。


「お前・・・。記憶が戻ったばかりだろう?体は大丈夫なのかよ?」


「全然問題なし!だから武器寄こしてってば!素手でこいつらと殴り合えって言うの?」


「まじかよ・・・。あーもう、これを使え!」


 ガイドラはいら立ったように自分の腰に挿している棒を投げてよこした。


「これって変換杖じゃない。わざわざ作ったの?」


「ああ、こっちじゃあでかい得物は持ち歩けないからな。重宝してるよっ、っと!」


 ガイドラは突っ込んで来るジャイアントビーもどきを、ハルバートでばらばらにする作業を続けている。

 私も変換杖を得意のサーベルに変えて周辺のモンスターを倒し始める。

 気になる事もあるけどまずはこいつらを排除しないと。

 私は周囲のモンスターを倒し続けていると、彼は私に声をかける。


「おい!剣でチマチマやるんじゃなくて、お得意の魔法で吹き飛ばしてくれよ!このままじゃ切りがねえ」


「え?」


「え?じゃなくて精霊魔法だよ!本当に大丈夫か?」


「あ・・・」


 私は記憶を遡るようにして思い出す。そう、私達エルフ族の得意な魔法。なぜ忘れていたんだろう。あ、でも・・・。


「もうちょっと待って。精霊との契約が出来てないの」


「マジかよ・・・。じゃあさっさと頼む!」


「う、うん」


 えっと、どうやるんだっけ?自分の記憶を掘り起こしながら契約方法を思い出していく。

 こんなことはいちいち思い出すまでも無かったはずなのに。

 私はいら立ちを感じながら、一番手慣れているはずの風の精霊と契約を結ぶための手順をこなしていく。

 魔法印を組み、契約内容を唄にして精霊に契約の意思を伝え、そして契約者名を名乗る。


「いと高き舞い踊る風の乙女よ。汝と盟を結ぶはフラミアなり!」


 ・・・うん?あ、あれ?契約が結べていない?契約の手順は間違っていないのに!どうして?


 精霊との契約という初歩を間違った羞恥から顔が赤くなるのが自分でもわかる。

 狼狽える私をモンスターを蹴散らしながらガイドラが驚いたような顔で見ている。


「久しぶりだから、ちょっと間違えただけよ!多分・・・。もうちょっと待ってなさい!」


「そうじゃねえよ。お前今自分の事を何て言ったんだ?」


「何言ってんのよ。自分の名前なのよ。間違える訳ないじゃない。ちゃんとフラミアって」


「おい、しっかりしろ!小笠原!今のお前はフラミアじゃねえ!小笠原 真姫だろ!」


 オガサワラ?いったい誰の事を言っているんだろう?

 私が不思議そうな顔をしているのを見て、彼は苦しそうな顔で私に叫ぶ。


「小笠原!お前は自分の16年間をすべて捨てる気か!例え昔に生きた年月に比較できない短さだろうと、お前が生きた人生だろう!そう簡単に捨てられんのかよ!」


 なんだろう。彼の言葉は意味が解らないのに心が苦しい。凄く胸が苦しく、感じていた違和感が強くなっていく。


「今まで一緒に生きてきた家族はどうなるんだよ。お前は家族を捨てることが出来るのか?それに・・・」


 家族・・・。そう私の父はサラリーマンで母は専業主婦で・・・。サラリーマン?専業主婦?いったい何のことだったっけ?あれ?心の苦しさも強くなってくる。私は胸を押さえて蹲る。

 そんな私を見ながら彼はこれまでで一番の大声で叫ぶ。


「お前は直哉を忘れられんのかよ?!」


 ナオヤ…?なおや…。直哉!


