40_ノロイ
「さっきは本当に申し訳ないです。でもこういう式にはもう出たくないんです。何とかならないでしょうか?俺は向いていません・・・」
俺は宿泊先のホテルに向かう高そうな車の中で頭を抱える。
そんな俺を痛ましそうに見つめる静菜さん達。
その視線も堪えるものがあるが、さっきの俺の醜態の結果に比べれば問題にならない。
「ヒロ君、気にしなくていいんだよ。ああいった場に初めて出る人はどこか間違うことが多いんだから。あの場所にいた人はその辺りは解っている人ばかりだからね」
すみれさんがそう言って俺を慰めてくれる。
静菜さんは俺の横に寄り添って手を握ってくれた。
「いいえ、例えそうであってもやはりご迷惑をおかけしましたし、こういった式は今後遠慮したいんです」
俺の顔を見たすみれさんは俺の考えが変わらないことが分かったのだろう。
少し困ったような顔で微笑み、「うん、わかったよ」と言ってくれた。
「すみません。わがままばかり言ってしまって」
「ううん、気にしないで。向き不向きって絶対にあるからね。今回参加したことで相手の面子は立てたんだから、もう大丈夫だよ」
すみれさんと話していると車がホテルについた。
今日はもう何もしたくない。
さっさと自分の部屋に戻ってシャワーを浴びたい。
嫌な汗を早く流したいんだ。
「先に部屋に戻っていて。私は野田さんと少しお話することがあるから」
フロントで預けていたカギを受け取り、部屋に向かおうとする俺と静菜さんにすみれさんが声を掛ける。
同行していた財務省の野田さんがすみれさんの隣にいるので、おそらく式の際の俺の醜態を謝罪してくれるのだろう。
「野田さん。先ほどは本当に申し訳ありませんでした。どうお詫びすればいいのか・・・」
「いやいや。先程名取川女史がおっしゃられたように、ああいった事はいつもあることなんです。寧ろお若いのに、氷上さんはとても堂々とされていましたよ」
野田さんは優しく慰めてくれる。
俺も“昔”はああいった場に出ることはあったが、基本裏方で、中心にいることなどなかった。
だから失敗したときのごまかし方がわからず、一度のミスでやることが頭の中から消えてしまい、後はもうボロボロだった。
周囲の失笑やこそこそ話が本当に堪えた。
「うんうん、そうそう。ヒロ君は気にしなくってもいいんだからね。その辺も含めて野田さんと「お話し」するし」
「ありがとうございます」
「じゃあ、ちょっと行ってくるね。晩御飯までには戻るから」
「わかりました。ではまた夜に」
俺と静菜さんは自分の部屋に戻る為エレベーターに乗り込んだ。
すみれさんが俺達に笑顔で手を振っている横で、野田さんが顔を青くしているように見えた。
もしかして体調が悪いんだろうか?
車の中でもずっと顔色が悪かったから心配だなあ。
部屋の前で静菜さんと部屋の前で別れ、シャワーを浴びる。
熱い湯を体に受けているとさっきまでの嫌な気持ちも一緒に流れていく。
風呂から出て冷蔵庫からお茶を取り出し一気に呷る。
500mmのペットボトルを空にすると心が落ち着いた。
やはり今も“昔”も俺にはああいった場所は向いていないな。
大司教様は正しかった。
当時は周囲からも不思議がられていたし俺自身も理由を解っていなかったが、今の俺にはわかる。
このありさまから考えて“俺”が大司教位についていたら神殿を壊していたに違いない。
儀式を主催したり人を使う仕事と殴り合いが強いことは関連しないのだ。
俺は落ち込みながらベッドに倒れ込む。
ぼうっと天井を見ていたがいつのまにか眠っていたようだ。
扉をノックする音で目が覚めた。
扉へ向かい部屋の外をみると静菜さんだった。
「眠っていたのか?そろそろ夕食はどうかと思ったのだが」
もうそんな時間なのか。
俺は部屋のキーをポケットに入れ、静菜さんといっしょにレストランに向かった。
食事を終え自分の部屋に戻った俺はベッドに倒れ込んだ。
食事のあと名取川姉妹と話をしていたのだが、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
いつのまにかレストランの閉店時間になっていた。
