為替手形
一晩寝たらちょっと考え方が変わってたよ。
あんなのただの噂じゃない。大体普通の商人が皇帝陛下やヨハン様の動向なんか知るはずないじゃん。
噂、噂、ただの噂。
そんな事よりこの500グルデンの手形5枚、どうしよう。金貨2500枚も持って歩けないんですけど。とにかくケルンに着いてから考えよう。
なんだかんだでフランクフルトから5日間馬上で揺られてケルンに到着。城外で馬を売りはらって宿を取ったよ。翌日手形を持って両替商の所に向かった。
店の前に短槍を持った警備が2人。中に入ろうすると止められた。
『おい、小僧。ここはお前の様な奴が来る所じゃないんだぞ』
『ここは両替商のマイヤーさんのお店ですよね。私、為替手形を替えて貰いに来ましたのよ』
『なんだ、女か。とにかくお前のような……』
『この方は良いんだ。入れて差し上げろ』
店の扉が少し開いて上半身だけ出した男の人が警備に言った。
店の中に入ると結構小さい部屋。
『どうぞ』
その男の人はテーブルの出口に近い側の席を勧めると自分は反対側に座った。
『お名前をお伺いしても』
『アネット・ロンと申します』
『アネット・ロン様、今日はどの様な御用でしょうか?』
『この手形5枚を換金したいのですが』
『アウクスブルク発行の500グルデンの為替手形4枚でございますか?宜しゅうございますが、これだけですとかなりの重量になるかと思いますが』
『かなりの重量と言われますと』
『為替手形は普通銀貨でのお支払いになりますので』
銀貨で!金貨2500枚でもどうしようかと思ってたんだけど、銀貨でなんて。
『金貨でお願い出来ないでしょうか?』
『宜しゅうございますが、2500グルデンの金貨を箱に入れてお持ちになるのでしょうか?警備の方はご同行されているのですか?』
私がその警備の方なんだけど。良く考えるとそうだよね。いつも警備する側だったけど、2500グルデンの商品を乗せた荷馬車があったら何人かは警備が付くよね。
『私どうしたら宜しいでしょうか?』
『警備の方を伴われて再度いらしたら宜しいかと存じますが、そのお金は何か直ぐに使われるご予定ですか?』
2500グルデンの使い方なんて。
『私昨日ケルンに到着したばかりで……』
『こちらにお住みではないのですね。大市はまだ先だと存じておりましたが、何か大きな取引がお有りですか?』
『いえ、これからこちらに住む予定なんです』
『左様で御座いますか。ならこちらのお住まいまでお届けに参りましょうか?警備はこちらで用意致します。ただし手数料を頂きますが』
『それがまだ家が無いんです』
その男の人はポンと手を叩くと納得の表情を浮かべた。
『ああ、分かりました。不動産をお買いになる為の資金と言う事ですね。それなら売主の方の所へ届けに上がると言うのは如何でしょう?』
『それがまだこの家を買いたいと言う具体的な物件があるわけではないのです』
『それでは今日はお帰りいただいて、具体的なお取引が決まってからまたお越し頂けないでしょうか?』
『少しお尋ねしても宜しいでしょうか?』
『何でございましょうか?』
『家の購入ってどうしたら良いのでしょうか?』
『このケルンでお住まいになるんですよね』
『そう考えております』
『城内でしょうか?』
『出来れば』
『城内ですと、既にある物件を購入するという事になるかと思いますが、どの様な物件をお望みですか?』
『私1人が住めたら良いかと存じます』
『何ですって。いえ、失礼しました。でも2500グルデンの邸宅にお1人でお住まいというのは』
『いえ、2500グルデン全てを使うわけではなくて、家を購入して残金で生活して行こうかと』
『ああ、ようやく分かりました。それではこういうのは如何でしょう。私どもは両替の他に貸し付けもやっておりまして、ご返済が出来なかった方から差し押さえた職人向けの物件がございます。所有権は既に私どもに移っております。それをご購入頂いては?』
『競売にかければ2500グルデン以上かと存じますが、直ちに回収出来れば私共としても助かります。諸経費を引いた手取りで年間60グルデンほどの家賃収入がございます』
『いえ、私が住む家が必要なんですが』
『一区画空きがございます。アネット・ロン様には不釣り合いな事は重々承知ではございますが、取り敢えずそちらに住まわれたらどうかと』
『それと不躾なお願いではございますが、既に管理人がおりまして、家賃の集金その他はその者にお任せ頂けないでしょうか?正直者で賃借人の事も良く知っておりますし、その、クビになるとその者も困ってしまいますので』
『それは……願ってもないお話かと』
そんな都合の良い話があって良いんですか?何もしなくても年間60グルデンだなんて。
『おーい』
奥から背の高いヒョロっとした男性が出て来た。
『このアネット・ロン様が例の物件にご興味をお持ちだ。今から説明に行ってくるから店番を頼む』
『アネット・ロン様』
今出て来た男性がハッとした顔付きになったよ。何?マイヤーさんが後ろ手で何か合図してる。
『いってらっしゃいませ』
少し歩いて3階建てぐらいの家が並んでる所に来た。
『こちらです。おーい、ヤン居るか?』
マイヤーさんは一軒の家の扉を開けて声を掛けた。
『何ですか、マイヤーさん』
出て来たのは風采の上がらない中年男性。40歳ぐらいかな?
『このお嬢さんがこの物件に興味をお持ちだ。粗相のないように』
『アネット・ロンです。よろしく』
『よろしく』
『ヤン、もっとしっかりしないか。アネット・ロン様がここをお買いになれば、お前の雇い主になるんだぞ』
『はい』
『それで、空き物件を見せてくれるか』
『ちょっと待ってください。その2000グルデンの家ってここではないのですか?』
『ここから、向こうの角までの7軒になります。全て3階建てで、各階に一家族が住んでますから、全部で21家族分ですね。空き一戸とヤンの居住分を除いて、19家族が居住中です。年間家賃収入は諸経費やヤンの給金など全てを差し引いて、手取りで60グルデンになります』
マイヤーさんは並んでいる家々を指さしながら言った。
あっちの角からここまで全部なの?もうなんか圧倒されちゃったよ。案内された所は一階で、部屋が3つある。なんか義父さん所よりずっと広くて立派なんだけど。
マイヤーさんの店まで戻って来た。
『どうでしたか?』
『もう、是非お願いしたいですよ』
『それは良かった。では売買契約書を作らせますね』
そのまま契約書に署名して、空き物件の鍵を受け取ったよ。もちろん署名はアネット・ロンで。
家賃は一区画年4グルデンに直しました。




