50_情報共有会議 In 名取川家
今、名取川本家の一室には複数の男女が集まっている。
上座には名取川家当主の秀雄さんが目を瞑ったまま腕を組んで胡坐を掻いて座っており、その左右に分かれる様に関係者が座っているがその中には直哉の姿もある。
和室に15人ほどの男女が座っており、季節は秋だというのに少し暑苦しい。
すみれさんと静菜さんが秀雄さんの横に母親の菊子さんと並んで正座している。
そして俺は彼女たちの後ろで、部屋の壁側にくっつく様にして座っている。
久しぶりの名取川本家だが、部屋の中の空気は中々に重苦しさがある。
どうも隣の飯田市で事件が起きており、それが大事になりかけているようだ。
エセ伯爵夫人の事件もあったし、最近の飯田市はろくなことがないな。
先日から俺の両親が出張先のアメリカから帰国していて、久しぶりに家族団欒を味わうことが出来た。
昨日両親がアメリカに戻るまで、俺は部活も仕事も休んでいた。
その為今回の事件についてこの会合が始まる前に、静菜さんに少々の説明を受けただけでほとんど状況が解らない。
どうも飯田市の市街でモンスターが発生していて、そのモンスターが東京で起きている麻薬事件に関連しているらしい。
モンスターの発生と麻薬事件がどう絡むのかがさっぱりわからないが、これからの会合で説明もあるだろう。
俺が少ない情報を整理していると、秀雄さんの隣に座っているすみれさんが司会になって会合が始まった。
すみれさんの説明によると、飯田市内で発生したモンスターが生産していたと思われる魔材という物質が、東京で流行している最新ドラッグの素材になっているらしい。
飯田市のモンスターは殲滅したが、東京でのドラッグの密売は収まっておらず、別に生産工場があると警察では睨んでいるそうだ。
すみれさんの言葉を引き継いで、飯田市の警官と名乗った熱田という男が説明を始める。
「本庁では生産工場の特定を急いでいるのですが、目星が全くつきませんで売人の組織も判然としない。お手上げなんです。なんと言いますか・・・。いつものクスリがらみのヤマとは違うんですな」
「違う?」
秀雄さんが目を開いて熱田さんに言う。
「普通、組織と言えば皆さんもご存じの通り、大体がやくざの組です。禁止している組もありますが、他のシノギと桁違いの利益が出るので大体は手を出します。でも・・・」
熱田さんは困ったように顔をしかめる。
「連中も今回のクスリを流している連中を探しているようでして。どうも連中とは関係のない組織が流しているらしい。となればやくざ以外の組織、例えば海外マフィアかとも思ったんですが、こいつらもクスリを流している奴を探しているんですよ」
熱田さんは頬を掻きながら話を続ける。
「それ以外にもクスリの使用者層が今までとは全く違うんです」
「層が違うとは?年齢層の事ですか?
「それもありますが、主に就いている職業もですね。今までのクスリの常用者といえば大体は個人事業者や芸能人などが多いんです。年齢に関係なく稼げる職業です。まれに若いサラリーマンや裕福な大学生なんかが挙げられることがありますがね。でも今回のヤマは違う。中年から初老の一流企業の重役といった層が主な使用者なんですよ。しかも使用方法もクスリを直接売ることはせず、利用する場所を提供してその利用料をとるという方法なんです」
「まるで昔のアヘン窟のようだな・・・」
秀雄さんが呆れた様に苦笑した。
「そうですね、正に現代のアヘン窟というのが最も近い表現でしょう。でも昔のアヘン窟とは違いまして。なんと会員制なんです。まず会員になってカードを作る必要があり、そのカードによってランク付けされているんです。上位のカードだと利用する場所が都内の豪華なホテルなんですから、まるで高級なフィットネスクラブですよ」
熱田さんはお茶を口に含みながら言葉を続ける。
「私はね、思うんです。今回の事件には裏の組織は絡んでいないんじゃないかって。商売のやり方がまるでカタギのやり方なんですから」
「それは熱田さんの勘ですか?」
「ええ、お恥ずかしながら何の証拠もありません。こればっかりは組織の関係者を挙げて確認するしか方法がないですね」
秀雄さんの言葉に熱田さんは恥ずかしそうに笑った。
「となれば麻薬の生産工場の特定が急務になりますが、目星は?」
「それなんですが実は興味深い事実が判明しました。本日お集まりいただいたのもそれを共有したかったからなんです」
「興味深い事実・・・ですか?」
「ええ、先日とある場所で発見された仏さんの所持品が、今回の魔材と同じものだったことが分かったんです」
その言葉を聞くと周囲がざわめき始めるが、秀雄さんが視線だけで黙らせる。
そして続きを促すと熱田さんが説明を続ける。
「この仏さんはとある川で発見されたんですが、解剖の結果死因に特に事件性もないと判断されていたんです。溺死だったので足を滑らせて溺れたのだろうとね。身寄りもない仏だったので、所持品もとりあえず倉庫に放り込まれていたんです」
熱田さんの表情が苦笑交じりの物に変わる。
