第24章 のみこまれる者、逃げる者
どれだけそこにいたのかわからない。真っ暗な世界に立っていた僕は突然頭上から差し込んだ光を見上げた。それは前に見たことがある光だった。青にも緑にも見える不思議な色。確かこの色って。
その光景はまるで、深海に光の筋がかろうじて差し込むような、そんな光景だった。
「誰かいる?」
声を発してみたけど僕の声は吸い込まれるように消えた。ここは水の底なんだろうか。暗くてよく見えないが地面らしきものに足がついているのは分かった。それにしては苦しくないけど、どういうことなんだろう。
「誰でもいいから、僕にイアンを返してよ。一緒に笑って旅をしてきたこの世界でたった1人の友達なんだ。お願いだから、返してよ……」
そんな声が急に頭上から聞こえてくる。
「カミー?」
僕は死んだんじゃないの? まだ声が聞こえるの? 死ぬってどういうことなの?
「お前さん、まだここにいるのかい?」
どこかで聞いたことがある声が僕の背後から聞こえて思わず振り返ると、そこには予言のおばあちゃんが立っていた。
「あなたはあの時の……」
頭上から差し込むかすかな光の筋しかないというのに、おばあちゃんの姿ははっきりと見えた。前に会った時よりも肌の色が白く見えるのは気のせいだろうか。
「あなたも死んじゃったの?」
「そうさ。私はあの後死ぬことが分かっていたからね。ここは生と死の狭間。まぁ、完全な死の一歩手前といったところだ。私はこれから死の世界に行くからこのまま沈んでいくんだろうよ。お前もその様子じゃ予言通り死んだようだね」
僕は苦笑するしかなかった。
「でも」
おばあちゃんは続けた。
「あの光の方へと歩いていけば、もしかしたら……」
僕は突然おばあちゃんの体が闇に浸食されていくのを見て息をのんだ。体の端が少しずつ闇に溶け込むようにして見えなくなっていく。
「か、体が!」
「私は死んだからね」
自分の体を見てみると、僕の体はまだ白くはっきりと見えている。
「でも、僕も死んだんじゃ――」
「言っただろう。私に見えるのは途中までだと。お前は死んだようだがその後のことは私にも分からなかった。今また状況が変わっている。あの光の方へお行き。もしかしたら何かが変わるかもしれない」
突然地面がなくなり体が浮遊する。足をばたつかせても何も当たらず、海の底に放り投げられたような感覚だった。眼下には深い闇が口を開け、その闇の先を知るのは怖かった。闇から逃げようと光のほうへ進む間も、おばあちゃんの体が黒く染まっていく。
「あなたも!」
手を伸ばしたが、おばあちゃんは首を横に振った。
「イアンお行き。さぁ早く。死に飲み込まれる前に早く!」
自分の体を見てみると、僕の体もまた同じ黒い闇に少しずつ飲み込まれ始めていた。この闇に飲まれれば今度こそ僕は死ぬのだ。足元からも迫ってくる闇から、両手両足を必死で動かし、頭上の光に向けて一心に泳いだ。光の方へ。光の先へ。
「僕は、まだ死にたくない!」
たまらず叫んだ。水面はまだか。体がどんどん飲み込まれていく。足元から闇が迫ってくる。足をばたつかせて頭上目指す。まだ生きられる可能性がほんの少しでもあるのなら僕はそれに賭けたい。まだ諦めたくない!
届け
届け
届け
「届け!」
僕は光に手を伸ばした。深い闇の中に差し込む美しい光に。




