22_賭けの配当は?
俺が直哉に承諾の旨を告げると、直哉は嬉しそうに笑った。
「良かった!ありがとう」
直哉の嬉しそうな顔を見ながら、すみれさんは怪訝そうにしている。
「でもさ、加賀谷の叔父様がよく今回の件について承諾したよね。伯父さまって、自家以外の人間が加賀谷のテリトリーに立ち入ることを、凄く嫌うイメージがあったけど」
「親父の承諾は取っていません。あの石頭には今回の壮挙が理解できないので」
おいおい、家族内で調整出来てないのかよ。しかも直哉の親父ってことは加賀谷家の当主じゃねーのか?
「ちょっとまって直哉君!さすがに当主が承認していない事に、氷上君を巻き込むのは阻止させてもらうよ」
「ああ、加賀谷家の当主は先日、僕になりました。正式なご挨拶は改めてお伺いします」
そう言いながら、直哉は胸元から銀色のメダルを取り出した。あれって賢者学院の卒業証じゃなかったっけ。
いやいや、そうじゃなくて。当主ってお前まだ学生で未成年だろうに。なにやってんだ?
「うわ、当主の証の引き継ぎ完了してる・・・。と言うことはもしかして、術比べやったの?」
すみれさんがドン引きしたかのように尋ねる。
「ええ、石頭すぎて話にならなかったので。親父と一緒に聞き分けのない年寄りを何人か。全員、病院で反省しているでしょう」
こいつめちゃくちゃしやがる。術比べが何か知らんが、病院送りって物騒すぎるだろ!
初めて見る直哉の冷たい笑みは、俺の背筋を凍らせるものがあった。
日頃怒らない奴が怒ると怖いというのは真実だな。直哉を怒らせるのはやめておこう。
「そういう事であれば、納得しました。加賀谷家当主殿。では正式な挨拶はまた後日と言うことで。氷上君、こっちの話は終わったよ」
「わかりました。じゃあ・・・」
「ねえ、ヒロ。これからすみれさんたちと何をするの?」
「え、いや、後ろ盾についていろいろな・・・」
「ふーん、ヒロって名取川家に凄く気を遣っているよね?さっきすみれさんが言っていたけど、普通はさ、他の家に支援を頼まれたぐらいで後ろ盾の意向をいちいち気にしたりしないよ?自分の稼ぎの話だしね。明確なスパイ行為ならともかく、そこまで首を突っ込まれることはないよ。それに名取川家が後ろ盾をしている者と同盟を結んでいる?ヒロの言う通り、これは聞いたことがないよ。いったいどういう関係なのかなって」
「それは・・・」
俺はアイテムの件もあるので口籠るしかない。直哉はすみれさんを見て微笑んでいる。
「うーん、引っかかってくれるってこと?」
「あれだけあからさまであれば、引っかかるしかないでしょう。正直にいうと好奇心を殺しきる事のできない自分の未熟さを新たに発見して恥ずかしい限りですが」
何の話だ?俺が当惑していると静菜さんが教えてくれる。
「さっき姉さんが言った、名取川家と氷上君は同盟関係で同格であるということをわざわざ直哉君の前で言うということは、何らかの特殊な関係であると彼に暴露している訳だ。そしてその関係性を聞いてしまうと、後には引けないことも匂わせている」
ああ、なるほど。その「特殊な関係性の原因を知りたい」って言うのが、直哉の殺せない好奇心ってことか。
すみれさんが直哉に真剣な顔で告げる。
「加賀谷家当主 加賀谷 直哉殿。この先を聞くのであれば、こちらの条件を飲んでもらう必要があります」
「その条件とは?」
「加賀谷家が中立の立場を維持することを辞め、明確に名取川本家につくことを表明していただきます。またこれから出てくる情報については一切口外禁止とさせていただきます。これが約束できないのであれば、お引き取り願いたい」
直哉も真剣な顔で考え込み始める。
本来、自身の立ち位置を変えることは非常に難しいことだ。
それが家となれば、個人の比にならない。
それに直哉は当主を簒奪気味に継いだばかりだ。立場も不安定だろう。
すみれさんは紅茶を飲みながら、黙っている。
10分ほど考え込んでいた直哉は、顔を上げてすみれさんに問いかける。
「その証明はどのようにすれば?」
「一筆頂きたい。印は術印でお願いします。文章については先ほど言った内容でお願いします。そして自家の魔術と杖に誓って頂きます」
「あははは、それは相当に重大ですね。でもわかりました。名取川家につきましょう」
直哉は自分のカバンからルーズリーフを1枚取り出し、何かを書き始める。
俺が理解していないことがわかったのだろう。また静菜さんが俺に教えてくれる。
「術印と言うのは、術力を通した印だな。これは術師にとっての血判と言った所か。だれが捺した物かはすぐにわかるようになっている。また自家の魔術に誓うというのは相当に重い表現だ。これを破れば加賀谷家は業界内で完全に信用を失うことになる。それに杖と言うのは直哉君の術具だな。これは直哉君個人にも誓わせていることになる。これは破れば直哉君自身が信用を失うことにもなるので、もし今回の約束を破ると直哉君は業界から追放されるだろう」
