44_空に消えた女
ご無沙汰しております。大江の麦茶でございます。
やっと次のエピソードが完成したので、本日から毎日5時に1話ずつ29日まで更新いたします。
楽しんで頂けましたら幸いです。
Side:安達 正明
「酔ってない!俺は酔ってないぞ!」
俺はそう叫びながら足元の空き缶に足を取られて転びかける。
薄汚れた飲み屋街の裏路地がきれいな筈も無く、空き缶等がそこらに転がっていた。
俺に肩を貸してくれている女は肩を貸してくれている女は困ったような表情だ。
「足元がふらふらしているじゃない。デートはまた今度。ね?」
女はそう言って色っぽく微笑む。
美佐と名乗っているが、本名ではなく源氏名だろう。
派手な化粧だが色っぽい顔立ちで、非常に豊満なスタイルをしている。
この女には前から目を付けていて、今日こそは連れ出そうとかなりの額を散財して気を引き、必死で口説いてやっと店外デートに持ち込めたのだ。
このチャンスを逃すつもりはない。
だが確かに美佐の言う通り、少し飲み過ぎたのかもしれない。
せっかくのお楽しみまで意識が持たないかもしれない。
頭の中でどうにか動いている箇所はそう判断している。
どこかで少し休むか。
俺はそう考え近くの公園へ美佐を誘う。
夜の公園には人気がほとんどなく、雰囲気の良いベンチをすぐに見つけることが出来た。
美佐は近くの自動販売機で買った冷えたお茶を渡してくれる。
こういった気遣いは嬉しいものだ。
「はい、お茶でよかったのよね?」
「ああ、ありがとう」
礼を言いながら冷たい茶を呷ると冷たい感覚が喉を通り過ぎる。
その感覚を再度求める様にペットボトルを飲み干し、大きく息を吐き出した。
少し頭が冷めたような気がしたが、目の前がぼんやりとしており、今度はものすごい眠気がやってきた。
最近は重要な仕事が続いていて、遅い時間まで残業ばかりだったから疲れがたまっていたのだろうか?
眠気を覚ます為に彼女に話しかけていたのだが、だんだんと意識が曖昧になっていく。
彼女の声も遠くから聞こえるように感じられる・・・。
俺は必死に眠気に抵抗していたが、その内に彼女からの返答がない事に気が付いた。
呆れて帰ってしまったのかと思い焦って美佐の方を見るが、かわらず隣に座っていることに安堵する。
しかし彼女だけではなく後ろにもう一人女がいるように見える。
いや、いるというより浮いているように見える。
浮いている?いかん、本当に酔っぱらってしまっているのか?それともこれは夢か?
俺は目を擦りながら、美佐の方をじっと見ると後ろの女が4人に増え、美佐を連れて空を飛んで消えてしまった。
記憶はここで途切れており、気が付くと既に朝で俺はベンチで眠っていた。
当然美佐は近くにおらず、眠り込んでしまった俺に呆れて帰ってしまったらしい。
ああ、結局は意味の解らない夢を見て、昨日はお終いだったのか。
俺は一つため息を吐き、肩を落として自宅へ帰った。
それからしばらくは店に行かなかった。
仕事が忙しかったのもあるし、彼女をほったらかしにして寝てしまったので、美佐は怒っているだろうと思ったのだ。
そして散財した挙げ句、モノにできなかった事で、美佐に対する欲望も薄れていたこともあった。
だが上司から接待で使う良い店は無いかという問いに、俺は行きつけの店を紹介した。
店の雰囲気が良いので接待で十分使えるし、久しぶりに美佐に会いたくなったのだ。
もう怒りも解けているだろうし・・・、多分…。
俺も接待に同行し店に入ると店内に美佐は居なかった。
今日は休みなのだろうか?