「実を言いますとこれは偶然分かったことでして。今回ガサ入れで押収したブツの検査を研究所に依頼するために荷物を送ったんですが、その中にこの仏さんの所持品が間違って紛れ込んでいたようなんです。そして偶々飯田市であなた方が押収した物を検査した人物と同じだったようでして」
当時の事を思い出したようで熱田さんの苦笑の色が強くなる。
「あちらから激烈な電話を貰いましたよ。「入れ物だけ変えて同じ物の検査依頼を2度出すなんて馬鹿にしているのか?!こっちは忙しいんだ!」ってね。驚きましたよ。荷物を送った覚えのない事もですが、それ以上に飯田市内で見つかったブツと仏さんが持っていたブツが同じだなんてね」
「その亡くなった方はどこで見つかったのでしょうか?」
「三原川です。ただこれが少々不思議なことがありまして」
「不思議な事?死因には問題がないとのことだったと思いますが」
「ええ、死因は先ほど述べた通り溺死で問題ありません。事件性も無い。ただ専門家が言うには川の源流で溺れた可能性があると」
「源流ですか?」
「ええ、源流と言っても太陽の当たる場所ではなく、地下を流れている川で溺れたんじゃないかと。肺に残っていた水の成分に地下水の特徴が色濃く残っているとね」
秀雄さんは顎に手を当てて考え込むようにしている。
「三原川の源流は上永山にあります。おそらくどこかの洞窟から源流にたどり着いてそこで溺れたのでしょう。しかし亡くなられた方はどういった理由でそこ行ったのでしょうか?またどうして魔材を持っていたのか?」
「ええ、そこが奇妙な点なんです。仏さんは以前埼玉で会社を経営していたんですが、昨今の不況から潰してしまい、東京でホームレスをやっとったようなんです」
「東京のホームレスの方が上永山にどの様な用があったのでしょうか?」
「うーん。彼らは基本時間だけはありますから。人によっては日本全国旅をしているのもおりますよ。例えば人を殺してムショに入った奴がムショから出た後に被害者の冥福を祈る為、日本全国の仏閣を巡っている元ヤクザのホームレスを私は知っています。でもねえ、東京のホームレスが飯田市の上永山の洞窟に用があると言うのはかなり突飛ですね」
「となると・・・」
「ええ、おそらくは東京でホームレスを集めて上永山の生産工場で働かせているんでしょうな。仏さんは何らかの事情でそこから逃げ出そうとしたが溺れてしまった。そう考えるのが妥当でしょう」
熱田さんは持っていた地図を広げながら話を続ける。
「国土地理院に依頼して上永山周辺の詳細な地図を入手済みです。もちろん洞窟の情報も記載されています。これを元に一斉捜査を行い生産工場を発見、摘発したいと考えています。裏側を知る警察関係者はこの市にはほとんどいませんので本庁の協力を仰ぐ予定です。ただ皆さんにも摘発の際にご協力をお願いしたいのです」
「それは戦力という意味でよろしいでしょうか?」
「はい。本庁からくる連中もこちら側を知っているだけで異能を持っている訳ではありません。お嬢さんが飯田市の公園で遭遇したような化け物が出てきた場合、銃を使うことができない我々では逃げ出すことしかできないでしょう。情けない話ですが専門家に対応をお願いするしかないのです」
「なるほど・・・。氷上君」
「は、はいっ」
いきなり名前を呼ばれ驚いた俺はおかしな裏声で返事をしてしまう。
俺の返事を気に留めない様に秀雄さんが問いかけてくる。
「飯田市に現れた怪異について聞いているね?」
「はい」
「結構。そこで君の意見を聞きたい」
「意見ですか?」
「そうだ。君の昔の豊富な経験と知識の中に今回の怪異に当てはまるモノはいるかね?」
なるほど。エセ伯爵夫人の件もあるからガイリディアから来たモンスターの可能性を考えているのか。
でもなあ。
「俺が聞いた情報と合致するモンスターは記憶にありません」
俺が秀雄さんと話し始めると皆から注目されている。
だが何かおかしい。
なんというか値踏みされているようだ。あまり気持ちのいいものじゃないな。
「確かに地下に巣を作り人族を餌にして増える大型の蜂のモンスターは記憶にありますが、それは大型の蜂の姿をしていて人族の容姿に似ていることはありません。それに人族の言葉を話したそうですが、私の知るそれは会話のできるモンスターではありませんでした」
「ふうむ」
「万が一俺が知っているモンスターであれば、数に注意するべきです。奴らは巣の数と自身の一族の数を増やす事しか興味のない生物なので」
「なるほど。万が一のことを考えて討伐は早急に行った方がいいということか。では葛城さん、警察の方との調整が完了次第、討伐という事でよいかな?」
秀雄さんは中学生ぐらいの女の子にそう声を掛ける。
肩で切りそろえた黒髪で表情が薄い女の子だ。
「はい、名取川の小父様。それで結構です」
その子は言葉少なに秀雄さんに同意する。
いつの間にか俺の傍に来ていた静菜さんが俺の耳元にささやく。
「彼女は飯田市の第一担当部署である葛城一族の長だ。最近両親を退魔業で亡くしていてな。あの若さで一族の長になったのだ。だがやはり若いと言う事で一族内で侮られているらしい」
なるほど。名取川に助力を依頼した背景にはそんな理由があったのか・・・。
俺達がそんなことをささやき合っていると会議は終了となり、後日討伐を行うことが決定となった。




