第12章 避けられないもの3
古いそのノートは変色して紙の質も変わってしまっていた。湿気ては乾燥して、を繰り返したことで、ページはパリパリに曲がってしまっていた。そのせいで、押さえていなければ自然と開いてしまうが読むには十分だった。ノートと言っても、紙に穴をあけ紐で閉じただけの簡易なメモ帳のようだった。イアンが中を開いたのを見て、つられて覗きこむ。
「なんて書いてあるの?」
「これ、かなり昔の言葉で全部は分からないけど、きっとこれは休んだ場所だよ。地図がついてて、近くに何があるのか特徴も書いてある。あるフォードさんも追われてたんだよ。見て、ここ」
イアンが指差したのはノートに書かれていた手書きの地図。距離や方角を思わせる記号が書かれているみたいだけど、僕にはさっぱり分からなかった。
「ここに逃げ込んだんだ。北の果てには山を越えなくちゃいけなくて、その手前で追手に追いつかれてしまったみたい。北の果てに向かう山は崖が多くて険しいんだけど、崖には割れ目が幾つもあって、特に、人の顔みたいな岩の傍には特にいい休憩ポイントがあるみたい。これはすごく助かるね」
「人の顔みたいな岩の傍? そんな変な岩本当にあるのかな?」
「世界には人面岩って名前がついている岩もあるくらいなんだよ。それに、アルフォードさんが手記に書いているんだから、きっとあると思う。ほら、ここ見て。魔石の事も書いてあるでしょ? きっとこれから先、人の顔をした岩も出てくるんだよ。それは是非みたいよね!」
アルフォードのファンでもあるイアンは、興奮気味にページをめくっていく。文字の読み書きができていれば僕にも読めたのだが、あいにくそんなスキル僕にはない。イアンが読んでくれるのを待つしかなかった。イアンはパラパラとページをめくり、やがて悲しげな表情と共に手を止めた。
「何が書いてあるの?」
イアンは紙に刻むように書かれた文字を指でなぞりながら言った。
「アルフォードさんは、羅剛神に殺されたんだ」
一拍置いて、イアンが説明してくれる。内容は、羅剛神の特徴と羅剛神の執拗な追跡からの逃亡への不安と恐怖だった。イアンがページをめくるほど恐怖は増したようで、最後のページには幻属の恋人とその子供に向けた最期のメッセージが書かれていた。道半ばで絶命してしまうことの悔しさと謝罪と、感謝。
羅剛神の封印は一度解かれていた。恐らく麒麟に再封印されるまでにアルフォードを見つけ、ずっと追っていたのだ。異常なまでの執着に僕は身震いする。今も羅剛神は僕らを探しているのだろうか。
「アルフォードさんのためにも僕らが麒麟に会わなくちゃいけないね、カミー」
僕の不安とは裏腹に、イアンはやる気に満ちていた。そうだ、僕らは止まってなんかいられないんだ。羅剛神を野放しにしておくわけにはいかない。僕らは自由を得るだけじゃなく、麒麟に羅剛神の復活を報告し、再封印してもらわなければならないのだ。
「さ、今なら見つからずにここを出られる。湖に行くんだろう、行っておいで」
僕は老婆に礼を言うと、喜びを隠しきれずににやにやしながら出口へと向かった。