もう夜も遅い。
昼に少し寝たが疲れが取れていなかったようで俺はすぐに眠りの世界に旅立っていった。
Side:藤井 一道
「繋がらないか・・・」
ヒロに電話してみたが携帯からは留守電のメッセージが流れる。
俺は状況を説明し、これを聞いたらすぐに電話を返すようメッセージを残す。
念のためLineでも連絡がほしい旨のメッセージを残して置く。
俺が電話している間にも中島は妹さんを慰めているが、妹さんの体の震えが消えることはなく話す声も涙声になっている。
ヒロからの連絡を待つ間、妹さんに今回の現象について確認してみる。
「中島さん、ちょっといいかな?今回の件を解決するためにも色々と情報が必要なんだ。まずその男が見えるようになった状況から教えて欲しい」
俺の言葉に妹さんは少し体を震わせたが、勇気を振り絞るようにして話し始めた。
「男の人が見えるようになったのは一月前からです。芸能界のお仕事にもだいぶ慣れ始めた頃でお仕事がとても楽しかったんです。その日のお仕事も無事に終わって事務所が取ってくれていたホテルで眠ろうとしたときに、部屋の中に黒いパーカーを着た男の人が立っているのに気が付きました。私はすぐにマネージャーの絵里子さんが泊まっていた部屋に行き、絵里子さんに事情を話して私の部屋を一緒に確認してくれるようお願いしたんです。でも絵里子さんと確認したときには男の人は消えていました。私は疲れからの勘違いかとも思ったのですが、怖かったのでその日は絵里子さんの部屋に泊まらせてもらいました」
当時を思い出して恐怖心がよみがえったのか、涙をこぼしながら妹さんは話を続ける。
「でもその日から黒いパーカーの男の人が見える様になりました。身近な人がいないと私のすぐ傍まで近づくようになって。いつも何かを呟いています」
なるほど。その辺りは話に聞いていた通りだな。
「今でもその男は見えているの?」
「はい、テレビの前に立っています」
俺はテレビの方を見るが誰もいない。
中島を見るが顔を振っているのを見るにやはり妹さんにしか見えないようだ。
「その男はなにか中島さんに危害を加えたりしないの?」
「いえ、直接何かされることはないです。ただずっと傍に居るので気味が悪いです・・・」
そりゃあ、そうだ。もしも俺が同じ立場だったとしても気味が悪いだろう。
俺は追加で質問していたが、どこかでクラシックが流れたような気がした。
「なあ、だれか着信があったんじゃないか?クラシックが聞こえたような気がしたんだが?」
俺の言葉に中島兄妹はスマホを確認するも違うようだ。
俺のスマホにも着信は無い。
気のせいか?まあ、いい。質問を続けよう。
「それで中島さん、次の質問なんだけど・・・」
「彩矢です」
「え?」
「彩矢って呼んでください」
そう言いながら微笑む姿は元気であれば、写真で見た美少女を彷彿とさせる笑顔だった。
俺達は少しの間、話を続けていたが外も暗くなり始めた。
ヒロから連絡もないし、別に調べておきたいこともあったので中島家をお暇することにした。
彩矢ちゃんとは色々と話した結果、仲良くなれたと思う。
そのせいか俺が帰るのが嫌なのだろう。
俺の事を引き留めていたが、また来ることを約束して玄関に向かった。
「それじゃあ、また連絡する。スマホは常時持っていてくれ」
廊下を歩く俺の言葉に見送りの為一緒に歩く中島兄妹は頷いていたが玄関前で悲鳴を上げた。
「扉がない・・・!」
玄関をみると確かに外に出る扉がなく灰色の壁になっている。
俺は昔を思い出しながら思った。これは・・・まずい!
俺は慌てて元居た1階の広間に戻り、そこから外に出ようとガラスサッシを開こうとした。
「うわっ!」
目の前のガラスから目を青く光らせた男の巨大な顔が飛び出し吠え掛かってくる。
俺は悲鳴を上げながらガラスから離れると、映し出された顔は大きな声で呪いの言葉を吐き始める。
「・・・彩矢ちゃん、これは?」
彩矢ちゃんは震えながら首を振るばかりで、中島にも見えているようだ。
そしてテレビの前に黒いパーカーを着込んだ人影が立っている。
何が原因かはわからないが俺も呪われてしまったようだ。




