第23章 世界の矛盾
レインはクランに促されて、ニールや部下と共に国へと帰ることとなった。自責の念に苛まれるレインを支えたのは他でもない部下達だった。イアンは恨んでいないと言っていた。羅剛神の手から守ってくれた。だから僕は彼らを責めるわけにはいかなかった。
「イアンは恨んでなんかいなかった。みんなに僕らは助けられたんだ。だから……」
僕も背中を押してやるしかできなかった。部隊を率いて帰っていったレイン達。きっと彼女は帰路で人知れず泣くのだろう。部下が見ていないところで自分を責めるのだろう。
「カラミーユ、お前はどうする?」
麒麟と僕と冷たくなったイアンの体だけのその場所で麒麟が僕に尋ねた。どうしたらいいのだろう。どうしたいんだろう。まだ現実を受け止めきれていなくてよく分からない。もう少ししたらイアンがいつも通り目を開ける気がしてならないのだ。
「ここで私を呼んでくれれば必ず駆けつける。だから今は気のすむまでここにいるといい」
麒麟は優しく僕に声をかけ、幻属と人が共生できる場所を作るために、またここを去った。
麒麟がいなくなると、音そのものがなくなってしまったように何も聞こえなくなった。僕は目の前に横たわるイアンに話しかける。
「ねぇイアン。戦争することは簡単なのに、ただ一緒にいる平和とか幸せがなんでこんなにも難しいんだろう。どうしてただ一緒にいることがこんなに難しいんだろうね」
返事はない。
「皆ほんとに戦うことが好きだよね。なんでもかんでも戦えばなんとかなるとか思ってるのかな。少しぐらい平和のために頑張って欲しいよね。そう思うでしょ?」
僕の声だけがこだました。
「ほんとに、なんか不思議じゃない? だって、イアンはここにいるのに、ここにいないんだもんね。二人でここにいるのに、ここには僕しかいないんだよ。なんなんだろうね。なんか笑っちゃうよね。はははは、はは、は……」
言葉が詰まり、押し殺していた声が漏れた。
「う、うぅ……」
そんな涙の混じった声が空しく響いた。いくらここにいても僕は独り。そんな現実を信じたくなくて僕は隣で横たわるイアンに鼻をぶつけた。
「ねぇ、ほんとは起きてるんだよね。そうでしょ? そうだって言ってよ。怒らないから、もう一度目を開けて……」
変化はない。返事も聞こえない。
「ねぇ、誰でもいいからイアンを助けてよ。誰でもいいから僕にイアンを返してよ。一緒に笑って旅をしてきたこの世界でたった1人の友達なんだ。お願いだから、返してよ……」
立ち上がった僕は傍にあった緑にも青にも見える石を蹴り飛ばした。こんなものイアンがいなくちゃなんの意味もない。イアンと一緒じゃなきゃ綺麗だなんて感じられない。
僕はたまらなくなって洞窟の外に駆け出した。こみ上げる悲しみや怒りを地面にぶつけるように地面を蹴る。全身が痛むほどの力で猛進するが、胸の痛みが和らぐことはなく、地上に出るなり僕はありったけの声で叫んだ。
「なんでこうなっちゃうんだよ! 僕らが一体何をしたっていうんだよ! ただ一緒にいた、それだけじゃないか! たったそれだけのことがそんなに罪深いの? 戦って誰かの命を奪うことよりも罪深いことなの? こんなのおかしい! 絶対おかしい! 返してよ。僕の親友を返してよ!」
涙がぼろぼろと零れて、僕は洞窟の外で誰の目も気にすることなく、生まれて初めて声を出して泣いた。




