第11章 旅の始まり
目の前を飛び立っていくのはペガサスだった。自分の翼を見る度腹が立つ。毎日自分の無力さを突きつけられ、時間が無駄に過ぎていく。忌々しい自分の翼。こんなものさえなければ僕はこんなに惨めじゃなかったのに。他のペガサスと同じように飛ぶ事ができたら僕は幸せだったのに。どうして僕だけがこんな目に遭わないといけないんだよ。世の中はあまりに理不尽な事ばかりだった。掛けられる言葉はいつも僕をバカにする言葉で、群れなんて捨ててどこかへ行ってしまいたかったけれど、行くあてもなければ、群れから勝手にいなくなってただで済むとも思えない。そうなればただ一人地上で暇を潰すことしかなかった。毎日が暇だった。地上を歩いたところで見える世界は森の中だけ。そんなもののどこが楽しいのか。
そんなある日、僕は崖の上に辿り着いた。森が見渡せる高い場所で、人間の村も見下ろす事ができた。森の中から見上げるばかりだった枝葉を見下ろせたのは気分が良かったし、何より人間の村との距離が近くて群れのペガサス達は近づこうとせず、鬱陶しい声が聞こえないのは清々した。
僕はその日から毎日声から逃げるようにその崖に行くようになった。ただ眺めているだけで良かった。誰にも邪魔されない僕だけの場所。僕だけの安心できる場所だった。
ある日、僕がその崖に行くと、人間が独り座っていた。小柄な少年だった。正直邪魔だったし、僕の秘密の場所が人間にも見つかっていると思うと腹立たしかった。こんな奴追いだしてやろうかと思ったけど、麒法に違反するのは怖かったし、仕方なく人間がいなくなるのを待つことにした。人間は1時間もしないうちにどこかに行き、僕はすぐに場所を独占した。
そんなことを毎日続けているうちに、その人間がどうして他の人間と一緒にいないのかと考えるようになった。どうしてわざわざ危険な森の中に来るんだろう。村の中で暮らしていればいいのに。それに、その人間は眺めている間決まって歌を歌っていた。綺麗な歌声で、聞いているこっちも元気が出てくるような歌だった。
「さぁ、元気を出して。空を見てごらん。悩み事なんてちっぽけなものさ。苦しい事なんてそのうち笑い話になる。だから元気を出して」
確かこんな歌詞の歌だった。
いつしか僕は毎日その人間が気になって崖に行くようになっていた。眺めているだけなのに全然飽きなかったし、歌を聞いていれば心が落ち着いた。朝起きたらすぐに崖に向かい、少年がやってくるまで樹の陰に隠れる日々はいつしか仲間なんていらないと思っていた僕にたった一つの気持ちを芽生えさせた。
この少年に話しかけてみたい。
それは麒法違反だという事は知っていたし、絶対にあってはならない事だったけれど、僕にはこれから先の未来も見えていた。死ぬまでこの翼の事をバカにされて独り惨めに過ごすのだ。そう思ったら、たった一度でも話しかけてみたいと思った。どうせ話しかけても人間に僕の声は聞こえない。そう思うとなんだかどうでもよくなった。どうせ聞こえやしないんだから。
「ねぇ、どうしていつも歌を歌ってるの?」
直後、少年は急に歌うのを止めて振り返った。少年の目は驚きのあまり見開かれ、硬直している。もちろん驚いたのは少年だけではない。僕の方が何倍も驚いた。まさか僕の声が聞こえるなんて。いや、たまたま枝を踏んだとか? 僕はすぐに逃げ出そうとしたが、少年は立ちあがり、恐る恐る尋ねてきた。
「待って。君、僕の声が聞こえるの?」




