31_最近のすみれさん
Side:加賀谷 直哉
「ふーん、アイツそんなこと言ってたんだ」
「ええ、でも名取川でも切り捨てる予定だったと伺っていましたから、好きにやらせてもらいました」
「うん、いいと思うよ。父親の名前を振り回してやりたい放題だったからね。あんなの怖くて後援できないよ」
僕の言葉にすみれさんは、苦笑している。
僕達は情報交換の為、郊外にある料亭に来ている。ここであれば話した内容が漏もれるようなことはないので安心して話すことができる。さすがに裏の内容は暗喩的に話すが。
「確かに自分の事もわかっていないようなので特に使い道もないでしょう。それに・・・」
「それに?」
「ヒロをあそこまで怒らせたのですから、すみれさんはあの男に自身に近づけたくないのでは?」
僕のその茶化すような言葉の反応は激烈な物だった。
それまではあまり興味のない感じで料理を箸でつついていた彼女の顔が爆発するように真っ赤になり、挙動が怪しくなる。
「そうだよね。ひ、博人君がいたんだよね。あー、うん、でどうだったの?」
「ど、どうだったとは?」
「だから!博人君がどういう風に戦ったとか、どういう風に話してたとかいろいろあるじゃない!」
ええ・・・。何この反応。僕が想定していたのとは全然違うんだけど。おそらくヒロと会えなくなったことが逆に自身の恋心を増幅させているんだな。そのことに本人も気が付いているんだろうけど。
「自分で聞けばいいじゃないですか」
「そ、それはその、会えないというか。私嫌われてると思うし」
嫌われてるって何のことだ?
「だって私、彼じゃなくて、自分の中の彼の虚像を好きになってて、そのこともばれてて、でも自分ではわかってなくて、彼は辛いのに私にそのことを教えてくれて、それで彼の事を傷つけて・・・」
僕は今非常に貴重な物を見ているんだと思う。名取川のミスパーフェクトが好きになった相手を想い、泣き出しそうな顔をしながら心境を吐露しているんだから。
すみれさんのイメージは、容姿端麗、明朗闊達、文武両道、冷静沈着の完璧な天才で正しいだろう。学生時代、彼女に告白する者は後を絶たなかったらしい。
その彼女が自分より四つも下の普通の高校生相手に強い恋愛感情を持ち、その自分の感情に振り回されているのだ。あの日の朝までは、ここまで酷くはなかったと思うんだけど。
「博人君と会いたくて、でも会えなくて。いつも学校で博人君と会ってる静菜ちゃんに嫉妬したりして・・・」
そこまで言ったあと、急に僕を恐ろしい顔で睨みつけてくるすみれさん。
「ねえ、そういえば山での騒動の時に博人君と抱き合ってたんだよね?まさか・・・」
「違います!僕は好きな人もいますし」
静菜ちゃんだな。あの時も違うって言っておいたのにすみれさんに言うなんて。
万が一、真姫の耳に入ったらどうするんだ!
