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女中さん

 今更なんだけど、家を追い出された時、何故傭兵になろうとしたかと言うと女性の仕事が何も出来なかったから。


 その後淑女としての訓練は受けたけど、それは私が言う女性の仕事とはちょっと違う。


 つまり、家事は全く出来ないままなんだよね。部屋は召使いが毎日掃除してくれたし、服もいっぱいあったし、温かい食事を部屋まで持って来てくれた。


 逃げ出してからは毎日宿に泊まってたから食堂で食事したし、部屋の掃除もしなかった。


 でも、ここは私の家。他に誰もいない。毎日外食するのもなんだかなって感じ。そして部屋はどんどん汚れていく。どうして良いか分からない。相談できそうなのはここの管理人のヤンさん位かな?


 ヤンさんちに行って扉をノックした。


『おはようございます、ヤンさん』


『おはようございます、家主様。何か問題がありましたか?クビにしないで下さい』


 ヤンさん怖がりすぎ。マイヤーさんが脅すから。


『そう言う事ではないんですけど、家主としてじゃなくて隣人としてちょっと相談したい事がありますの』


 ヤンさん、ほっとしたのが丸見えだよ。


『なんでしょうか?』


『実はですね、私家事が全然出来ないんです』


 ヤンさんは私の顔を覗き込む。女性として駄目だって告白したようなものだよね。


 ここに移ってからこの街の女性と同じ服装を買って着てるから、髪の毛が短いのを除けば見た目は街の女性と余り変わらないと思う。ランベルトによればマリー様と似てるって事はマリー様と同じように美しいって事らしい。でも中身は大違い。


『もしお金に余裕があるなら、住み込みの女中を雇うと言う手がありますよ。もしよろしければ私の親戚を雇って貰えないですか?』


『部屋は余ってるから大丈夫ですけど、住み込み女中って給金はいくら位ですか?』


『相場は衣食住付きで年10グルデン位かと』


 年10グルデンって安。料理してくれるんなら一緒に食べれば良いし、部屋はあるから追加の費用は服だけ。全然大丈夫。


『じゃあヤンさんの親戚の方にお願いしますね。いつ頃来れますか?』


『今日行って話してみますから、うまくすれば明日からでも』


 翌日やって来たのは私よりちょっと背が高い若い女性。うーんアメリさんよりは若いかな?


『ナタリー・ヴァイスマンと申します。こちらで管理人をやらせていただいているヤン・ヴァイスマンの姪です。アネット・ロン様』


 この人何で私の名前知ってるのってヤンさんが教えたに決まってるか。


『それではよろしくお願いしますね。部屋はこちらを使ってくださいませ』


『いけません、アネット様。この家の作りだと使用人はこちらの部屋と決まっております』


『でも、狭いですし』


『だからです。使用人に一番広い部屋を割り当てるなんてあり得ません』


 あー、この人アメリさんより口うるさいよ。


『仕方ありませんね。ではこちらでお願いします。後、お給金は月1グルデン、食費その他で1グルデン計2グルデン渡しますから、それで私と貴方二人分の食事を作って下さい』


『月2グルデンですか?下さるものに文句言うのも何ですが、この辺の人達は多分4人家族で2グルデンで生活していますよ。多すぎる気がしますが』


月2グルデンで年24グルデン。家賃収入が66グルデンだから42グルデン残る。住む所があって、食事作ってくれるんだったら、私他にお金を使う当ても無いし。


『余った分はナタリーさんの服代にお使い下さい』


『服代は毎月掛かりませんよ、アネット様』


 あー失敗した。この人めちゃめちゃ口うるさい。でも雇ったところなのに今クビってわけにもいかないし。大体少ないと文句言うなら兎も角、多いって文句言ってるよ、この人。


『お金はあって困るものでもないかと存じます』


『アネット様がご寛大なのは良く分かりましたが、ご自分の事もお考え下さい』


 なんか如何にもアメリさんが言いそうなセリフだね。


わたくしが決めた事です。では今月分を渡します』


『分かりました。それではお掃除から始めますね』 


 ナタリーさんはテキパキと仕事を始めた。どうしてもアメリさんと比べちゃうけど、アメリさんはああいう仕事は直接やらずに下働きの召使い達に指示してた。でもナタリーさんは自分でやる。召使い達の仕事ぶりなんてあんまり気にしてなかったけど、この人多分彼らより丁寧で速い。それにアメリさん並みに色々考えてるみたいだし、ほんと有能。


 それと比べると私はこういう事は何もできないな。義母おばさんホント何も教えてくれなかったし。


 それにしてもナタリーさんがいたら、私やる事何もない。襲ってくる敵もいないし、警護する人もいない。


 ちょっと剣の稽古でもやってみようかな。実剣じゃあぶないから木の棒か何かで。あ、箒で良いか。


 私は箒を剣替わりにして振るってみた。


『アネット様、お止め下さい。掃除のじゃまです』


 邪魔者扱いされた私はその日はする事が無くてベッドでゴロゴロしてた。夕食は宮廷の豪華な料理じゃないけど、安宿の食堂で食べるよりはよほどおいしかった。


 その日以来家事はナタリーさんにお任せ。私の方は、毎日朝起きて朝食を食べたら、一日中街中をぶらぶら。市場マルクトがある日は買い物をするわけでもないのに覗いて歩いたり、大きな出来掛けの教会を見に行ったり。そのうち城内には行くところもなくなりそう。


 働かなくてもお金が入ってきて、家事もナタリーさん任せだから、ほんとやる事無い。宮廷や離宮みたいに周りが敵だらけってわけでもないし、逃げ出す必要もない。アンジュ公爵家には私は不要みたいだし、帝国の道具として使われるわけでもない。家を追い出されて生きていく事が大変だったけど、何もしなくても生きていけるってのも何だかな。何処かが間違ってる気がする。


 あ、そうだ。戦争の話。ただの噂だって考えないようにしてたけど、あの後どうなったか、街の噂でも聞いてこようっと。


『アメリ、いえナタリーさん。これからちょっと街に行ってきます。昼に帰ってきますから昼食の準備をお願いします』


『分かりました。あまり遅くならないで下さい』


 アメリさんだったら、そんな事言わず私の意志は尊重してくれたんだけどな。ほんと無事でいてよ、アメリさん。


 城壁に近い家から市場広場に向かって歩いて行くと、人々の壁があった。私は背が低くて向こう側が見えない。人の隙間に体を押し込んで抜けると、通りを鎧の上に麗々しく飾った騎士達が馬を歩ませていた。何これ?


 行列は西から東に向かっている。


 ケルンは帝国自由都市だし、騎士の行列って変な気がする。馬上試合のトーナメントでもあるのかな?


 ところが次の瞬間私はとんでもない人を見てしまった。


 馬に乗ったヨハン様!

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