一番高価な荷物
「あの襲撃は私が目的だったのでしょうか?」
その日の会食の席で私はランベルト様に聞いた。
「多分そうでしょうね。襲撃側は全員騎兵だったようですし、荷馬車は無視してたでしょう?金銭目的なら隊列の真ん中の荷馬車を無視する事はあり得ません。一番高価な荷物を積んでるわけですから」
「一番高価な荷物ですか?」
「違うのですか?持参金を積んでるのでしょう」
持参金??何故同盟を結ぶのに持参金??
「私は荷物については詳しくは存じないのですが、持参金ですか??」
「金銭目的の強盗団ならアンジュ公のご令嬢の持参金を見逃すなんてあり得ないでしょう?」
なんだか話がかみ合わない。
「私は詳しく存じませんが」
「轍を見ても、三台目だけが深く、積んでるものがとりわけ重いのは明らかでしたよ」
思い返してみた。馬車を並走していた警護が声を上げ、ドアを開けて後ろを見ると速度を上げた馬車についていけず遅れ始める後続の馬車。多分荷物が重いから……持参金だったの??
何か大きな勘違いをしてた気がする。
公爵様は言った。
『出発した時点で全て其方の物だ』
公爵様は私が帰還して報告すると思わなかった。だから出発した時点で報酬を……違う。
出発の日、公爵様に別れの挨拶をする私を見る人人人。たかが同盟を結ぶ使者が出発するのを見るのにあんなに人が集まる?
みんな、『マリー様』が二度と帰らないと知っていたから。
公爵令嬢が同盟を結ぶためにする事は……政略結婚しかない。
騙された!!
胸の鼓動が激しくなり、目の前が暗くなった気がした。
「どうされました?」
ランベルト様の声が遠くに聞こえる。義父さんに教えられた事を思い出して大きく息を吸ってからゆっくり吐いた。
『戦場ではちょっとした動揺が命取りになる。何時も平静を心掛けろ』
少し落ち着いてから答えた。
「思い出したら気分が悪くなってきました。申し訳ないですが失礼しても?」
「それは無理もないです。ご自愛下さい」
ランベルト様はどうやら私が戦闘時の事を思い出して今更動揺したと思ってるみたい。わざわざ誤解を解く必要は無いよね。
私は自分に割り当てられた部屋に入るとアメリさんに詰め寄った。
「どういう事?何故持参金が?何のこと?」
「お嬢様、落ち着いてください」
「これが落ち着けるもんですか!盟約のための使者って話じゃなかったの?」
「盟約するにはお嬢様と皇帝陛下のご長男のヨハン様とがご結婚されるのが一番だと公爵様が」
「聞いてない!!」
「まあまあ。お嬢様もいずれご結婚されるわけですし、皇帝陛下のご長男ともなれば申し分ないのではないですか?」
「勝手に決めないで」
私はアメリさんに近づいて小声で言った。
「本物の皇帝陛下のご長男が『替え玉』と結婚するわけにいかないでしょう。本物のマリー様はどうするのさ」
アメリさんは悲しそうな顔をして絞り出すように言った。
「マリー様は亡くなりました。流行り病で」
私は頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。マリー様って既に亡くなってるの……
そうか、マリー様の本物の侍女のアメリさんが病気のはずのマリー様を放って私についてる時点でおかしかったんだ。
先代公爵のエリック様、奥様、お嬢様は既になく、アンジュ公爵家にはミシェル様と奥様、マリー様しかいない。いや、いなかった。皇帝家と政略結婚して帝国と同盟し王家と対抗するつもりがマリー様が亡くなればどうなるか?ミシェル様が亡くなれば断絶。王家が見逃すはずはない。
これからミシェル様にまたお子が出来る可能性はまだあるけど、今マリー様に死なれるのがまずいのは分かる。
でもだからって『替え玉』で政略結婚して盟約するなんて。
いえ、次代の事より今盟約する事がアンジュ公爵家にとって必要なのかも。それにミシェル様は……
私がミシェル様の前で初めて仮面を外した時の事を思い出した。私の顔を見たミシェル様の握った右手の拳が震えていた。まるで激情を無理に抑えようとしているかのように。
そして何故か週一回マリー様になりきって会食。
そうか、そうだったんだ。全てマリー様が既に亡くなっているとすれば納得。
あまりの衝撃にその後どうやってベッドに入ったか覚えていない。気が付いたら翌朝警護に囲まれた馬車に乗っていた。
落ち着いて。しっかりするのよ、アン。本物のマリー様はもういないのよ。もうただの『替え玉』使者じゃないのよ。自分にそう言い聞かせた。
馬車の窓から見える警護は多く、とても逃げ出せそうにない。皇帝陛下の宮殿まではこのまま行くしかない。向こうについてからだってやり方はいくらでもあるはず。大丈夫。
とにかく今は替え玉だってばれない事。そうすれば安全。帝国側はマリー様と直接会った事はそんなにないはず。こっちには6年間マリー様と一緒にいたアメリさんがいる。アメリさんに教えてもらった通りに演技する。今はそれだけに集中しよう。