「ふーん。まあ、信用してあげる。確か直哉君は幼馴染の子が好きなんだよね。」
「ええ、それに僕はそういう趣味はありませんよ。ヒロもそうです。ヒロの感情はすみれさんもよくご存じでしょうに」
「うう、ごめんてば。いじめないでよ。私だって博人君が静菜ちゃんを見ていて、私を見てないってわかっているから」
ここが彼らの関係の問題点なんだろう。名取川姉妹は二人ともヒロに想いを寄せている。そしてヒロは静菜ちゃんに想いを寄せている。本来であればこれでヒロと静菜ちゃんが恋人になり、すみれさんが振られるのだが、静菜ちゃんが名取川姉妹二人ともヒロに貰って欲しいと考えているから、話がややこしくなる。すみれさんも自分たち二人が貰われることに抵抗はない。
ヒロもそこが割り切れるタイプならいいが、普通の高校生で普通の恋愛観を持つヒロには静菜ちゃんを裏切っているように感じるのだろう、許容できそうにない。
こう考えるとヒロの抵抗が問題になるのか?いや、違う。僕だって真姫にもう一人女の子を連れてこられ、二人共貰ってくれと言われても拒否するだろう。
ヒロは決してすみれさんを嫌っていることはない。だが今彼の心は静菜ちゃんで埋め尽くされている。ただそれだけなのだ。
そしてそのことをすみれさんは理解している。そこまで理解してはいるのだが、自分の心をうまく制御できず、会いたいと会えないの間で苦しんでいるのが現状なんだろう。
僕はすみれさんの事は嫌いではない。自分の初恋の相手なのだから当然だ。そして今後の加賀谷一族が生き残るためには、名取川嫡子であるすみれさんと太いパイプで繫がることは必須ともいえる。感情と実利双方が一致する珍しいケースなのだから、ここはすみれさんの応援をするべきだね。
「すみれさん、真面目な話をしますね。結局すみれさんはこれからどうするおつもりですか?」
「どうするって?」
「ヒロとの関係です。苦しいのはわかりますがこのまま逢えないままは、すみれさん自身が我慢できないでしょう?僕にも出来ることがあればお手伝いをと思っていますし」
そう言うと、すみれさんは皮肉気に笑う。
「ずいぶんと親切なのね。ちょっと勘繰りたくなるぐらい」
「ええ、そうでしょうね。でも加賀谷家の未来を考えるとすみれさんを応援することにためらいはありませんよ?それにこの事でヒロが不幸になることはないとも思います。だから静菜ちゃんの考えが変わらない限りは、僕はすみれさんを応援します」
「・・・ありがとう、そしてごめん、私、嫌なこと言ったね」
この人は本当にミスパーフェクトなのだろうか?こんなに弱っているすみれさんを見るのは初めてだ。
「ずいぶんと気弱になっていますね。すみれさんらしくないですよ」
「うん、自分でもわかってる。でもずっとあの時の彼の眼を思い出すの。本当の自分を視ようともしない嫌な女だって、私の事を見てるの」
すみれさんは俯いて涙をこぼしそうになりながら自身の想いを吐露する。
「それは違いますね。ヒロは恐れていたんですよ」
彼女は勘違いしている。ヒロは彼女たちの中で大きくなる虚像の自分を恐れていたのだ。だからあれは恐怖の視線だったんだ。
「どうしてそんなことがわかるの?同情ならやめてよ・・・」
「本気で弱っていますね。ではなぜわかったかを説明しますね。理由は単純にヒロから聞いたんですよ。」
僕の言葉にすみれさんは、俯いていた顔をはね上げる。
「ヒロは自らの虚像がお二人の中で時間と共に大きくなり、その虚像と本当の自分のギャップが原因で関係が破綻すると考えたんです。であればまだ自分の虚像が小さい内に崩してしまえと思ったと言っていました。そして崩した結果、名取川姉妹との関係が破綻するかもしれない事を恐れていたんですよ」
すみれさんはまた俯いてしまいぼそぼそと懺悔の言葉をつぶやく。
「でもこれも本当の博人君を視ようとしなかった私の罪だよ・・・。どんな顔をして会えばいいかわからないよ。」
はあ、とことんまで落ち込んでいるなあ。
「いつものように笑顔で会えばいいと思いますよ」
「上手に笑える自信がないよ。彼の前だとどうやって笑えばいいのかわからないよ」
