48_魔材
Side:田中
「形代は五芒に相克し、我が意を持って世界を断絶させるもの也。急急如律令」
私は公園各地に設置したセーマン(五芒星)の護符を基点にして、公園全体に人払い用の結界幻術をかけ、一般人が入ることを空間に拒絶させる。
公園に入ろうとする人間の意識に介入し、自然と違う場所に向かうよう思考させる術だ。
ここは飯田市中心部にある公園。
秋も深まってきているせいか、体に吹き付ける風が冷たく感じる。
今、飯田市では女性の失踪事件が頻発しており、それがただの誘拐ではなく、原因が怪異だったのが分かった。
それらの怪異はこの公園を中心に活発に活動していて、その為かこの辺りでは電化製品や車、スマホやケータイなどの故障が頻発しており都市伝説染みた怪しげな噂が広がりつつある。
いつもは人気のない街の公園だったようだが、噂に惹かれたのか見物人が増えつつあるらしく、目撃者が出るのも時間の問題だ。
このままでは怪異が表沙汰になる可能性も出てきた。
その為、早急な退魔業が必要になったのだが、何故か名取川家へ助勢依頼があった。
本来であれば退魔の際、他の組織に助勢を求めることは滅多に無い。
自分達の技術が盗まれるかも知れないからだ。
しかし、もしも事件が表沙汰にでもなろうものなら、確実にこの市の組織の面子は丸潰れになり、今後の存続も危ぶまれる。
現在第一対応部署の指定されている組織は、その任を解かれてしまうだろう。
その為に形振りをかまっていられなくなったのだろう。
彼らは隣の市の有力氏族である名取川一族に助勢を依頼したのだ。
マスコミも騒ぎ始めている事件だったため、名取川家は快諾し実働部隊を派遣した。
丁度私がお嬢の部下になった事もあり、誤魔化しが効きやすくなった事も依頼を受ける一助になったらしい。
これから名取川一族を中心にしたその怪異退治が行われるが、私に命じられた仕事はその舞台を用意する事だった。
仕事自体は私にとって昔からの内容と変わらないので、なんら問題なかった。
術の効き具合を確認し、怪異のみを対象にした自身を認識出来なくする術をかけてから、実働部隊が集まっている広場を見る。
実働部隊の内訳は私の上司である名取川のお嬢と、多賀谷の当主が率いている一族が中心となって構成されている。
「お嬢、公園の封鎖が完了しました。いつでもどうぞ」
「もう、お嬢は止めてって言ってるじゃない!…で?どれぐらいまで大丈夫なの?」
私は通信符でお嬢に封鎖完了を報告すると、彼女から結界の規模について確認される。
「お好きなようにやってください。それを何とかするのが私の仕事なので」
「・・・わかったわ。じゃあ派手にやるけど隠蔽はお願いね」
私は「承知」と返して通信を切り広場に目を移す。
彼らは事前の打ち合わせが既に終わっているようで、各々が5,6人のチームになり公園内の木立に分け入っていく。
すると木立の中から黄色い女達が群れを成して迎え撃つかのように現れた。
女達は宙を飛んでおり背中に虫のような羽が生えており、その姿はまるで蜂人間のようだ。
「祓!」
敵の出現にもっともはやく反応したのは、妹殿だった。
彼女の術である緑の玉が異形の女達にぶつかり、爆発を起こす。
東京の最前線で仕事をしてきたが、ここまでの速度で術を完成させる技術やその出力は、東京の組織でもトップエース格と並ぶであろう実力で、中々お目にかかれるものではない。
しかもあの若さで術がこのレベルに達しているのは、まさに天才と言えるだろう。
だが天才というのであれば、その姉はさらに凄まじい。
彼女は自身が改造した手袋にいくつもの術具や法具、聖具を付けており、それを随時変更しながら術を行使する。
「Domine, Jesu Christe, Filie Dei, miserere mei peccatoris.」
まずは今回の参加メンバー全てに、ローマカトリック式の防御術を施して維持を行う。
「オン・マユラ・キランデイ・ソワカ」
蜂のような敵の姿を見て、孔雀明王真言で前線メンバーに毒に対する加護を付与する。
「大祓!」
そして名取川術式で敵を排除する。
彼女は複数の系統術を修めており、かつ3つまでの術を維持・行使できる。
複数系統の術式を操る術者はそれなりに知っているが、3つの術を同時に維持・行使できる術者はお嬢以外に知らない。
なるほど、名取川家の姉妹は天才であると言っていた主の言葉がよく理解できる。
加賀谷の当主もあの若さでありながらなかなかの術者であり、なにより堂々とした指揮ぶりが素晴らしい。
彼は周辺をサーチする術を使用しながら全体の指揮を執っているが、まるで自分が攻撃される事はないかのような堂々とした態度だ。
混戦になることが多い退魔戦において、これは中々出来ることではない。
またサーチ系を使用する術者は嫌でも状況が解ってしまうため、戦況が悪くなると逃げ出すのもよくある話だ。
だが彼は、それが痩せ我慢であっても、全く表に出さず指揮している。
以前少し話をした際に、自身を天才ではないので努力するしかなかったと言っていたが、その努力は血が滲むような物であったことは容易に想像できる。
なるほど分析してみると、この名取川家という地方の退魔組織は、能力のレベルが高すぎる。
これが知れ渡れば、中央の組織からのやっかみもあるかもしれない。
その辺りは昔取った杵柄で、私がフォローするべきか?