気になった俺は、トイレに行く振りをして店のママに美佐の事を聞いてみた。
「ねえ、ママ。今日は美佐ちゃん、休みなの?」
「美佐ちゃん?彼女、辞めちゃったのよ」
「辞めた?そりゃあ、残念だ」
俺があまりにも残念そうにしているので、ママは「特別ね?」と言って話し始めた。
どうも俺と店外デートした後から彼女が店に来なくなったらしい。
友人のホステスに家を訪ねてもらったのだが、彼女は家にも帰ってきていないようだった。
連絡も取れないので結果的に退職という事になった。
「彼女には未払いのお給料もあるのよ。ねえ、安達さん。彼女の居場所に心当たりはないかしら?」
「いやあ、ないなあ。恋人でもいたのかな?」
「そんな様子は無かったと思うけど…。でも私もあの子達の私生活を全部知ってる訳じゃないから解らないけどね」
ママの話を反芻しながら、俺はあの日の夢の事を思い出したがすぐに頭を振った。
馬鹿々々しい。
こういった商売の女が、隠れて付き合っていた恋人と消えることはよくある話だろう。
それとも本当に彼女が空を飛んで消えてしまったとでも?
こんなことを真剣に考えてしまうなんて、俺はかなり疲れているらしい。
最近は仕事で忙しかったが、今日の接待がうまくいけば契約を取れることは間違いない。
そうなれば長めの休暇を貰って、ゆっくりと休んでもいいかもしれない。
俺はそんなことを考えながら、もう会うことがないだろう美佐の事を、自分の中から少しずつ消していった。
Side:斎藤 実紀夫
「くそっ、鍵をかけやがった」
俺は鍵のかかったコンビニのゴミ箱の扉を蹴飛ばした。
主食の廃棄弁当が入手できないのはかなりの痛手だ。
仕方がない、ここは諦めて他の店を回ろう。
俺は疲れ切っている足を引きずるようにして、次の店に向かった。
その後、夜もすっかり暮れた頃には幾つかの店を回って、なんとか食料を確保することができた。
俺は戦利品を袋に詰めて自分の寝床に戻り、冷えた廃棄弁当を食べ始めると酒焼けした赤ら顔の男が近づいて来る。
西村のおっさんか。
「おっ、豪勢な晩飯だな」
「ああ。だけど残飯探しも大変だぜ。最近はコンビニのゴミ箱にまで鍵をかけやがる」
「昔は残飯漁りももっと楽だったけどな。この頃はなんでも鍵をかけちまう。以前はもうちょっと人情ってやつがあって、儂達にも残飯漁りさせるぐらいの余裕があったんだがなあ」
おっさんが懐かしむように話すが、視線は俺の戦利品からは離れない。
「海苔弁当しかないけど食いなよ」
「いつも悪いなあ」
おっさんが礼を言い、俺が渡した弁当の包装を破る。
俺達は弁当を食いながら次の炊き出しについて情報交換を始めた。
このおっさんはなかなかの情報通で、炊き出しの情報もかなり正確だったりする。
おっさんに弁当を分けてやったのも、そう言った情報を期待して渡しているのだ。
俺達の情報交換は、おっさんが何処からか調達してくる酒が入り始めると次第に愚痴になり、その内昔を懐かしむ話に変わる。
いつもであれば眠気が来るまで昔話を続けるものだったが、今日はおっさんが妙な事を言い始めた。
「あんたに良い話があるんだよ。どうだい、のってみないか?」
「良い話だって?おいおい、そんなもの詐欺の常套句じゃないか。ホームレス騙したって一文の得にもならんぜ」
「そんなことは同じホームレスの儂もよくわかっとる。だがあんた借金が原因で家族と離れ離れなんだろ?」
そういえば以前に酔った勢いで話した覚えがあるな。
「良い話っちゅうのは、借金が無くなる仕事の話じゃ。借金が無くなれば、家族とも暮らせるようになるのじゃないのか?」
「そりゃあ、そうだが・・・。前にも言ったけど俺が抱えた借金は桁が違うんだよ」
俺は自身で作った会社を潰してしまい、デカい借金を作ってしまった。
金を返せるあてもなく、せめて家族に迷惑をかけないようにと妻とは離婚し、娘の親権も妻に譲った。
そして俺は自己破産してすぐに逃げたのだ。