「ルーズリーフでいいの?こういうのってもっと仰々しいというか・・・」
「ははは、本来はそうだろうが、術印があるからな。問題ない」
ふーん、でもそんな重大なこと、いくら当主とはいえ相談なく勝手に決めて大丈夫なんだろうか?ちょっと心配だな。
俺の心配をよそに直哉は書き終えたルーズリーフに自身の手のひらをあて、押し込む。
そしてそれをすみれさんに手渡した。
すみれさんはルーズリーフを見ていたが問題なかったのだろう。直哉に微笑む。
「確かに、契約の証文を頂きました。でも直哉君、君は賭けに勝ったんだよ。そんな顔しないの」
「賭けに勝つ?」
「そう、賭けに勝ったらリターンがある物でしょう?」
すみれさんはいたずらっぽく笑う。
「ああ、でも私みたいに好奇心が湧きすぎて眠れなくなっちゃうかも」
俺の部屋に移動して、植木鉢を直哉に見せる。
前回作ってはいたのだが質が悪いので交渉時に持っていかなかった空の魔封石を用意する。
さて俺達の秘密である魔封石の説明だがその前に準備だな、俺は直哉に確認する。
「直哉、発動体無しでも賢者魔術は使えるか?」
「無理だよ、魔術には発動体が必須なんだから」
「あー、いや。必須ではなくて正確には必要だな。初歩的な魔術なら発動体無しでもいけるらしいんだが、伝わってないか?」
「それは本当?!そんな事、魔術書には載ってなかった・・・。どうやるの?!」
「えっと、確か・・・。ああ、そうだ、まずは魔術師とマナの関係についてはどう学んだ?教えてくれ」
「マナとは世界にある魔術の力の根源。そのマナを発動体に通す事でマナに変化を与え様々な現象を起こすことを魔術と言う。これでいい?」
「ああ、ありがとう。教科書通りだし、卒業証もあるから直哉の所の始祖様って学院出の魔術師だったんだろうな。ちょうどいいや。それでだな、魔術師は発動体を通して魔術を発動するけど、その発動体自体をマナで作ってしまうこともできるんだ。でも簡易的な物だから初歩的な魔術以外は発動できないらしい」
「そんな方法があったなんて!」
「やり方として、まずは・・・」
俺が昔、若作り女魔術師の酒に付き合った際に教えてもらった方法を直哉に伝える。
あの当時は酒が入った愚痴交じりの魔術講義と言う非常に苦痛な時間を過ごしたのだが、まさかここで役に立つとは。
直哉は、何回か練習しているとすぐにコツをつかんだようだ。
魔術師であればすぐにできて当然と聞いていたので、特に心配はしていなかったが。
直哉は灯りの魔法を発動させて大喜びしている。
まあ、直哉には名取川家側について損はなかったと思ってもらう必要もあるしな。
「いきなりこんな秘奥を教えてもらえるとは思わなかったよ!」
「あー、ちょっと心苦しいが直哉相手だから正直に言うぞ。それは初歩の技術だ。俺に教えた魔術師はそう言ってた」
「これが初歩・・・」
苦笑いの俺と呆然としている直哉を見てすみれさんと静菜さんは笑っている。
「ちょっとちょっと、魔封石の説明じゃなかったのかな?」
「ああ、そうでしたね。直哉、そこにある石を握りしめて灯りをかけてくれないか。対象はその石で頼む」
「うん、わかったよ!灯り。あれ?なんだこれ?」
「頭の中で登録するコマンドワードを要求されたか?」
「うん、なにこれ」
「そうだな。ライトで登録してくれ」
「どうやるの?」
「頭に浮かんでいる登録するコマンドワードと書かれている所に、「ライト」という文字を焼き付けるイメージで頼む。カタカナでいいぞ。イメージしやすいだろうし」
「できたよ。頭に浮かんでいる言葉も消えた」
「OK。じゃあ、これを静菜さんお願いしていいかな?」
「うむ、わかった」
彼女が石を手に握り、コマンドワードを唱える。
「灯り」
そうすると机の上にある直哉が飲んでいた紅茶の茶碗が光り出す。成功だな。
直哉は興奮のあまり震えているようだ。
「これってもしかして・・・」
「そうだ、直哉君の灯りだな。この石の効果はこれでわかってもらえたと思う」
「すごい・・・。この目で見てもまだ信じられない」
「ちなみにこれは術力を消費しないし、術の修業をしていなくても使用できるそうだ」
「はい?」
静菜さんと話をしていた直哉は時が止まったように、表情が固まる。
「これで直哉君にわかってもらえたと思うけど、絶対口外不可だからよろしくね」
すみれさんの声で、直哉は顔を歪めながら考え事をしていたが、何かをあきらめた様に笑った。
「なるほど確かに僕は賭けに勝ったようですね。でもまさか金脈を掘り当てていたとは思っていませんでしたが」




