第11章 旅の始まり2
僕は驚いた表情のまま話しかけてくる少年に思わず答えてしまった。
「当たり前でしょ。人間の声は幻属には聞こえるんだから」
ぶっきらぼうだったのに、その少年は何故か急に嬉しそうに笑って飛び跳ね始めた。
「初めてだ。僕の声が届いたなんて!」
何を言っているのか分からなかった。バカみたいに喜んでいるけれど聞こえるなんて当たり前の話だと思っていた。その後僕は知ったんだ。彼の名前はイアンである事、イアンの声は人間には届かない事、そして、会話をしたのは僕が初めてであるという事を。
その日から僕らはこっそり会うようになった。イアンは意思疎通がうまく人間達ととれない事で差別を受けていたし、僕もまた飛べないことで群れのペガサス達から差別を受けていた。僕らは似た者同士だった。その事もあって、一気に仲良くなったし、毎日たくさんの時間を話して過ごした。
「見て、カミー。今日は本を持ってきたんだ。これね、アルフォードっていう人が書いた本なんだ。この人は冒険家で、世界を冒険して回ってるんだって。すごいよね!」
「へぇ。そんな人間もいるんだね」
「世界には僕らが見た事もない綺麗なものがたくさんあるんだ! いつか一緒に見て回りたいね!」
「世界一周旅行?」
「いいね。一周と言わず何周でも行こうよ!」
「でもここにいたら旅行できないね」
絶対に叶う事が無い願いだった。麒法に違反すれば必ず捕まって罰される事が決まっているから。でも、イアンはいつも以上に明るい笑顔で言った。
「いっそここを飛び出しちゃおうか」
「何言ってんだよイアン。そんなの無理に決まってるじゃん」
ためになるような話じゃない。ただの願望でしかない。それでもそんな話をできる相手が傍にいるだけで幸せだった。イアンはたくさんの本を読んでいたから、知識が豊富で、僕が聞いた事もない話をたくさんしてくれた。時間はあっという間に過ぎ、1日がもっと長ければと何度思った事だろう。麒法なんて無ければずっと一緒にいられるの、と思う時もしょっちゅうだった。今までずっと独りぼっちだったからこそ、毎日が話し足りなかった。
いつも通りイアンと会って話していた時、後ろから何かが来るのが分かった。人間が右側から、ペガサスが左側から出てきて、僕らを取り囲んできたのだ。何十人、何十頭もの視線を受けながら、僕は怖くなってイアンの傍に寄った。見つかってしまった。麒法違反がばれてしまった以上、想像もできない罰が待っているに違いない。いや、そんなこと以上に僕が気になったのは、もう2度とイアンに会えなくなるという事だった。せっかく出会えたのに。せっかく友達になれたのに、もう会えなくなるなんて。僕はこれから何を心の支えにすればいいんだよ。目の前がもう真っ暗になってしまいそうだった。そんな僕にイアンは笑顔を向けてくれた。人間やペガサスが何かを言っているけれど、イアンの言葉以外に何も聞こえない。こんな状況なのに、イアンは笑っている。その笑顔は、僕が見た事がある笑顔だった。
「ねぇ、カミー。いっそここを飛び出しちゃおうか」
世界一周旅行をしたいと話していたあの時の、とびきり明るい笑顔だった。
叶えられない僕らの願い。そのはずだった。でも、今僕には選ぶことができる。ここで離れ離れになるくらいなら、イアンがそう言ってくれるなら、故郷を捨てることになっても、追われることになっても構わない。だって、イアンは唯一の友達だから。
「乗って!」
そう言うと、イアンは僕に飛び乗り、僕は人間とペガサスの間に突進するように駆け出した。予想外だったようで、突っ切るのは簡単だった。
「行こう! 世界一周旅行!」
そうして僕達は長い旅に出たのだった。