俺が逃げたことで借金取り共は妻や娘の所に押し掛けたようだが、隠していたへそくりで雇った弁護士がいい仕事をしてくれたようで、やつらは退散したらしい。
高いだけあって、良い仕事をしてくれた。
俺の社会的生命はすでに絶たれてしまっているが、家族を守れたことには満足している。
後はこのまま野垂れ死ぬだけ、そう思っていた。
「ああ、3億だったか?」
「いや、利子や細々した所を入れれば5億はいくな。もうまともに返せる金額じゃあないんだよ」
「普通の稼ぎならな。だがなんにでも裏と言うものがあるもんだ」
「裏?」
おっさんは真剣な表情で周りを警戒するように見回しながら声を低くして続ける。
「ああ、あんたの額はさすがに大きいからな、すぐって訳にはいかないだろうが、大体5,6年もあれば返せるはずだ」
「あのなあ、おっさん。たった5,6年で5億が返済できるって、日給にすればいくらになると思っているんだ?」
俺は茶化す様に返すが、おっさんは真剣な表情を崩さない。
「そりゃあ、無論ただの仕事じゃあない。内容はきつい体力仕事で命の危険も十分にある。だが稼げる額が表の仕事の比じゃあない」
「じゃあ、どうしてそんな稼ぎの良い仕事、おっさんはやらないんだ?おっさんの嘘は解りやすいんだよ」
「俺は足がこの通りだからな。力仕事ができねえのよ」
そういえばおっさんは足が悪いようで、左足を引きづるようにして歩いている。
「俺も以前借金をこさえちまってな。にっちもさっちもいかなくなっちまった。そんな時、とある人からこの仕事の話を持ち掛けられたのさ」
おっさんは弁当をつまみに酒を飲む。
「借金の額は、あんたほどじゃあないけど結構な額でね。嫁さんとは離婚して息子とも離れ離れになっちまった。その上借金取りが近くまで迫っていたこともあって、選択肢がなかった。だからその話に飛びついたのよ」
おっさんの真剣な顔は、この話が冗談などではないように思える。
これは本当の話なのか?もしそうなら・・・。
俺の葛藤をよそにおっさんの話は続く。
「仕事の内容は言えねえ。これは自分の眼で確かめてくれとしか言いようがねえ。ん?法に触れるようなことかって?おいおい、常識外の割のいい仕事がまっとうな仕事だと思っているのか?・・・と言いたい処だが心配するな。それは無いとだけ言っておく。まあ信用する・しないはお前さん次第だな」
おっさんはそう言うが、5億の借金をなくそうって仕事が真っ当な訳はない。
「話を戻そうか。儂はその仕事をして、足に大怪我を負ってそこをお払い箱になったんだが、その頃には借金を8割も返済出来てた。借金取りもどうやっても返ってこないと思っていた貸付金が8割も帰ってきたんで、そこが落し処と思ったんだろうな。借金はそれで帳消しになったよ」
「ならどうして家族の元に戻らなかったんだ?」
「遅すぎたんだろうな。嫁さんは既に再婚してたよ。息子も新しい父親に懐いていた。まあ、仕事、仕事で碌に遊んでやれなかったからな」
そう話すおっさんの顔には苦い笑みが広がっていた。
「そうなるともうどうでもよくなってな。この通りホームレスって訳だ」
そう言って悲しげに笑うおっさんだったが、その話は俺にとって光明だ。
二度と会う事は出来ないと思っていた家族と、もう一度一緒に暮らせるかもしれない。
それに迷っている間にも、おっさんと同じように家族を失っている可能性もあるのだ。
ホームレスを騙しても一文の得にもならないことは俺も知っている事だ。
いつの間にか俺はおっさんにその仕事にありつく方法を真剣に聞いていた。
家族一緒に暮らすという日常を取り戻すために。
のぶー様、ご感想を頂きありがとうございました。更新が大きく遅れてしまい誠に申し訳ございません。
ポイントを入れてくださった方々、誠にありがとうございます。更新の励みになりました。
そして不定期更新にも程がある本作を読んで頂いている皆様、誠にありがとうございます。
皆様のおかげで何とか更新することが出来ました。
お楽しみいただけましたら、幸いです。