「忘れられるわけないでしょう!!」


 博人の言葉に私は大声で言い返す。そうだ。私はエルフ族の冒険者フラミア・・・だった小笠原 真姫だ。

 高校一年生の弓道部。サラリーマンの父さんと専業主婦の母さん、弟が3人いる家庭で平凡に育ってきた加賀谷 直哉に恋している女子高生だ。


 前世の自分の記憶も掛け替えのない思い出だけど、それでも私は小笠原 真姫なのだ。

 私は契約の手順を再度、こなしていく。


「いと高き舞い踊る風の乙女よ。汝と盟を結ぶは・・・」


「小笠原 真姫なり!」


 私が契約者名を名乗ると、目の前にイメージが現れる。それはとても気ままで変化を好むであろう巨大な力を秘めた美しい女性だった。

 ああ、精霊王ってあっちでは男性だったのにこちらでは女性なんだねと考えていたが、私の望みを聞いた彼女は一気に天空高くに飛翔し見えなくなる。


「お、おい。もしかしてあれって・・・」


 博人が少し怯えた様に私に問いかけてくる。


「ああ、あんたは知っているでしょう?()()を地上に落としたものと同じ魔法よ。空を飛んでるからジャイアントビーはやっかいだけど地上のあいつらなんて簡単に除去できるでしょ?」


「いやいや、どんだけの数が空を飛んでると思ってんだよ!それが一気に落ちてくれば、潰される奴も出てくるぞ」


「あのねえ、それぐらいわかってるわよ。だから人のいない場所にまとめて落としてってお願いしているから」


「そんな便利なことができんのか?」


()()の時は相手が悪かったからとりあえず叩き落す事しかできなかったのよ。でもジャイアントビー程度なら問題ないわ」


 そう博人と話をしていると空から黄色と黒の塊が地上に向かって降り注ぎ始める。

 それは空中にいる者はもちろん、地上にいるジャイアントビーもまとめて一旦空中に巻き上げて、地上の一点目掛けて叩き落す。


 落ちてくるジャイアントビーですぐに山ができ始め、周囲にいた人達が慌ててそこから離れていく。

 うんうん、ジャイアントビーの山崩れに巻き込まれても知らないわよ。


 空を覆っていた黄色と黒が8割がた無くなった頃に巨大なジャイアントビーが落ちてきた。

 その姿は片方の羽が無く、足も半分以上が無くなっていて半死半生だ。


「なぜ精霊王がここに顕現するのか!この世界にエルフがいるなど聞いておらぬ!」


 ジャイアントビーの女王は怨嗟を含んだ言葉を吐く。

 言葉を吐く?