私が今後の事について検討していると、戦闘は終わりつつあった。
木立から出てくる蜂女はいなくなり、各メンバーも残党の掃討に移っているようだ。
それもそれほど時間はかからないだろうと思っていたのだが、木立の間の地面が割れ、地中から他の蜂女より二回りほど大きな蜂女が飛び出してくる。
おそらく女王蜂なのだろう。
体色は非常に濃い黄色と黒のストライプで、同族を殺されたせいか、その顔は怒りに歪んでいる。
「人族フぜいが調子にノるな!アかごのエサニしてクれル!」
威嚇するように大声で叫ぶ女王蜂の出現に驚いていたメンバーだったが、精鋭なだけありすぐに立ち直って、女王蜂に術による攻撃を仕掛ける。
火の玉や鋭い氷等が彼女に殺到する。
しかしそれに対応するかのように、女王蜂は手と足を踊るように動かし、悲鳴のような声を上げると、メンバーの攻撃が女王蜂の手前で消滅した。
先ほどの悲鳴は何らかの防御術のようだ。
また術の消滅と同時に、女王蜂に接近戦を挑んでいたメンバーがいきなり倒れ伏し始める。
これは珍しい、攻防一体の術か?
「防御術式を切り裂かれた!?」
お嬢は驚いたような声を上げるが、きっと女王蜂を睨みつけ周りに指示を出す。
「直哉君は引き続き周辺のサーチと指揮を。他のメンバーは直哉君の守護と防御術の行使と周囲の警戒をお願い。これは私達で処理します」
彼女の言葉を聞いた術者達は、直哉を中心にして防御陣を引き周囲の警戒に入る。
「田中!ちゃんと隠蔽してよ!」
そう言ってお嬢は妹殿の隣に立ち、準備を始める。
妹殿はこれから何をやるのかを分かっているようで、タイミングを合わせる様に自身の術の詠唱を始める。
それと同じようにお嬢も呪文の詠唱を開始する。
「In Nomine Patris, et Filii, et Spiritus Sancti. Amen.」
彼女の祈りと共に、お嬢の隣に立つ妹殿の前方に光の紋章が立つ。それは単純化された魚の様だ。
「オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ」
彼女が真言を捧げると妹殿の左後方に光り輝く梵字が現れる。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
彼女が九字を切ると妹殿の右後方に格子型の光が現れる。
これはもしや3重増幅術なのか・・・?
私は慌てて公園に付した術を強化する。
「大祓!」
公園に付した人払いの術式の強化が完了するとほぼ同時に妹殿の術が行使される。
彼女の胸の前から発生した光り輝く勾玉が女王蜂に突き進み、まるで防御術など無いかのように直撃して、周囲の空間を揺るがす程の大爆発を起こす。
・・・全く、出鱈目な威力だな。
術の強化が間に合ってなかったら隠蔽の術も吹き飛ばされていたに違いない。
コートに隠していた幻術をコントロールする為の札の4割が灰になってしまった。
しかし不味いな。
思ったより爆発が大規模だったので術式にほころびが出ているかもしれない。
術の確認の為に周囲を見渡しているとお嬢がとても良い顔で、妹殿はいつもの無表情でこちらにピースサインをしているのが見えた。
加賀谷の当主を中心に、公園に残された地下にあった巣の掃討を始めたようだ。
彼らを追って名取川の姉妹も巣に入っていく。
おそらく怪異はもう残っていないだろうが、一般人が迷い込まない様に人払いの術は維持する必要がある。
術に綻びがありそうな個所を確認していると退魔メンバーの若い男が私に声を掛ける。
お嬢が私を呼んでいるらしい。
私は案内する彼について、巣である地下に降りていく。
姿は蜂の様だったが、その生態は蟻に近いのかもしれない。
蟻は元々蜂から分化したと聞いたこともあるし、似ていても可笑しくないのかもしれないが。
巣の中は蟻の巣に酷似していて、壁の色が黄色がかっているのが特徴のようだ。
それほど大きな巣ではないようで、すぐにお嬢がいる部屋に着いた。
お嬢たちは、部屋の真ん中に山積みにされている、白っぽい花粉のようなものを調査しているようだ。
「ああ、来た来た。ねえ、早速だけどこの物質なんだけど見覚えがあったりしない?」
「いいえ、しかしこれは・・・。錬金術で使用される触媒によく似ているようですね。うーむ、一般的な物ではなく「魔材」のように見受けられます」
魔材とは魔物の体の一部や魔物が生成した物質の事だ。
水銀や塩など錬金術での一般的な材料と違い、その効果が高すぎることが問題視され使用は禁止されている。
そして国の認可を受けた研究所でのみ研究・使用が許されている。
「やっぱり魔材だよね。他にも色々と対応が必要なものがあるのよね」
なるほど。さらわれた人間が見つかったのだろう。
生きてはいないようだが・・・。
彼女は憂鬱そうな顔で地上に向かって歩き出した。
「例の魔材について研究所から解析結果の報告書が送られてきたわ」
後日、呼び出された私を待っていたのは、疲れた顔で書類を捲っているお嬢だった。
「ほう、思ったより早く解析できたのですね。似た構成の魔材が他にあったのでしょうか?」
「いいえ、似た構成の物は無かったようね。でも別ルートで持ち込まれた物の魔力波長が同じだったの」
魔力波長が同じという事は、素材が同じという事か。
私は言葉の続きを促すと、心底うんざりした表情で彼女は言葉を続けた。
「最近東京を中心に流行しているドラッグと同じ魔力波長だったそうよ。私達が見つけたアレはそのドラッグの原材料だったようね」
・・・ずいぶんとおかしな話になってきたようだ。
巷で流行しているドラッグは魔材がベースになっている?
私達は問題が非常に厄介なことになりつつあることを感じていた。