これはダメだ。まずは励まして、すみれさんがヒロに会えるようにならないと始まらないな。
「大丈夫ですよ。月曜に教室で会ったヒロは、静菜ちゃんとも初めはぎくしゃくしていましたけど、すぐに自然に話していましたし」
「それは博人君が静菜ちゃんの事が好きだから・・・」
「でもヒロはすみれさんの笑顔が好きだって言っていましたよ」
「それ本当?!」
これはリップサービスだけど今は彼女の気分を前に向かせることが先決だよね。
赤い顔のまま、自分の頬に両の手のひらで挟むようにしているすみれさん。
ここまで喜ぶとは思わなかったのでびっくりした。
「そうなんだ、私の笑顔を好きって言ってくれたんだ・・・」
「え、ええ、まあ。それに仕事の話になっちゃいますけど、例の石の件を中央に報告しないと、ヒロの願いであるあれの公開ができませんよ。中央との調整はすみれさんの担当でしたよね?」
そう、ヒロは魔封石を僕達の業界に広めようとしている。だがなにも考えずにいきなり広めることは悪用の可能性を考えると悪手だ。そのため中央組織と綿密な調整を行い、随時広めていくことで関係者の意見は一致している。広める石については術者じゃないと使用できないように改造するとヒロは言っていたが、確かに誰でも彼でも使用できる現在の仕様は混乱や犯罪しか招かない。だからそう言った改造や対応方法を練り、下準備を行ってからできるだけ早く広めるというのが今の僕達の計画なのだ。
「うん、それは調整中。ほとんど終わったけどね。あっちとしても利益も権益も得ることができるんだから、文句なんてないわよ。どちらかと言うとこちらが要求したことに対して不安があったみたい。まあそうよね。要求は無いに等しいんだから」
こちらの要求は、作成方法の隠匿とシリアルNoの記載等により石を追跡可能にすること、そして考古部をテストケース対象に選ぶこと、これだけ。中央の不安もわかるというものだ。利益や権益の一部を寄こせというのが普通だろうしね。でもヒロは魔封石の作り方を考えたのは自分ではないので、そんな金はもらえないと言い張った。普通の高校生らしい潔癖さと言える。
「いいんじゃないでしょうか?あちらも自身の利益があれば、こちらに損害を与えるような馬鹿な真似はしないでしょうし、させないでしょう。我々としても中央に貸しが作れたわけですし」
「そう、なのよね。地方の田舎名家が中央に貸しを作れちゃったんだよね。でも博人君への借りが増える一方だよ。どうやって返せばいいのかわかんない」
「そこで、名取川姉妹との結婚ですよ。これで借りを返せばいいじゃないですか。どのみちすみれさんは婿をもらう必要があったわけですし。交渉や家の切り回しはすみれさんや静菜ちゃんが担当して、交渉用のカードはヒロが作る。最高の布陣になりますよ」
「そ、そうだよね?でも・・・」
「でもじゃないです。いい加減家にひきこっていたら本当にヒロに見捨てられますよ?」
「やだやだやだやだ。それだけは嫌!」
僕の言葉に子供のような駄々をこねだして涙目になるすみれさん。
「だったら、ヒロに会ってください。彼もけっしてあなたを嫌っている訳ではないんですから」
「う、うん。頑張ってみる・・・。ねえ、直哉君。その時はフォローお願いしていいかな?」
「ええ、当然協力しますよ。任せてください」
僕がお茶を飲みながら請け合うと少し元気がでたのか、すみれさんはニヤリと笑った。
「そうだよね。初恋の相手のお姉さんが困ってるんだから直君は助けてくれるよね?」
危うくお茶を噴き出すところだった。え、僕の初恋の事、すみれさん気が付いていたの?
「うふふ、気が付いてないと思ってた?私はそういう目で見られることが多かったから、すぐに気が付いたよ~。でも直君が幼稚園に入ってからそういう目で見ることもなくなったから、好きな子ができたんだなって思ったの覚えてるもの」
小悪魔っぽく目を光らせて、僕を嬲るすみれさん。子供の頃を知られているのは酷いハンデだ。
だがこれですみれさんが前向きになってくれれば、状況も変わってくるだろう。
僕はすみれさんのおもちゃになりながら、今後の事を考えていた。