「ねえ博人。ジャイアントビーって話すことってできたっけ?」


「俺の知るジャイアントビーは話せないな。だからこちら妖怪だと思っていたんだが」


「妖怪って本当にいるの?!」


「ああ、そうだな。その辺りも説明が必要だな。あとですみれさんか直哉に説明を受けてくれ」


「すみれさんって名取川さんのお姉さんだっけ?ってなんで直哉の名前が出てくるの?」


「ああ、それはな・・・」


 彼はそう話し始めると同時に、後ろから博人を襲うため近づいていたジャイアントビーの女王を振り向きざまにハルバートでその頭を唐竹割にしてしまう。

 女王鉢は驚愕の表情を浮かべたまま、音を立てて巨大な体を地面に沈めた。


「とどめはきっちり刺さないとな。・・・って、え?」


 ジャイアントビーの女王の死骸がけいれんをやめると同時に、その姿が消えていく。

 それに同調するかのように、ほかのジャイアントビーの姿が同じように消滅していく。


「なにこれ?」


「俺も知らねーよ!なんだこりゃ?!」


 博人はとても混乱しているようだが、空を見るとすべての黄色と黒が消えていて綺麗な青空が広がっている。


「まっ、いいんじゃないの。モンスターは消えたんだし、後は刑事さんに麻薬事件は任せればいいんだし」


「おい、何でお前は麻薬の件を知っているんだ?というか何でこんな所にいるんだよ?」


 博人がジト目で私を見てくる。

 あ、あれ~。ちょっとまずいかなあ。


「いや・・・。それは・・・」


 私が口籠っていると、此方に向かってくる集団がある。あ、やばい・・・。


「真姫!どうしてここにいるんだよ?!」


 直哉が詰め寄るようにして私に問いかける。

 口調が荒くなっているから本気で怒ってる・・・。


「えっと、そのう・・・」


「ここがどれだけ危ないかわかってるのか?!」


「いや、だから・・・」


「真姫!」


「直哉、ちょっと落ち着けって。そう矢継ぎ早に言われちゃあ、小笠原も話も出来ねえよ」


 博人が仲裁するように直哉に言うが、直哉の怒りは博人に向かった。


「ヒロは黙っててくれ。これは僕と真姫の問題なんだ」


「おい、いつもの直哉らしくないぞ。本当に落ち着けって」


「僕は落ち着いてる。ヒロもこちらに連絡も寄こさず心配したんだぞ。何をやってたんだよ」


「通信符が破れちまったんだよ。連絡の取りようがなかったんだ」


 兜の内側に貼ってある破れた紙を直哉に見せながら博人は言う。


「いきなり怪異が発生するし、その怪異はすべてヒロに向かっていくし、怪異が多すぎてヒロが見えなくなるし、その上通信符も通じない。僕やすみれさん、静菜ちゃんがどれだけ心配したと思っているんだよ!」


 直哉の言葉にバツが悪そうに下を向く博人。そんな博人から視線がこちらを向いた。ヤバい。


「ずっとやきもきしてたら怪異が凄い勢いで空中から地上に落ちて行くし。怪異の数が減ったかと思ったら何故かわからないけど真姫がヒロのすぐ傍に居るし。それを見た時僕がどれだけ心配したかわかる?!」


 私も博人と同じようにばつが悪くなって下を向きながら小声で「ごめんなさい」と謝る。

 そんなところにすっごい美人が名取川さんと一緒にこちらに向かってくる。

 名取川さんもとんでもない美人だけど、この人も全然負けてない。

 前世でもなかなか覚えがないレベル。


「まあまあ、直哉君も落ち着いて。小笠原 真姫ちゃんね。私は名取川 すみれと言います。静菜ちゃんの姉です。いつも妹がお世話になってます」


 そう言って頭をぺこりと下げる。

 私も慌てて「こちらこそお世話になってます」と言いながら頭を下げる。


「直哉君、色々と言いたいことがあるかもしれないけど今は全部後回しよ。まずはこの作戦を無事に完了させないと。事後班は到着しているのかしら。静菜ちゃん、報告はあった?」


「はい、事後班と増援はすべて到着しており、現在各自対応中です。回収部隊も到着していたのですが・・・」


「何も残ってないのよね。博人君、何か心当たりはない?」


「いいえ、全く」


「それじゃあ、小笠原さん・・・、真姫ちゃんでいい?私の事もすみれでいいから」


「はい、結構です」


「何か心当たりはある?」


「えっと、モンスターの死体が消えたことでしょうか?そうだとすれば心当たりはありません」


「そっかあ」と一言呟いて、直哉君や名取川さんに指示を出していくすみれさん。


「真姫ちゃん。私達は事後処理があるからとりあえずお家まで送っていくね。また後日色々と聞きたいことがあるからその時は時間を作って欲しいな」


「私も色々とお聞きしたいことがあるんです。いいですか?」


「もちろんOKだよ。じゃあ車を用意するからちょっと待ってて」


 そう言って近くにいた人に車を用意するように指示するすみれさん。

 めちゃ美人でその上てきぱきと指示を出していく姿はまさに仕事のできる格好の良い大人の姿だ。


「小笠原。記憶を取り戻した当初は結構頭痛とかが多くなるからな。時間が経って慣れてくればほとんど頭痛もなくなる」


「頭痛はさっきまで酷かったけど今は全然ないよ。でも注意しとく。博人、ありがとね」


「まあ、何の因果かこっちでも知り合ったんだしな」


 そう言って右手を肩の高さまで上げる博人。あ、懐かしいな。私は思いっきり彼が挙げた手に自分の手のひらを打ち合わせた。


「痛ってえなあ。もうちょっと加減しろよ。全く」


 困ったように笑う顔は、なぜか昔見たひげで覆われた顔と同じに見えた。


「まあ、これからもヨロシクってことで」


 私は満面の笑みで博人に挨拶をした。

 あれ、何だか周辺の温度が下がってるような気がするんだけど・・・。


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